第2話 花の宮殿
フリードリッヒとの会談を終えたアスカは宮殿へ戻ると、すぐさまミランダ宛に手紙を書いた。
「レイチェル、おばあさまに面会依頼を。このお手紙を添えてちょうだい」
「かしこまりました」
レイチェルは手紙を受け取ると、足早にアスカの部屋を後にした。
その姿を見送ったアスカは、立ち上がって窓の側に立つ。
気になっていたことがあった。ミランダとの関係だ。
――どうして、おばあさまは、お母さまやわたしを避けていらしたのかしら?
アスカも十七歳である。
さすがにこの年齢になれば、フリードリッヒとアスカの母クラウディアとの婚姻にミランダが反対していたことを知っていた。
ミランダがふたりの婚姻に反対した理由は、クラウディアが「サンタンデル公爵家」の娘だからだという。クラウディア自身ではなく、家柄を問題視したらしい。
サンタンデル公爵家は、二百年ほど前に国王ルリの王弟ゲオルグが興した家だ。血筋としては問題ないハズなのに、「サンタンデルだけはダメだ」の一点張りだったという。
なぜ、サンタンデルはダメなのか? 理由は分からない。なお「サンタンデル公爵家」は、近年、当主サンタンデル公爵とその後継者が相次いで亡くなり断絶している。
現在、サンタンデル公爵直系の血縁はアスカしかいない。
――そして十七年も放置してきた孫に、いまさら会いたいと言ってきた理由もよく分からないわね。
空に流れる遠くの雲を眺めながら、そんなことを考えていた。
どのくらい窓の外を眺めていただろう。
ミランダの下へ手紙を届けに出たレイチェルが戻って来た。
レイチェルによると、二日後の昼過ぎにミランダの宮殿へ来て欲しいという。お茶でもしながら話そうということだった。
「ありがとう、レイチェル。思っていたより、早くお会いできて嬉しいわ」
――二日後。
アスカは王太后ミランダに会うため、レイチェルとファブレガスを連れてミランダの宮殿を訪れた。
どうやら先客がいたらしい。門の前に四頭の地竜が曳く竜車が止まっている。
いったい誰かと竜車の窓から見ていたアスカの瞳に、瑠璃色の頭髪をしたナイスミドルが映った。
「ペンドラ侯爵……」
自分の名前を冠した派閥の盟主が、もうひとつの大派閥の盟主と面会していたようだ。彼が自ら動く案件といえば、リヒトラント城の件だろう。
ペンドラ侯爵は竜車に乗り込む前に、アスカたちが乗る竜車の方へ視線を向けた。アスカの竜車だと気が付いたのかどうか定かではないが、すぐに視線を外して竜車のなかへと消えて行った。
ミランダの宮殿は、王都から少し外れた緑豊かな場所に立っている。質素な佇まいの建物だが、落ち着いた美しさがあった。宮殿の庭園は、一年中様々な花が競うように咲いていることから、貴族たちの間では「花の宮殿」と呼ばれている。
宮殿の門のところで衛兵に取り次ぎを頼むと、しばらくしてミランダの執事が現れた。
「本日はお会いできて光栄です、アスカ王女。リースと申します」
銀髪碧眼の青年が、右手を左の胸にあてて恭しく挨拶をする。鋭く整った顔立ちで、氷の刃を思わせる冷たい雰囲気がある。
「王太后さまの下へ、ご案内いたします」
案内されたのは、庭園のなかに建てられた宮殿の離れ。周囲をガラス張りにして、庭園内がよく見えるようになっている。
白く円いテーブルで、白髪の老婆がこちらに顔を向けている。
王太后ミランダは、優し気な笑みを浮かべてアスカたちの到着を待っていた。
「はじめまして、おばあさま。アスカです」
アスカは黒いドレスの端をちょこんとつまんで、可愛らしくカーテシーする。
ミランダは視線をアスカに向けていた。
ややウェーブのかかった美しい白髪に水色の瞳、おっとりとした印象の老婆だ。
「いらっしゃい。こうしてふたりで会うのは、初めてね」
ふわりとした笑みを見せるミランダ。そして、後ろに控えるレイチェルに視線を移す。
「先日はご苦労様だったわね。レイチェル」
「いえ、とんでもありません」
彼女は、ミランダをつうじてアスカの侍女となった。ミランダとは面識がある。
「ご実家には、顔を見せているの? あなたのお父さまが心配していたわよ」
「……はい」
レイチェルは、どこか気まずそうに俯いている。
侍女の仕事に忙殺され、実家に帰るどころではなかった。しかし、そのような事情を主であるアスカの前で言うわけにはいかない。
「さぁ、アスカちゃん、こちらへ」
ミランダが微笑みながらアスカに席を勧める。それを見た執事のリースが椅子を引く。
勧められるままに、アスカは席に着いた。アスカが腰を下ろすと、リースはミランダの後ろへ移動した。
ミランダは、アスカの後ろに控えるファブレガスの方へ顔を向けた。
「こちらがウワサの骸骨騎士さんね? 魔物を護衛騎士にするなんて、アスカちゃんは面白いコねぇ」
ミランダは、まじまじとアスカの後ろに控えるファブレガスを見上げている。
「ご尊顔を拝し身に余る光栄に存じます。アスカ様の護衛騎士ファブレガスと申します。よろしくお見知りおきを」
ファブレガスは右手を左胸にあてて、恭しくミランダに挨拶する。
無表情でミランダの背後に控えていたリースの眉がわずかに動いた。
執事のリースは振り返って、後ろに控えるメイドたちに合図を送る。メイドたちは流れるような所作でミランダとアスカの前にお茶とお菓子を並べていく。
「アスカちゃんは、幾つになったのかしら?」
「十七歳になりました」
「あら、そうなのね。では、そろそろ結婚のお相手を探さなきゃねぇ」
「え? ええ……」
「そうだわ! 私が国外の良いお相手を探してあげましょう」
「へ? えっ? こ、国外ですか!?」
「ええ。アスカちゃんは、王立学園の成績も優秀なのでしょう? きっと良いお相手がいる筈だわ」
それからは、ミランダのペースで会話が進んだ。アスカの婚約者候補の話に始まり、庭園のあそこに咲いている花は○○国から取り寄せただの、池に咲いている花は誰々から献上されたものだとか、ついには自分の王立学園時代の話を始め、先代国王との馴れ初めなどを話している。
アスカは、しばらくミランダの話を聞きながら笑顔で相槌を打っていた。けれどもミランダの話は、一向に終わる気配がない。
「ロイドは、とうとうその野良猫を追い駆け始めたの。それでね……」
「あの、おばあさま。わたし、本日はリヒトラント城の件でお話にまいりました」
しびれを切らしたのか、アスカはリヒトラント城の件を切り出した。
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