第11話 濡れ衣
リータから書状を受け取った次の日の夜。
夕食を取った後、黒いドレス姿のアスカと黒革のゴシックコートを纏ったファブレガスは中心街の外れにある建物の前に立っていた。
ふたりは、石造り二階建ての建物を見上げている
「ここね」
アスカは書状に同封されていた地図をファブレガスに渡した。
ファブレガスが地図に視線を落とす。周囲を見回してから、アスカの方へ顔を向けた。
「そのようですね。この建物の二階にエインズ区長の部屋があるようです」
リータが持ってきたエインズからの書状によれば、彼の部屋で極秘裏に会談したいとあった。
建物の一階は、事務所のようだ。入口に「『ゴウマ自由の風』エインズ事務所」と書かれた青銅製の看板がかかっている。
事務所の横に建物へ入る通路があり、その先に石造りの階段が上に伸びていた。
アスカたちは、その通路を抜けて階段を上る。
「あの部屋かしら?」
正面に扉が見える。部屋の入り口だろう。
アスカは、部屋の扉を見て首を傾げた。
「アスカ様……」
ファブレガスが、アスカの方へ顔を向ける。
ふたりは顔を見合わせた。
部屋の扉が半開きになっている。室内に明かりがついている様子はない。
アスカは書状を確認する。時間も場所も間違っていない。
「エインズ区長、アスカ・テバレスです。ご在室ですか?」
半開きの扉の前に立ったアスカは、部屋の主に声をかけた。
返事はない。
「エインズ区長? いらっしゃいませんか?」
ふたたび呼びかけてみた。やはり返事がない。
アスカとファブレガスは、顔を見合わせた。
アスカは扉を開けて、部屋のなかへ足を踏み入れる。
そこは青い暗闇の空間。窓から月明かりが差すだけの部屋だった。
テーブルや椅子、花瓶などが、うっすらと見える程度だ。
アスカが光属性魔法「ルミエル」を使用する。照明代わりに使う魔法だ。
部屋のなかだけ昼間になったように明るくなった。
そして目に飛び込んできた光景に、アスカは息を呑んだ。
「……これは?」
部屋の奥で、銀髪の男が仰向けの状態で倒れている。
白いローブが赤く染まっている。
「ファブレガスっ!」
アスカとファブレガスは、すぐさま剣を抜いた。
まだ、犯人が部屋のどこかに身を潜めているかもしれない。
周囲を警戒しながら、血だまりのなかに横たわる男性に近づく。
アスカは片膝をついてしゃがみ、剣を傍らに置いた。
「酷いわね……」
遺体の状態を確認しながら、アスカは呟いた。
三十代後半くらいの男性だろうか。
刃物のようなもので胸部や腹部を十数箇所ほど刺されている。
遺体の状態から、それほど時間は経過していない。
「どういうこと?」
アスカは首を傾げた。
被害男性は、笑みを浮かべている。殺害されたにしては、どこか満ち足りた死に顔だ。
目じりからこめかみにかけて、涙を流した痕のようなものがある。
「アスカ様」
背後から声をかけたファブレガスに、アスカは顔を向けた。
はっ、とした表情で窓の方を見る。
複数人がこちらへ向かってくる気配。
アスカは立ち上がり、壁を背にして窓の隅から外の様子を窺う。
建物の前に集まっている数名の男たち。
街で見かけた青い制服を着ている。
ゴウマの憲兵隊だ。
アスカは外の憲兵隊から目を離し、剣を鞘に納めた。
そして、ファブレガスの方に顔を向ける。
「ファブレガス、隠れて!」
「えっ!? 隠れる場所など……」
部屋のなかを見回すファブレガス。
隠れる場所など見当たらない。
あるとすれば、テラスへ出る大きい扉窓にかかるカーテンの裏くらいだ。
しかし、そんなところでは、すぐに見つかってしまうだろう。
困惑するファブレガスに、アスカは暖炉の方を指さして言った。
「覆面を脱いで、暖炉の横に立っているだけでいいわ。あなたなら、ワンチャン、イケるハズよ」
「は、はい」
ファブレガスは、すぐさま被っていた覆面を脱いだ。そしてアスカの指示通り、暖炉の横に直立する。
若干趣味の悪い置物のようにも見えなくはない。
「いい? そのままよ。何があっても動かないでね」
「はい」
ファブレガスは、アスカに顔を向けて返事をした。
「ほら、動いちゃダメだったら」
「は、はいっ」
ファブレガスは慌てて顔を正面に向け、シルクハットを目深く被りなおした。
やがて、憲兵たちがずかずかと足音を立てながら、つぎつぎと部屋へ入ってきた。
彼らは、片手剣を突き出してアスカを取り囲む。
憲兵の一人が、遺体を見るなり叫んだ。
「ああっ、エ、エインズ区長!」
「なんということだ」
被害男性は、エインズ区長だったらしい。
「酷えことしやがる。これは、お前の仕業か!」
最後に部屋へ入ってきた男が、アスカの方へ顔を向けて怒鳴った。
短く刈り込んだ金髪スパイキーヘアの男。身長はアスカよりも三十センチほど高く、がっしりとした体つき。精悍な顔立ちだが、ヤンチャな雰囲気がある。ガキの頃、ケンカに明け暮れていましたという武勇伝を持っていても驚きに値しない。
この街の憲兵は、制服の胸の辺りに階級章を付けている。
アスカを取り囲んでいる者たちの階級章は鷲。
金髪スパイキーヘアの男が付けている階級章はグリフォンだ。
たぶん、この男が隊長なのだろう。
「ちがうわ、わたしじゃない」
アスカは首を左右に振る。
「ふん、話は後でじっくり聞こう。連れて行け!」
アスカの佩刀「カグヅチ」が取り上げられる。
「痛いっ!」
アスカが声を上げた。
ふたりの憲兵が、連行するためアスカの腕を乱暴に掴んでいる。
すると暖炉の方から、金属音がした。
「うん?」
アスカの腕を掴んでいる憲兵が、音のした方へ顔を向ける。
暖炉の横にある置物が彼の目に映る。
黒革のゴシックコート、黒革のロングパンツ姿で黒革のロングブーツを履いた黄金色の骸骨。右側に白い鳥の羽で飾った黒のシルクハットを被っている。
腰に佩いた剣の柄に手をかけ、今にも斬りかかってきそうな迫力あるポーズ。
その骸骨がアスカの腕を掴む憲兵を、じっと睨んでいるようにも見える。
「な、なあ。アレよ、さっきはこっち向いてたか?」
「どうかな? 知らんな」
気になるのか、憲兵はアスカの腕を掴んだまま、ファブレガスの方を見ている。
「ちょっと、痛いじゃない。離してよ。抵抗なんてしないわ」
アスカは憲兵の手を振り払うと、部屋の入口の方へ歩き始めた。
顔を見合わせていた憲兵二人が、すぐにアスカの後を追う。
アスカは入り口付近で足を止めた。
「さっさと歩け!」
彼女の背後にいた憲兵のひとりが、アスカを小突く。
アスカは、暖炉の側で置物のフリをするファブレガスに視線を送った。
――あとは、頼んだわよ。ファブレガス。
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