第9話 議長の秘書
ゴウマ中心街の外れにある石造り二階建ての建物。
そのとある部屋のなかで、白いローブを羽織ったふたりが深刻な表情をして向かい会っている。
「ロバート、どうして、どうして、このようなことを……」
震える声で言葉を絞り出した友。
ロバートは俯いた。
彼はテーブルの上に広げられた何枚もの羊皮紙を、じっと見つめるしかなかった。
「オレは、この事実を議会で公表する」
そして、友の口から出た衝撃の一言。
ロバートは顔を上げた。
彼にとっては、破滅を意味する言葉だ。
「お、おいエインズ、頼む。それだけはっ! 私は、この街の未来を考えて……」
ロバートがエインズに手を伸ばし懇願する。
エインズは、ダァンと拳で机を叩いた。
「黙れっ! お前は区長を辞任し、この街を……、この街を去れ。そうしてくれ。友としての最後のお願いだ」
エインズは、きつく目を閉じて首を左右に振った。
彼の気持ちは変わりそうにない。それを見たロバートは、無言で部屋を後にする。
部屋を出て行った友に背を向けて、エインズが嗚咽する。
その声はロバートの耳に届いていない。
ロバートの顔には憎悪が浮かんでいた。
「次期議長はこの私だ。ここまで来て、それは、それだけは出来ん」
拳を握りしめながら小声で呟く。
ロバートが階段を降りると、黒い貴族服に身を包んだ細面の人物が壁に背中を預けて待ち構えていた。目深く被っていた山高帽を上げる。
「困りましたねェ。どうされるので?」
「聞いていたのか?」
黒い貴族服の男は、表情を排した顔をロバートに向けた。
「エインズには、死んでもらう」
ロバートは男から視線を逸らして言った。
その言葉に、黒い貴族服の男が口角を上げる。
「おや、おや? 彼は親友だったのでは?」
「だが、我が道を妨げる者は排除せねばならん」
その言葉を聞いた黒い貴族服の男は、山高帽を目深く被り直した。
「ま、お任せしますよ。本国には、そのようにお伝えいたします。そうそう。テバレシアの王女が、この街に来ているそうですよ」
そう言うと、ロバートに背を向けて歩き出す。
ロバートは、遠ざかる黒い貴族服の男の背中を見送っていた。
「テバレシアの王女……」
黒い貴族服の男が残した言葉を思い出し、ロバートはエインズの部屋を見上げた。
そして、男が去って行った方向とは別の方向へ歩き出した。
🌹
ゴウマ議長ジャニスの邸宅を後にしたアスカとファブレガスは、ゴウマの街を散策することにした。テバレシア王都では見られない建物や魔導具の数々に、アスカは目を輝かせている。
「アスカ様、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
覆面姿のファブレガスが、周囲を警戒しながらアスカに話しかけた。
「なに? ほわぁ!」
返事をしたアスカが、目に入った魔導具店のウインドウに張り付く。
洗浄魔法をエンチャントしたデッキブラシ。
風魔法をエンチャントした大きな革袋は、ゴミを吸引するという。
底に魔法陣が刻まれた金桶は、衣類を放り込んで魔力を流すだけで洗濯をしてくれるらしい。
「すごいわ。お屋敷にこれがあれば、お掃除やお洗濯もずいぶん楽になる」
そんなことを言いながら、アスカは真剣な眼差しでショーウィンドウに並ぶ魔導具を見詰めた。
「テバレシアへの従属をジャニス議長に求めた割に、あっさりと引き下がりましたね。あれは、どういうお考えだったのでしょう?」
アスカは振り向いて、後ろに立つファブレガスを見上げた。
「わたしは、ジャニスの考えを知りたかったの。ペンドラ侯爵が言っていたでしょう? 彼はゴウマの区長と繋がっている。もし、ペンドラ侯爵とジャニスが繋がっているなら、わたしの意見に賛意を示したはずよ」
絶対に避けたい事態があった。
それは、ペンドラ侯爵と繋がっている区長に接触してしまうことだ。知らずに接触すれば、「飛んで火に入る夏の虫」になりかねない。
彼らの策に嵌り、最悪、殺されるかもしれない。
そこで初対面にもかかわらず、アスカはあえてジャニスに「テバレシアへの従属」をぶつけてみた。
「ジャニス議長は、テバレシアへの従属に反対していましたね」
アスカは頷くとショーウィンドウから離れて、また歩きはじめた。
「ええ、ペンドラ侯爵と繋がっているのは、ジャニスじゃないってこと。だから、わたしは彼女との関係を築きつつ、テバレシアとゴウマの妥協点を探りたい。ゴウマとの間に強固な協力関係を構築することで、リヒトラントの統治を安定させようと思ってるの」
「……しかし、それはゴウマをテバレシアの傘下に入れるというのとは、だいぶ違うように思いますが?」
「形だけ見れば、あなたの言う通りよ。協定内容に工夫が必要でしょうね。おばあさまに納得して頂けるようなものにしなければ」
その後、しばらく街を散策したアスカとファブレガスは夕暮れ時になり、宿へ戻ることにした。
ねこねこ旅館へ戻ると、受付の前にあるロビーで亜麻色の頭髪をロングストレートにしたスーツ姿の少女がアスカたちの帰りを待っていた。
「この街を楽しんでくれたみたいね。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
手を後ろで組んで笑みを浮かべながら、ジャニスの秘書リータはそう言ってこてりと首を傾げた。
🌹
「い、いくら骸骨とはいえ、オトコでしょ!? いいわけ?」
アスカが部屋を一つしかとっていないと知ったリータは、若葉色の瞳を大きく見開いてアスカとファブレガスを交互に見ている。
アスカとファブレガスは、顔を見合わせた。
「……彼はホネだし、護衛騎士よ。べつに問題ないと思うわ」
ファブレガスはアスカの護衛騎士になって以来、昼間の宮殿内の清掃が終わると、アスカの傍らに立ち護衛任務にあたっていた。その仕事ぶりは、ときに主のアスカでさえも引くことがあるほどだ。
就寝中も、ファブレガスはアスカの側を離れない。部屋の入口近くに控えている。
アスカに近づく者に対し、過敏に反応することさえあった。度が過ぎるとアスカに窘められたこともある。
なにか強迫観念に囚われているようにも見えた。
「ベッドは? ひとつしかないじゃない。ま、まさか、一緒に寝てるとか?」
「いつもは、そんなカンジなんだけれど、ここでは護衛任務に差し支えるので、彼は低位活動状態でそこに控えるの」
そう言って、アスカは部屋の入口付近を指さした。
骸骨騎士ファブレガスに睡眠は必要ない。
けれども骸骨騎士の姿で活動するには、大量の魔力を消費する。最低でも三日に一度は、魔力の回復をしなければならない。
そのさい、低位活動状態になって魔力回復する。
「……ええっと、どこからツッコめばいいの? まず、いつも一緒に寝てるの?」
「うーん、一緒に寝ているというか、ベッドのなかで彼に魔力供給しているの」
その言葉を聞いたリータが、ゆっくりと視線をアスカからファブレガスに移す。
ちょっとだけ頬が紅潮している。鼻息も荒い。
「な、なんかエロスを感じるわ……」
アスカが、ベッドのなかで骸骨騎士に魔力供給している光景を思い浮かべたらしい。
いったい、どんな光景を想像したのだろうか?
ファブレガスの「低位活動状態」とは、ようするにバラバラになったホネ状態。見た目は白骨死体そのものである。
普段は寝る前に、アスカがファブレガスの頭部に闇属性の魔力を供給している。ファブレガスにとっては全く必要ないのだが、その方がアスカはよく眠れるらしい。魔力供給しながら寝落ちして、朝までファブレガスの頭骨を抱きしめていたこともある。
その後、アスカを起こしに来たレイチェルにお目玉を喰らうのは、ファブレガスの仕事だ。
「それで、話って何?」
アスカが首を傾げて尋ねると、リータは我に返ったようにゴホンと咳ばらいした。
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