第5話 ポンコツ使者

 宮殿への帰り道。

 アスカは、ファブレガスが手綱をとる竜車に揺られていた。

 竜車の窓から外の景色を眺めながら、ミランダとの会談内容を思い出している。


 条件つきではあるけれど、リヒトラント城の件についてはミランダの協力を取りつけることができた。かなり、ポジティヴに考えれば。


 問題は、その条件。


 ――城塞都市ゴウマを恭順させるか、武力制圧する。


 ゴウマは二百年間、テバレシアによる支配を拒んできた自治都市だ。

 多少の交流はあるものの、テバレシア王家とのつながりは強くない。


 無理難題を押し付けられた。


 ――でも、やらなくては。お父さまのお心を無にしてしまう。けれど、どうすれば……?


 いずれにせよ、アスカはゴウマの有力者とつながりを持たない。まずは、つながりを作るところから始めなければならない。


 そんなことを考えているうちに、竜車は宮殿へ到着した。


 宮殿へ戻ったアスカは、私室で一息ついていた。

 レイチェルが淹れた紅茶を啜りながら、悪役令嬢を主人公にしたラノベを楽しんでいる。


「姫さま、ペンドラ侯爵の遣いの方がお目にかかりたいと」


 半分くらい読み進んだところで、レイチェルが部屋へやって来てそう告げた。


「『花の間』へお通しして」


「かしこまりました」


 いよいよ主人公に大きな転機が訪れる、というところなのに。

 ため息を吐いて本を閉じる。


 アスカはファブレガスとともに、『花の間』と呼ぶ客間へ向かった。

 客間ではレイチェルに案内されたペンドラ侯爵の使者が、アスカを待ち構えていた。


 使者は銀髪銀眼、花も恥じらう美少年。


 けれどアスカは、彼の姿を見るなり顔を顰めた。


 銀髪銀眼の少年使者は背もたれに身体を預け、足を組んで椅子に腰かけていた。

 おまけに落ち着きなく、部屋のなかをきょろきょろと見回している。

 

 使者にしては、ずいぶん太々しい態度だ。


「ホントに、ここは狭苦しいな」


 事実とはいえ失礼な発言をしたこの少年、名をラルフ・ペンドラ。

 ペンドラ侯爵家の嫡男である。


 王立学園ではアスカと同学年。

 アスカに対抗心を燃やしているのか、ことあるごとに絡んでくるウザイ少年だ。


「ホントにあなたのお父さまって、何をお考えなのかしら? 頭オカシイと思うわ」


「な、なんだと! 父上をバカにするなっ!」


 ラルフがテーブルに拳を叩きつけて怒鳴る。

 アスカは構わずテーブルを挟んで、彼の正面の席に着いた。


「だって、そうでしょう? あなたなんかを遣いに寄越して、わたしが良い返事をすると本気で思っているのかしら?」


「今回の使者は、オレが買って出たんだ。もうすぐ成人だからな。早く父上のお役に立ちたいんだ」


 ドヤ顔で胸を張るラルフ。どうやら、尊敬する父にいいトコ見せたいらしい。


「じゃあ、お役に立てなくて残念ね。さようならー」


 そう言ってアスカは笑顔で手を振り、席を立とうとした。


「お、おい、アスカ。ちょっと待ってくれよ」


「アスカ様でしょ! わたしは王女、あなたは使者。わたしを呼び捨てなんて、言語道断。まぁ、粗茶でも飲んでいきなさい」


 テバレシア王国で「粗茶でも飲んでいきなさい」とは、「ぶぶ漬け食うていきなはれ」と同義である。「さっさと帰れ」という意味だ。


「おい、アスカ……さま、ちょ、ちょっと待てよ」


 アスカが眉間に皺を寄せて、つかつかとラルフに近づく。そして、額がぶつかりそうなほどラルフに顔を近づけると、貼り付けたような笑みを浮かべて見せた。


「ラルフさま、ナメてんですか? シバキ倒しますわよ」


 アスカに笑顔で凄まれたラルフは、仰け反って視線を逸らす。

 アスカは腕組みして、ラルフを見下ろしている。


「で、ペンドラ侯爵の使者さまが、わたしにいったい何の御用かしら?」


「おま……、アスカ……さまに、お話したいことがあるそうだ。都合のいい日を聞いて来いと」


 子供のお使いか?

 ペンドラ侯爵がアスカと話したい用件とは、おそらくリヒトラント城の件だろう。


 アスカは呆れた表情をしてから、レイチェルの方へ顔を向けた。


「明日の午後ならば、問題ないかと存じます」


 レイチェルが答えると、アスカはラルフに顔を向けた。


「明日の午後でよろしければ、お会いできますわ。そう、お伝えください」


「わかった」


「『かしこまりました』または『承知いたしました』! あなたね、成人したら、あなたが相手をするのは他国の大貴族と王族なのよ。こんなお使いも満足にできないの? すこしは、お義姉さまを見習ったら?」


 アスカの義姉はラルフの姉でもある。第一王子エドワードの妻ネヴィアだ。


 エドワードの側にいるときの姿からは想像できないが、彼女は一分の隙もない完璧な立ち振る舞いをする女性だった。女神のごとき容姿も相まって、人々は彼女の所作に目を奪われた。


 作法の教師たちはみな自分の生徒に、ネヴィアの所作をよく見てお手本とするよう教えたほどである。


 窘められたラルフは歯噛みして席を立つと、アスカを押し退け無言で客間を後にした。

 しばらくすると、外から子供じみた罵声が聞こえてきた。


「チクショーッ! このクズ! アホっ! バーカ、バーカ」


 ラルフの声だ。


「レイチェル、剣を。ちょっと、ブッ殺してくるっ!」


「おやめください」


「では、私が」


「ファブレガスさまもです」


 レイチェルは、眼窩に青白い焔を燃え上がらせて外へ向かおうとするファブレガスの腕を掴んで止めた。

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