第4話 感謝のしるし

 しかしダンジョン化したリヒトラント城は、名だたる剣豪や冒険者たちの命を奪い、あるいは引退に追い込んだ「死のダンジョン」。


 いくら腕が立つといっても、アスカは十代の娘である。親衛隊を率いて行くならまだしも、ひとりでダンジョンに挑むのは、さすがに厳しいだろう。


 さすがの国王フリードリッヒも、心配そうな表情だ。


 するとアスカは、笑みを浮かべながら言った。


「レイチェルもいますし、道中で旅の武芸者を雇います」


 単独でダンジョンに挑むほど、無謀な娘ではなかったようだ。


 しかし、その言葉を聞いて顔色を変えた女性がいる。アスカの侍女レイチェルだ。

 アスカの背後に控える彼女は、大きく目を見開き手で口を塞ぐような仕草をしている。自分も行くのか!? と言わんばかりの表情だ。


 レイチェルは助けを求めるように、フリードリッヒへ視線を向けた。


「旅の武芸者だと? そのようなならず者など役に立つまい」


 近年、テバレシア王国とウェルバニア王国以外の国でも、頻繁に武力衝突が起きている。そのためか、傭兵を生業とする者も多い。しかしながら、忠誠心のかけらもない金と女だけが目当ての輩である。いざという場面で、逃亡してしまうことも考えられる。


 フリードリッヒの言葉に、レイチェルもコクコクと首を縦に振った。しかし、彼女のあるじは引き下がらない。


「お言葉ですが、わたしを護るためとはいえ、大切な騎士たちに何かあっては王国の損失となります」


「いや、しかしだな……」


「それに王女のわたしが鎧姿で親衛隊を引き連れて動けば、民も戦が始まるのかと不安になるでしょう」


「む」


「我が王国と険悪な関係にある、ウェルバニア王国を刺激するかもしれません」


 畳みかけるよう話すアスカに、フリードリッヒは一言も返すことができない。加えて彼が考えていたよりも、ずっとまともな理由だった。


 こうしてアスカは、それらしい理由をつけて親衛隊の同行を断った。


「なんと素晴らしいタテマエっ! 姫様もご立派になられましたねえ」


 ガーラは殊更に目を丸くして両腕を広げ、驚いたように見せている。


「うふっ、ありがと。ガーラ」


 ガーラの言葉に、アスカはそう言って笑みを浮かべた。


 おそらく、お目付け役は侍女のレイチェルだけで十分、というのがアスカの本音に違いない。

 親衛隊など率いて行けば、大幅に行動が制約される。それがウザいだけだろう。


「さっそく、旅支度をして出発いたします」


 恭しくドレスの端を摘まんで挨拶すると、アスカは国王の部屋を後にした。その後ろから、がっくりと肩を落としたレイチェルが続く。


 フリードリッヒは、ふたりが部屋から出て行くのを見送っていた。大きくため息をついて、側にいたガーラに視線を向ける。


 すると、ガーラは改まった様子で王の前に立った。


「ワタシ、ちょっと用事を思い出しました。本日はこれにて。ごきげんよう」


 そう言って恭しく右手を左胸にあててお辞儀すると、彼はひょこひょことした足取りで部屋を後にした。


 🌹


 翌朝、旅の支度を整えたアスカとレイチェルは、地竜の手綱を引いて宮殿の門へと向かっていた。


 地竜は、個性的な恐竜たちが存分に暴れまわる某映画に登場した「ラプトル」のような獣脚類の竜だ。翼を持たないので、飛行することはできない。


 馬に比べるとスピードはないが、持久力があり戦闘に向いている。賢く人懐こい性格もあり、この世界の騎士たちは彼らを「戦友」と扱っている。

 もっとも地竜は非常に高価なので、身分の低い騎士たちには手の届かないシロモノだ。


「ふん、ふん、ふふーん♪ ホネ、ホネ、一具のホネとなっても、あなたの手を取って踊りましょう♪」


 体長2.5メートルほどある二頭の地竜たちは、アスカの歌声に合わせて首を振ったり、尻尾をふりふりしていた。


 アスカは朝からご機嫌な様子だ。ちなみにメロディと歌詞は、彼女の即興である。

 テバレス王家の紋章である獅子の紋が入った皮鎧を身に着けて、皮のブーツを履いている。ただし、頭のてっぺんから爪先まで黒一色のコーデ。防御力よりも機動力を重視した装備だ。


 その後ろから、黒の皮鎧、黒皮のブーツというアスカとお揃いコーデのレイチェルが続く。


 レイチェルの方は悲痛な面持ちだ。その隣で、彼女の引く地竜はアスカの歌に合わせ首を振っている。


 鼻歌交じりに門へ向かうアスカとは対照的に、レイチェルは重い足取りで何度もため息をついていた。

 結局、彼女もリヒトラント城へ同行することになってしまった。


「はぁ。姫さま、どうしてご卒業祝いの品がリヒトラント城なのでしょう? ほかのお城でも良いのではありませんか?」


 レイチェルは、ご機嫌のアスカにため息をついて尋ねた。アスカは振り向くと、瞬きをしてから首を左右に振った。


「ダメよ。わたしはね、レイチェル。ただお城が欲しいのではなくて、お父さまのためにアノお城へ行くの」


 そのアスカの答えに、レイチェルは首を傾げた。


「リヒトラント城の魔物を討伐すれば、リヒトラントの人たちは安心して暮らすことができるわ。あの城の側を通る街道も安全になる。きっと、お父さまのお役に立てるはずよ。そう思わない?」


「姫さまのご卒業祝いですよね?」


「そうよ。だからわたしは、ここまで大切にしてくれたお父さまへの感謝のしるしとしてリヒトラント城を制圧するの。わたしにとって王立学園の卒業は、お父さまに感謝することなの。お父さまだけじゃないけどね」


「と、言いますと?」


「ここまで、わたしを大切にしてくれた人みんなに感謝してる。レイチェル、あなたにもね」


「姫さま……」


 アスカの言葉に感激したのか、レイチェルはうっすらと涙を浮かべている。そして彼女は熱いモノが込み上げてくる胸を右手で押さえて俯いた。


 ふたたびアスカが宮殿の門の方へと歩き出す。

 その後にレイチェルも続こうとした。そのとき、彼女は「ん?」と、なにかに気が付いて立ち止まった。


 彼女の隣に立つ地竜が、首を傾げ「どうしたの?」という表情でレイチェルを見ている。


 そう。

 だったら、なぜレイチェルまで魔物討伐に同行しなければならないのか?

 加えて、感謝しるしはいいとしても、それがなぜダンジョン化した城の制圧になるのか?


 けれども、アスカの言葉はレイチェルの疑問をどこかへ追いやるに十分な力があったらしい。アスカの発想が、あまりにナナメ上だったこともあるだろう。


 レイチェルは、すこしのあいだ人差し指を口元にあてて宙を見上げていた。

 しかし、すぐに思考を放棄した。


「まっ、いいか」


 そう呟くと、笑顔で歩き始めた。

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