第10話 バーリンの遺産

「アンタさ、昼間、お姉ちゃんにあんなコト言って、良い返事が貰えるとホンキで思ったの?」


「お姉ちゃん?」


「ああ、アタシはジャニス議長の妹なんだ。妹兼秘書」


 リータが小振りの胸を張って答える。アスカと好勝負を繰り広げることができそうな大きさだ。


「そうだったのね。でも『兼』の使い方がヘンだわ」


「そこは、ツッコまなくていいの! で、どうなの? ホンキでゴウマをテバレシアの傘下に入れたいの?」


 リータの問いにアスカは、右手を頬に当てて首を傾げた。


「うーん、どうかしら? ムリでしょうね。それとは別に、ジャニスとは仲良くしたいと思ってる。貴女ともね」


 アスカの言葉に、リータは怪訝な表情を見せた。


「アンタ、なに言ってんの? ワケわかんないんだケド?」


「わたしの方にも、込み入った事情があるのよ。とりあえず、わたしはゴウマを力ずくで従属させる気はない。協力関係を築きたいの」


「協力関係?」


 アスカが頷く。


「テバレシアとウェルバニアは、近年、予断を許さない緊張関係にあるわ。国境周辺では、いつも軍事的な小競り合いが生じてる」


「知ってるよ。というか、ことあるごとに何か争っている印象かな」


「テバレシアにとって問題なのは、ゴウマがウェルバニア側につくこと。そうなると国境はもちろん、北リヒトラントの地が脅かされるの」


「ふーん。つまり、ゴウマを含む北リヒトラントの統治を安定させるために、協力関係が必要ってワケか。でも、それって同盟で良くない?」


 どちらも、あまり違いは無さそうだが、どのような形であれ同盟ではゴウマの独立を国家レベルで承認することが前提になる。

 最終的な決定は国王がするとはいえ、貴族たちの強い抵抗にあう可能性が高い。


 アスカのいう協力関係は「リヒトラント公」の権限内でゴウマとの関係を構築するものだ。ゴウマの問題をあくまでリヒトラント領内の問題にとどめて、互恵関係を築くつもりだった。


 けれどもミランダが出した条件は「ゴウマを支配下に置く」こと。

 協力関係と従属とでは、かなりの隔たりがある。従属となれば、ゴウマが抵抗するだろう。


 なにか旨い手はないものか?


「……そこに込み入った事情があるのよ、たぶん。昼間も話したように、テバレシアの有力貴族は『従属』に拘っている」


 リータは、人差し指を口元にあてて宙を見上げた。


「どうしても、傘下に組み入れたいんだろうねぇ。分からないでもないなあ」


「どういうこと?」


「この街はね、あの魔導士バーリンが設計・建設した都市だから」


「それは、知っているけれど」


「ノン、ノン、アンタは解ってない」


 そう言って、リータは人差し指をぴんと立てて左右に振った。


「ゴウマが、どうしてこれまで自治都市を維持できたか知ってる?」


「軍事戦略上の重要度が低いから?」


「ふふっ、それだけなら、アンタの国やウェルバニアが狙ったりしないよ? ふたつの王国に狙われても、この街が無事でいられたのは魔導士バーリンの遺産があるから」


「バーリンの遺産?」


 リータの言葉に、アスカは首を傾げて尋ねる。

 リータが頷く。


「アタシは見たことないけど、物理攻撃も魔法攻撃も防ぐ防衛の魔導具が存在するらしいよ。言い伝えでは、十万の大軍で攻められてもビクともしなかったんだって」


 テバレシア王国の歴史書によれば、これまでにも何度か時の国王がゴウマを支配下に置こうと軍勢を差し向けたことがある。結果は、いずれも失敗に終わった。


 あまり詳しく紹介されないが、大軍でひとひねりにしてやろうと勇んで戦いを挑んだものの、手痛いしっぺ返しを食らったこともあるようだ。


「城塞都市を防衛する魔導具……」


「他にもいろいろな魔導具があるけど、ようするにバーリンの遺産を独占したいんじゃない?」


 小規模な城塞都市でも、十万の軍勢を撃退できる魔導具。

 そんな魔導具が実在するなら、どの国も喉から手が出るほど欲しいシロモノだろう。


「ねぇ、もしかして『魔王のタマゴ』もこの街にあるの?」


 アスカの問いかけに、リータは目をぱちくりさせた。そして、大笑いしながら答える。


「あははははっ! ウケるー。アンタって面白ーい」


 さすがのゴウマにも、それだけは無いようだ。


 魔導士バーリンが制作したという「魔王のタマゴ」またの名を「バーリンのタマゴ」は、その数も所在も不明のアーティファクト。


 バーリンの空想に過ぎなかったとも、魔王アフリマンに全て破壊されたとも言われている。実在を疑う学者も多い。


「ふーん、そっかあ。協力関係ねぇ」


 人差し指を口元にあてて宙を見るリータ。やがて、なにか名案を思い付いたのか、アスカにニッと笑みを見せた。


「それだったら、もうひとり会っておくべき人がいるよ」


「誰?」


「エインズ区長。ゴウマの市民からとても信頼されてる人なの。彼の力があれば、アンタのいう『協力関係』も上手くいくんじゃない?」


 しかし、エインズ区長がペンドラ侯爵と繋がりのある人物だと問題がある。


「そのエインズ区長さんて、テバレシアの貴族と繋がりはある?」


「ゴウマも一枚岩じゃないからね。テバレシアに従属した方が良いっていう区長もいれば、ウェルバニアの傘下に入るべきっていう区長もいるよ。でも、お姉ちゃんとエインズ区長は『独立派』ってトコかな。だから、アンタの国のペンドラ侯爵とは繋がってない」


 名前は伏せているが、リータはペンドラ侯爵と繋がりのある区長を知っているようだ。

 顎に手を当てて思案するアスカ。


「会いたいなら、話つけるよ?」


 アスカは、顔を上げて瞬きした。


「ホント? お願いしていい?」


「いいよ。そのかわり……」


「なに?」


 するとリータは、にわかに、そわそわモジモジし始めた。上目遣いでアスカを見ている。やがて、思い切ったようにアスカに言った。


「こ、黒巾隊隊長のカエンさまに会わせて!」


 アスカ親衛隊のひとつである黒巾隊。その隊長カエン。

 蜜色の肌に涼やかな菫色の双眸を持つダークエルフで弓の達人。

 菫色の長髪を後ろで束ねた知性系のイケメンである。


 リヒトラント城の魔物討伐で、アスカに同行した三人の親衛隊長のひとりだ。


 アスカは、しばらく処理落ちしたようにリータを見詰めていた。

 そして隣に立つファブレガスと顔を見合わせてから、期待の眼差しを向けるリータへ顔を向けて頷いた。


「い、いいわ。約束する」


「ひゃーっ! やったぁー!」


 飛び上がり、小躍りして喜ぶリータ。


「よーしっ! そうと決まれば、アタシに任せて」


 喜び勇んで、アスカの部屋を飛び出して行った。


 翌日、リータは書状を携えてふたたびアスカの下を訪れた。

 書状には、エインズ区長との会談の時間と場所が記されていた。

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