第7話 魔導都市ゴウマ
アスカは、しばらく自治都市ゴウマに滞在し、有力者と会談を重ねて関係を構築して行くことにした。
「ゴウマ」をテバレシアの傘下に加える――
王太后ミランダが、アスカに出した無理難題。
この課題に対し、自分なりの解答をミランダに示すためだ。
そのためには、ゴウマの人間と繋がりを持たなくてはならない。できれば王立学園の新学期が始まるまでに、ひとりかふたりの人物と繋がりを作りたいところだ。
堅牢な城壁に囲まれた円状の城塞都市ゴウマ。
二つのドラゴンの頭が装飾された大きなアーチ形の城門。
四つの竜眼が、訪れた者を見下ろしている。
城門を抜けると、そこには一風変わった建物が立つ街並みが広がっている。
ドーム状の建物や塔のように聳え立つ建物、三つ建物を螺旋形に絡ませたような建物まである。
他の建物も奇妙な曲線を描く赤や青色の屋根をしていたり、円い窓や星形の窓、三日月形の窓を嵌め込んだ建物もあった。
「ふあああぁ!」
ゴウマの街並みに、アスカはすこしマヌケな声を上げた。
ムリもない。アスカの瞳に映ったのは、テバレシア王都とは全く異なる形の建物、見たこともない魔導具の数々。
とても同じ世界とは思えない。
南北約10㎞におよぶ円状の街並み。街区は、中央塔広場から放射状に延びる八本の街路と同心円状に走る四本の環状路で分けられている。区画された街並みが、中央塔を幾重にも囲うように構成されていた。
黒ばら飾りのカチューシャと黒い皮鎧、黒革のブーツと頭のてっぺんから爪先まで黒一色コーデのアスカは、ファブレガスと街を南北に走る大通りを歩いていた。
黒革のゴシックコート、黒革のロングパンツ、黒革のロングブーツ、右側に白い鳥の羽で飾った黒のシルクハットに身を包んだファブレガス。
簡素な革袋に二つの穴をあけた「マスク」を被っている。
流石に彼の素顔は、目立ちすぎるからだ。
「ファブレガスは、ゴウマに来たことは無いの?」
「バーリン様にご挨拶するため、当時の
もちろん、ファブレガスがまだ人間だった頃の話である。
「バーリンて、まさか、あの魔導士バーリン? 『魔王のタマゴ』を作った魔導士でしょう? 会ったことあるの!?」
「ええ。バーリン様は、
「うわああぁ! 魔導士バーリンの記録はほとんど残ってなくて、出自すら不明とされているのに。とんでもない事を聞いてしまったわ」
アスカの言うように、二百年前の「東方動乱」でテバレシアの勇者アーサー・ペンドラに討伐されたという魔導士バーリンの記録は、現在、ほとんど残されていない。
せいぜい、つぎのような記録が断片的に残る程度だ。
『世界を支配するという野望を抱いたリヒトラント王国の魔導士バーリンは、魔王を世界に解き放つ魔導具「魔王のタマゴ」を製作した』。
『この魔導具によって魔王アフリマンが復活、世界を恐怖に陥れた』。
『マグナシア皇帝は、リヒトラント王国および魔導士バーリン、リヒトラント王国と同盟関係にあったエーテルナ王国を討つよう、テバレシア王とウェルバニア王に勅命を与えた』。
『その結果、バーリンの祖国だったエーテルナ王国はウェルバニア王に、リヒトラント王国と魔導士バーリンはテバレシア王国第一王子ルリ、勇者アーサー・ペンドラ率いる軍勢に攻め滅ぼされた。こうしてマグナシア帝国は、バーリンの野望を打ち砕いた』。
『バーリンの研究成果、論文、著書は、魔王アフリマンが放った炎により灰になったと伝えられる』。
これらは帝国の歴史を記した『マグナシア帝国全史』のほか、当時の貴族の日記などに記されていたものだ。つまり、バーリンという魔導士が実在したことは判っているが、彼の出自、人柄や詳しい研究内容、著書のタイトルなどは、現在全く記録が残っていない。
「あなたは、歴史の生き証人なのね」
「いえ、もうホネですが」
🌹
「えーと、レイチェルのおススメ宿は……」
アスカとファブレガスは、「ゴウマ思い出の旅」と題された約十数枚にわたる羊皮紙の束と睨めっこしながら宿を探した。「ゴウマ思い出の旅」の編著者はレイチェルである。
アスカはゴウマを離れるさい、レイチェルにおススメ宿などを調べるように指示していた。レイチェルは久しぶりの里帰り。今回は同行していない。
親衛隊長たちは同行を願い出たが、
「リヒトラントへ連れて行ってあげたでしょう? あなたたち、いったいどれだけ王都を留守にするつもり? ねぇ、チシン。フィアンセを放っておくとか、ありえないから。リンツもカエンもよ。親や兄弟にどれだけ心配かける気なの? 今回は、おとなしく留守番していなさい」
「それを言うなら、姫さまも……」
「あ? なにか言った? カエン」
「い、いえ」
そんなやり取りがあり、彼らはしぶしぶ引き下がった。
「ここね。おー、なんか、わたしの宮殿よりも大きいわ」
アスカは、石造り三階建ての建物を見上げた。
アスカの宮殿が小さすぎるのである。
大きな金属製の看板が入口の上に取り付けられている。両端にネコの肉球が、スタンプされていた。
入口では、右手を上げたぽっちゃり体型の黒猫像アスカたちを出迎えた。
館内のあちこちに、様々なポーズをとるネコの像が置かれている。
――ねこねこ旅館。
それが、この宿の名称である。
「そういえば、レイチェルは大変なネコ好きでしたね」
ねこねこ旅館の看板を見上げるアスカの隣で、ファブレガスがネコの像に顔を向けて言った。
「あら、知ってたの?」
アスカがファブレガスの方へ顔を向ける。
四年間、姉妹のように暮らしてきたアスカは、当然レイチェルの「ネコ好き」を知っている。たまに、こっそり野良ネコにエサを与えていることも。
「ええ。休憩中に、いつもご実家で飼われている黒猫の話を聞きます」
宮殿での仕事がひと段落して休憩時間になると、レイチェルの「ねこ愛が、とどまるところを知らないトーク」が始まる。
見た目によらず聞き上手なファブレガスは、ほぼ毎日レイチェルの「ねこトーク」に付き合わされていた。
「その割には、ねことうさぎの頭蓋骨を見分けられないのよ。ヘンよね」
「……そうなのですね」
とりあえず、げっ歯の有無などで見分けられるような気もするが。
受付で宿泊手続を済ませると、アスカたちは部屋へ案内された。
「おお、ここも、ねこだらけね」
部屋のなかもネコの足跡やネコの絵画、ネコを象った置物など、「ねこモノ」で溢れている。
「あ、そうそう。このお手紙をジャニス議長へ届けて下さる?」
アスカは旅館の使用人にチップを握らせ、手紙を託けた。
ゴウマの議長ジャニスとの会談を取り付けるためだ。
最初に会う相手が、いきなりのゴウマ議長。
ゴウマの街は、市民が選出した八人の区長とその長である議長で構成された「議会」が統治する自治都市である。「議長」の地位にある者が、この街の代表という扱いだ。
アスカは、正面突破をするつもりらしい。
手紙の返事は、あっという間に届いた。
明日、午前中に、議長の邸宅で会うとの返事だった。
次の日、朝食を取った後、アスカとファブレガスは手紙に同封されていた地図を見ながらジャニスの邸宅へ向かった。
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