第14話 王女の民

「はじめにお聞きいたします。この協定原案は、我らゴウマに如何なるメリットがあるのでしょうか? 魔導具職人の移動および移住に加え、魔導具の素材調達および魔導具の販売を大幅に制限されるおそれがあります。さきほど議長から、ゴウマの自治は保障されるとの説明がありましたが、これでは実質的に経済的自治を損なうのではないでしょうか?」


 バレージ区長が指摘した協定条項は、アスカの案である。

 言い方を変えれば、「ゴウマを支配下に置くこと」という課題を出したミランダへの解答でもあった。


 この協定条項は、ゴウマの魔導具およびその技術が他国へ流出するのを防ぐ意図がある。とりわけウェルバニア王国への流出だけは絶対に避けたいところだ。

 これに加え、リヒトラント領主をつうじて魔導具の素材調達をコントロールすることで、ゴウマの反乱を防ぐ意図もある。


 とはいえ、アスカは事前にセシルとヨゼフ翁から、この条項はウェルバニア派区長の抵抗を受けるだろうと聞かされていた。


 というのも、ゴウマ製の魔導具の主な取引先がウェルバニア王国だったからだ。もちろん、その裏に失踪中のロバートのほかウェルバニア派区長たちがいる。良くも悪くも、彼らがウェルバニア方面への販路拡大に努めてきたのである。


「では、バレージよ。おヌシは、この協定条項をどうしたい?」


 目を閉じて腕組みしながらヨゼフ区長がバレージ区長に尋ねた。代替案を出せということだ。


「魔導具職人の移動および移住については、原案どおりでいいでしょう。魔導具素材の調達についても譲歩できます。しかし、ゴウマ側からは軍事協力を含む賦役を負担するのです。魔導具販売については、テバレシア側に譲歩していただきたい」


 すると、セシル区長が手を上げて発言を求めた。ジャニス議長がセシル区長の発言を認める。


「魔導具販売をリヒトラント領主に委ねるという条項は、軍事転用可能なゴウマ製の魔導具がウェルバニア王国側へ流れることを懸念してのことです。ですから、『リヒトラント領主が指定した魔導具をウェルバニア王国方面へ販売する場合』に限定してはどうでしょう?」


 バレージ区長と彼の隣に座るもう一人のウェルバニア派の区長は、お互いに顔を見合わせて頷いた。この辺りが落としどころと考えたのだろう。


「セシル区長の案に賛成いたします。くわえて細目については、後日、リヒトラント領主と協議するとしていただきたい」


 そう言うと、バレージ区長はジャニス議長の方へ顔を向けて頷く。


 その後審議は、協定原案修正のため、いったん休憩を挟んで決議に入ることになった。


 そして再開された審議において、セシル案で修正した魔導具販売条項を協定案とし、その他の条項についてはほぼ原案どおり全員一致で可決した。


 後はリヒトラント領主とゴウマ議長が署名することで、協定として成立する。


 これでアスカがリヒトラント領主になれば、ゴウマ側の事情が変わらない限り協定を成立させることができるだろう。


 アスカは、区長席の後方中央付近に用意された特別席で議論の行方を見守っていた。


 協定原案は修正されたけれど、それは想定の範囲内。

 アスカは胸をなで下ろした。隣に立つ黒い貴族服姿のファブレガスも、彼女の方を向いている。

 その視線に気が付いたアスカは立ち上がり、笑顔でファブレガスと抱擁を交わした。


「アスカ王女、演壇前へ」


 議長ジャニスに促されたアスカは、議場の中央を走る通路を歩いて演壇の前へと向かった。アスカの後をファブレガスが続く。

 演壇の前ではジャニスが、可決された協定案の文書を手にアスカを待っている。


 四名の区長が見守るなか、ジャニスはアスカに協定案文書を手渡した。

 アスカは協定案を受け取ると、区長たちの方へ身体を向けた。


「みなさん、本日は、協定案につき審議および決議の労を賜り、誠にありがとうございました。本国へ持ち帰り、協定案実現のため力を尽くします」


 ジャニスと四人の区長たちは拍手で応える。すると四人の区長はつぎつぎと席を立ち、アスカの方へ近づいて来た。

 警戒したファブレガスが、アスカを庇うように前に立つ。


「ファブレガス殿、心配ない」


 そう言って最後にジャニスが、区長たちとアスカの間に入った。

 ジャニスの言葉にファブレガスは、戸惑いながら一歩下がる。


「ジャニス?」


 ジャニスから会議に列席してくれとの要請は受けた。けれども、ここから先のことは何も聞いていない。ジャニスを始め区長たちは、何を始める気なのだろうか?


 アスカは瞬きしてジャニス、セシル、ヨゼフたちに顔を向けた。


 ジャニスが笑みを浮かべながら、その場に跪く。

 彼女に続いて、区長たちも一斉に跪いた。


「あ、あの、みなさん?」


 アスカは跪いて頭を垂れる区長たちを見回している。

 ヨゼフ区長が顔を上げて口を開いた。


「我らは、二百年前より主の帰還を待ち望んでおりました」


「えっ?」


 ヨゼフ区長の言葉の意味が解らず、アスカは戸惑う様子を見せた。ヨゼフ区長が言葉を続ける。


「アスカ様、あなたさまは魔導具ゴウマの『鍵』を持っておられました」


 アスカは佩刀「カグツチ」に視線を落とした。

 ゴウマ本体を起動する鍵は、この「カグツチ」だった。ゴウマの開発者は魔導士バーリン。そうだとすれば、この「カグツチ」もバーリンの遺産のひとつということだ。


 「カグツチ」は、亡き母テバレシア王国第二王妃クラウディアの形見。けれども、母がそのような剣を持っていた理由をアスカは聞かされていない。


 さらに、ジャニスをはじめとする区長たちが自分に跪く理由も分からない。


 ついで、セシルが顔を上げて口を開く。


「その鍵の所有者こそ、この城の『主』なのです。それは、すなわち私達の『主』」


 セシルは続けて言った。


「我らゴウマの民は、アスカ様に忠誠を誓います」


 彼の言葉が終わるとともに、ジャニスと区長たちが頭を垂れる。


「えっ、忠誠ですか? では、テバレシアに従属する……」


「勘違いするな」


 アスカの言葉に被せるように、ジャニスが顔を上げて口を挟む。


「私らは、テバレシアに恭順するんじゃない。お前の民になったんだ。いいな?」


「わたしの民……」


 アスカは瞬きをして区長たちを見回す。区長たちは顔を上げ、アスカの方を見ながら大きく頷いた。


「ありがとう、みなさん。あなたたちの忠誠を受けましょう」


 🌹


 その二日後、アスカが城塞都市ゴウマを離れる日が来た。

 ジャニスほか四人の区長、そしてリータや憲兵隊のフランコとガルシアが、アスカを見送るため城門の前に集まっていた。


「道中お気をつけて」


 リータは笑みを浮かべて手を差し出した。アスカはその手を握って応える。


「リータには、とてもお世話になったわ。ありがとう」


 するとリータの背後から、ガルシアが顔を出した。


「アスカ様、つぎはいつ来るッスか? 来たらすぐに知らせて欲しいッス」


「いや、お前何言ってんだよ。知らせてもらうのはいいけど、どうするんだよ?」


 即座にフランコがツッコむ。


 アスカはクスクスと笑って、ふたりに顔を向けた。


「ええ。お知らせするわ。また会いましょう」


 そして、区長たちの方へ顔を向けた。


「じゃあ、また来るわね。それまで、みなさんお元気で」


「それだけか?」


 なぜかジャニスは不満顔である。


「ん?」


 アスカは首を傾げた。すると、ヨゼフ区長がアスカに詰め寄った。


「我らは、姫様の民ですじゃ。なんでもお申し付け下され」


 ヨゼフ翁の隣で、バレージ区長がコクコクと頷いている。ヨゼフ区長の言葉にアスカは瞬きした。

 ヨゼフ区長の隣にいたセシルが、笑みを浮かべて尋ねる。


「アスカ様が戻ってくるまでに、やっておいた方が良いことはございませんか?」


「そうねぇ。中央塔と城門の修繕はもちろんとして、あとは警備の強化、それから協定内容実現のための調整もお願いできるかしら?」


「お願い……」


 バレージ区長は絶句し、口を半開きにしている。


「姫様、お願いなどと我らに遠慮することはありませんぞ。どうか、お命じ下され」


 ヨゼフ区長が縋るような目で、アスカの命令を求めてきた。


 アスカはファブレガスの顔を見上げた。

 老人に「命令してくれ」と縋られたのは初めてである。


 ファブレガスは頷いて見せた。

 アスカがジャニスら、ゴウマの区長たちの方へ顔を向ける。


「議長ジャニス、そして区長たちに命じます。直ちに中央塔および城門を修繕し、警備を強化せよ。ジャニスとセシルは協定内容実現のため、各方面と調整するように。これで、いい?」


「ははっ」


 アスカの命を受けたジャニスら五人は、その場で跪いて頭を垂れる。

 アスカは宙を見上げて、ひとつため息を吐いた。


 すると、憲兵隊の男がこちらへ向かって歩いてくることに気付いた。


 金髪スパイキーヘアの憲兵隊長、キリアンだ。

 なにか決意を胸に秘めた漢の顔になっている。


 キリアンはアスカの前に立つと、腰を落として跪いた。


「この度は、憲兵隊長の身に在りながら数々の失態を犯し、アスカ様をはじめジャニス議長のお命を危険に晒しました。オレは責……」


 キリアンの言葉が終わらないうちに、アスカが口を開く。


「憲兵隊長キリアンに命じます。つぎにわたしがここへ来たら、お昼ご飯にヒレカツ丼をおごりなさい」


「あ?」


 キリアンは顔を上げて瞬きしている。


「では、行ってきます」


 そう言うと、アスカはキリアンとジャニスたちに背を向けた。


「お、おいちょっと……」


「「「「「お早いお帰りを、お待ち申しております」」」」」


「おい、待てってば。ヒレカツ丼!?」


 キリアンは跪いたまま、遠ざかるアスカの背中へ手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る