第6話 ペンドラ侯爵との会談

 翌日の昼過ぎに、ペンドラ侯爵がアスカの下を訪れた。

 レイチェルがペンドラ侯爵を客間へ案内する。


 客間では、アスカが彼の到着を待っていた。


「ようこそ、いらっしゃいました。ペンドラ侯爵、どうぞそちらへ」


 アスカが席を勧めると、ペンドラ侯爵はレイチェルが引いた椅子に腰を下ろした。


「昨日は、愚息のお相手をして下さり恐縮です」


「いいえ。ずいぶんご立派なご令息ですね。とても個性的な作法の先生でも付いていらっしゃるのかしら。わたしにも、ご紹介して下さらない?」


「は? 作法の教師ですか?」


 テメエんトコのアホ息子は、いったいどうなっていやがるのですか! 作法の教師ともどもシバいて差し上げますから、ここへ連れて来なさい! というのが、アスカの真意である。


「ふふっ、それはまたの機会にいたしましょう。本日は、お話があるとか。どのようなお話かしら?」


「リヒトラント城の件であります。過日奏上いたしました通り、エドワード様がリヒトラント城へ入り、『リヒトラント公』として彼の地を治めていただくのがスジかと。アスカ様には、どうかご理解賜りたく存じます」


 レイチェルがペンドラ侯爵の前に紅茶を差し出す。


 「これはどうも。良い香りの紅茶ですな。砂糖はあるかね? ああ、自分で入れるので、ここへ砂糖壺を置いてもらえますかな」


 「かしこまりました」


 レイチェルはペンドラ侯爵の要望どおり、砂糖壺を差し出した。


 ペンドラ侯爵がスプーンで砂糖を掬い、お好みの量を紅茶へ入れ始める。


 1、2、3、4……。


 いったい、どれだけ砂糖を入れるつもりだ!? その量にレイチェルは目を丸くした。

 ペンドラ侯爵は、気合入りすぎの甘党らしい。


 アスカはティーカップを片手に持ちながら、目の前に座る男の真意を量っていた。


 この男は、アスカを懐柔しに来たのだろうか?

 それとも、昨日のミランダとの会談内容を探りに来たのだろうか?


 ペンドラ侯爵が五杯目の砂糖を紅茶へ入れたとき、アスカは真っ直ぐな視線を彼に向けた。


「ひとつ、確認したいことがあります」


「なんでしょう?」


 ペンドラ侯爵が、スプーンで紅茶をかき混ぜながらアスカに尋ねた。


「貴族たちのウワサでは、この先『リヒトラント公』は王太子の条件になるのだそうです。貴方も、そのようにお考えなのでしょうか?」


「はい。彼の地はもともと『リヒトラント王国』のあったところです。したがって、彼の地を治める王子が、『王太子』にふさわしいものと考えます」


 ペンドラ侯爵の話を聞いたアスカは頷いて見せた。

 同意を得られたものと考えたのか、ペンドラ侯爵はわずかに口角を上げる。


「ところで、ペンドラ侯爵のお城、グロスシュタット城は、勇者だった初代ペンドラ侯爵が十六歳のときに制圧しその武功から与えられたものでしたわね」


「……ええ」


 突如、アスカは初代ペンドラ侯爵の話を切り出した。

 初代ペンドラ侯爵は、剣聖王ルリの友人にして彼の「剣」と言われた勇者だ。二百年前に起きた「東方動乱」のさい魔導士バーリンを討ち、魔王アフリマンを壮絶な死闘の末に撃退した。

 じつは、女性だったという噂もある。


 ペンドラ侯爵は、すこし戸惑った様子だ。

 表情を隠すためか、ティーカップを口元へ運んで紅茶を啜る。


「今回、ダンジョン化していたリヒトラント城を制圧したのは、わたしです。お兄さまではありませんわ」


「なるほど。リヒトラント城は自分が攻略した城だから譲らぬ、そう仰りたいのですな?」


 ペンドラ侯爵の鋭い眼光が、アスカに向けられる。

 アスカは話しを続けた。


「ええ。さきほど、貴方は『スジ』とおっしゃいましたけれど、それならば、あの城はわたしがお父さまの許可を得て制圧した城です。ならば、わたしに与えられるのがスジでしょう?」


「しかし、アスカ様。貴女は未成年ではありませんか。未成年者が領主になることはできませんし、さらに女性……」


「は? 未成年の女性が上げた武功なら、いくらでも取り上げてしまって良いと? 未成年なら領主になれない? 初代ペンドラ侯爵は、十六歳で城を与えられたのに?」


 アスカに反論され、ペンドラ侯爵は押し黙った。ティーカップに伸ばした手も止まったままだ。


 未成年者が領主になれないのは、一般に経験不足から統治能力が不十分と考えられているためだ。


 テバレシア王国で成年年齢は十八歳。

 しかし、初代ペンドラ侯爵は未成年のうちに領地を与えられた。

 初代ペンドラ侯爵の話を持ち出されると、彼は反論できない。


 アスカは、なおも言葉を続ける。


「貴方は慣例を盾にしているけれど、未成年の女性が立てた功績を取り上げて第一王子に与えるなんて慣例は存在しない。どうして、女性が領主になるとダメなのかしら?」


 じつのところ、女性領主を否定する根拠は乏しい。

 くわえて彼は、王族のアスカが慣例に正面から異を唱えるとも考えていなかったようだ。


 ペンドラ侯爵の表情が、まるで苦虫を嚙みつぶしたようなものになった。


「ねぇ、教えて? ペンドラ侯爵・さ・ま」


 テーブルに身を乗り出し笑みを浮かべ、声のトーンを落として挑発的に囁くアスカ。

 さらに言葉を続ける。


「それから『リヒトラント公』が王太子? そんな慣例、あったかしら?」


 アスカは右手を頬にあてて首を傾げた。彼女の視線は斜め上に向けられている。


「それは、これから国王を交えて検討することに……」


「あら、だったら『女性領主』も検討していただきたいわ」


 視線をペンドラ侯爵に戻したアスカは、優雅な所作でティーカップを口元へ運んだ。その様子を、ペンドラ侯爵が忌々し気に睨む。


 彼は苛立った様子で、ため息を吐いて言った。


「『女性領主』も大いに結構なご提案ですが、彼の地には『ゴウマ』という独立勢力がございます。この扱いは、どうされるおつもりで?」


「『ゴウマ』のことは存じております。彼らを我が王国に取り込むつもりです」


 アスカは、すました顔でそう答えた。みるみるうちにペンドラ侯爵の表情が崩れる。


「ふっ、ははははははっ! 貴女が『ゴウマ』を取り込むですと!? アスカ様、学園でお友達を作るのとはワケが違いますよ」


 堪えきれなかったというカンジで彼は大笑いしながら、そう言った。

 ペンドラ侯爵の言葉は、王立学園で友人の少ないアスカへの皮肉だ。


 王立学園で友人関係すらまともに作れないお前が、ゴウマを取り込むとか正気か? というワケだ。


「そんなの、やってみなければ分からないでしょう! 貴方ならできるというの? ペンドラ侯爵、どうなのよ!」


 アスカは憮然とした表情で、ペンドラ侯爵に食ってかかる。

 ペンドラ侯爵は紅茶をひとくち啜ると、子供のような言動をしたアスカに呆れ顔で説明した。


「私は、これまで『ゴウマ』の者と繋がりを作り、テバレシアに恭順するよう働きかけてきました。エドワード様が『リヒトラント公』になるのであれば、王子のために私の力をもって彼の城を我が王国の傘下に加えましょう」


 最後は得意気に、見下すような視線をアスカに向けた。


「ふうん、随分と準備が良いのね? 貴方が、そんなことを考えていたなんて」


 ティーカップを口元に運びながら、笑みを浮かべるアスカ。一瞬だけ、ペンドラ侯爵の眉が動く。


 子供のように反論したアスカに対し、小娘のお前に何ができると言わんばかりにした彼の説明は、自分の手の内を晒すものだった。


「……王の臣として、当然のことでございます」


 ペンドラ侯爵は、ごまかすように落ち着き払った様子でそう答えた。しかし、アスカは追及の手を緩めない。


「リヒトラント城には手を付けなかったのに、『ゴウマ』には調略の手を伸ばしていたのね? なぜ? おばあさまもだけど、どうして『ゴウマ』にこだわるのかしら?」


 アスカは、こてりと首を傾けた。

 ペンドラ侯爵の表情が消える。彼は無言でアスカを見詰めていた。


 たとえば、ゴウマが王城とリヒトラント城との中継地点にあるというなら、ふたりがゴウマの従属にこだわる理由は理解できた。けれどもゴウマは、リヒトラント城よりも王城から離れた位置にある。


 経済的・軍事的利点でいえば、リヒトラント城を優先すべきなのに、どういうわけかミランダもペンドラ侯爵もゴウマの方を優先している。


 くわえてゴウマは自治都市であり、歴史上、テバレシアをはじめ他の王国に侵攻したことはない。むしろテバレシア王国の方が、彼らを従属させるため軍勢を差し向けたことがあるくらいだ。いずれも、ゴウマの強固な防衛に阻まれて失敗に終わっているが。


 ――いったい、ゴウマに何があるというの?


 しかし、ペンドラ侯爵は、その理由を答えるつもりはないらしい。

 話を当初の話題に戻した。


「……話を戻しましょう。アスカ様は、エドワード様を『リヒトラント公』とすることに反対ということでよろしいですね?」


「そういうことになるわね。貴方の意に沿うお返事ができず、残念だわ」


 こうして、アスカとペンドラ侯爵の会談は決裂した。


 ペンドラ侯爵は簡単に挨拶を済ませると、足早に竜車に乗り込んだ。

 見送りをするアスカたちに作り笑いを浮かべて応え、彼女の宮殿を後にした。


「サンタンデルの小娘が。必ず後悔させてやる」


 遠ざかるアスカの宮殿を背に、ペンドラ侯爵は竜車のなかで不敵な笑みを浮かべていた。

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