第8話 ゴウマの女性議長

 中央塔近くにある白い外壁の建物が、ジャニスの邸宅だという。

 アスカたちは道に迷うこともなく、すんなりとジャニスの邸宅に辿り着いた。


「昨日、ジャニス議長に面会依頼をしたアスカです。お取次ぎ下さい」


 ジャニスから届いた返事を見せて、門の前に立つ衛兵に取り次ぎを申し出る。

 衛兵は無言で一礼すると、建物へ入って行った。


 やがて、衛兵とともに紺色のスーツを着た十代後半くらいの少女が姿を見せた。

 ロングストレートにした亜麻色の頭髪を揺らして近づいてくる。アスカよりも年下だろうか。


 彼女はアスカの前に立つと、幼さの残る顔に笑みを浮かべながらスカートの端を摘まんでカーテシーをした。

 クリッとした若葉色の瞳がアスカを見上げている。


「アスカ王女、ようこそ、いらっしゃいました。ジャニス議長付の秘書リータといいます。よろしくお見知りおきください」


 アスカもカーテシーをして挨拶する。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。リータ様。本日は、急な申し入れにもかかわらず、お時間を賜りましてありがとうございます」


 リータの案内で、アスカはジャニスの邸宅へ入った。


 案内された部屋は、アスカの宮殿にある「花の間」と同じくらいの広さだ。

 中央に大きな丸いテーブルが置かれている。


 そのテーブルの向こうに、金髪を後ろでアップに纏めた碧眼の女性がアスカを待っていた。

 年齢は二十代後半くらいだろうか。


 キリッとした顔立ちをした、なかなかの美人さんである。


 金髪碧眼の女性はアスカの姿を見るなり、席を立ち颯爽と近づいて来た。


 背筋を伸ばし、同じ歩幅で真っ直ぐにこちらへ向かってくる。

 青いロングスカートの裾が揺れるさまは、まるで風に乗っているようだ。


 アスカは瞠目した。


 これほど立ち姿、歩く姿の美しい女性は滅多にいない。

 テバレシアでも義姉のネヴィアくらいだろうか。


 そしてアスカの前に立つと、碧色の瞳を細めて挨拶した。


「ようこそ。ゴウマの議長ジャニスです。昨日はお手紙を下さり、ありがとうございました」


 気を抜くと、彼女の立ち振る舞いに圧倒されてしまいそうだ。

 アスカはジャニスを見上げながら、黒いドレスの端を摘まんでカーテシーをする。


「初めまして。ジャニス議長。テバレシア王国王女アスカ・テバレスです。本日はお忙しいところ、お時間を賜り、ありがとうございます」


 ジャニスの勧めに従って、アスカは椅子に腰かけた。


「時間が惜しい。なんでも、テバレシアと我らとの今後の関係について話があるとか?」


 席に戻るなり、ジャニスは話を切り出した。


「ええ。じつは最近、わたしはリヒトラント城を王より賜ることになりました」


「リヒトラント城を? あの城はダンジョン化していたな。魔物はどうした?」


 ジャニスは首を傾げて見せた。これは、彼女の演技である。

 すでにジャニスは、「最近、テバレシアの王女がリヒトラント城を制圧した」という情報を秘書のリータから得ていた。


 演技をして見せたのには、二つ理由がある。


 ひとつは、諜報員がテバレシア王都にいることを知られないため。

 もうひとつは、リヒトラント城制圧をアスカ自身がどのように語るかを見るためだ。


 自らの功績を大げさに語る頭の悪い女か、そうでないか。

 もし前者なら対話する価値がない。早々に追い返すつもりだった。


 アスカが笑みを浮かべて頷く。


「はい。近隣への被害もあったことから、城の魔物を討伐いたしました。そのご褒美に、あの城を賜ることになったのです」


 ジャニスは落ち着いた様子で話すアスカを見て、頭の悪い女ではなさそうだと理解した。


 ただ、その情報にジャニスはひとつだけ疑問を持っていた。


「……あの城には、スケルトンキングがいたはずだ。冗談が過ぎないか?」


 リヒトラント城のダンジョンボスはスケルトンキングで、高名な冒険者でさえ討つことができなかったという。

 そんな魔物をどうやって討伐したのか。数に任せて軍勢を率いて行ったのかと思えば、その形跡はない。


「ファブレガス」


 アスカは正面に座るジャニスに顔を向けたまま、背後で控えるファブレガスに声をかけた。

 彼が覆面を取って見せる。


「なっ!?」


 覆面の下から現れた黄金色の髑髏に、ジャニスとリータは驚愕の表情を浮かべた。


「彼こそ、リヒトラント城のダンジョンボスだったスケルトンキングのファブレガス。わたしに忠誠を誓い、今は護衛騎士をしております」


 頭が悪いどころか、クレイジーな女だった!


 平然とした表情で、魔物を護衛騎士にしたなどと口にするアスカにジャニスは言葉を失っている。

 ジャニスの後ろに控えていたリータは、手を口元にあてて瞬きした。


「ガチの魔物じゃない! なんてイカレた女なの」


 と小声で呟いた。


 たしかに、最近、テバレシアの王女が骸骨騎士を連れて歩いているという情報があった。

 話を聞いたリータとジャニスは、新たに任命された護衛騎士が骸骨を象ったヘルムを被っているのだろうと思い込んでいた。


 しかし、そこに立っているのは間違いなく骸骨騎士だ。


「ご理解いただけたかしら? わたしが今日ここへ来たのは、ご挨拶のためともうひとつ貴女方にお願いがあるからです」


「お願い?」


「はい。ゴウマが自治都市のままでは、北リヒトラントの政治が安定しません。ゴウマの民はともかく、他の領民は不安に思うでしょう」


「ああ、つまりゴウマもテバレシアの傘下に入れ、そう言いたいのか?」


 アスカは頷いた。


「いまの状態では、近い将来、我が王国との軍事的衝突が生じるかもしれません」


「ほう、貴女が軍を率いて、このゴウマを攻めると? 勇敢なことだ」


 ジャニスは鼻で笑うようにそう言った。

 アスカは目を閉じて首を左右に振る。


「わたしではありません。テバレシアの大貴族たちが『武力行使も辞さない』、そのように考えているのです」


 ――服従しないようなら、反乱者として殲滅なさい。


 アスカはミランダの言葉を思い出していた。おそらくペンドラ侯爵も同じ考えを持っている。


「ならば、その愚かな貴族どもに伝えてやるがいい。このゴウマは、その昔、テバレシア、ウェルバニアに滅ぼされたリヒトラント、エーテルナの末裔達が統治する都市だ。それが、テバレシアに従属だと? 笑わせるな!」


 ジャニスは足を組み、不敵な笑みを浮かべていた。


 ゴウマの市民は、その多くが二百年ほど前にテバレシアおよびウェルバニアによって滅亡に追いやられたふたつの王国の末裔たちである。


 こうした歴史的背景からゴウマの市民は二百年を経過した今でもなお、両国に対して憎悪感情を持つ者もいる。テバレシアに従属するとなれば、反発も大きい。


「そうね。わたしも、そう思うわ」


 そう言うと、アスカは立ち上がった。


「ここまでにしましょう。ジャニス、今日は貴女に会えて良かった。また伺うわ」


 ジャニスに笑みを見せて、彼女の部屋を後にした。

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