第12話 防衛の魔導具

 つい先ほどまで元気よく大暴れしていた三体のゴーレムが、突然、一体、また一体と動きを止めた。

 力尽きてしまったかのように、ばたばたとその場に倒れていく。


 ゴーレムたちの活動限界が来てしまった。


 いや突然起き上がって、暴れ出すかもしれない。

 周囲の兵士たちは遠巻きに様子を窺いながら、おそるおそる槍の穂先でゴーレムを突いたりしている。


 その光景を見たマーカス将軍は、伝令を飛ばし歩兵を下げた。


「ふ、ふはははっ。鉄騎兵を出せ」


 前線の歩兵たちが、左右に分かれ後退していく。歩兵たちが後退すると、騎士も馬も鎧に身を包んだ重装騎兵が姿を現した。


 ファブレガスが、ただひとり棍棒を構える。全身から闇属性の魔力が立ち昇る。


 しかしファブレガスがいかに奮闘しようと、重装騎兵の突撃はさすがに防ぎきれない。ゴーレムたちが沈黙したいまとなっては、多勢に無勢だ。


「忌々しい魔物が。我が鉄騎兵の馬蹄で踏みしだいてくれる」


 マーカス将軍は口角を上げて呟いた。

 「蹂躙せよ」と号令をかけるため、右手を上げようとしたその時――。


「うん?」


 彼の目に魔力弾が映った。

 無数の魔力弾がペンドラ軍へ向かって飛来し、重装騎兵隊の目の前につぎつぎと着弾する。


「おわわわっ」


 マーカス将軍は、頭を抱えてその場に伏せた。


 馬たちが轟音に驚いて、嘶き、立ち上がり、跨る騎士を振り落とす。

 重装騎兵隊は、恐慌状態に陥った。


「バカな、どういうことだ?」


 マーカス将軍はゴウマの城壁へ視線を向けた。土埃が舞い霞んでいた視界が、しだいに開けていく。


 城壁の上に、黒のドレスに身を包む黒髪の少女が立っている。


「えっ!? お、おい、あの方は……」


 兵士のひとりが城壁を指さした。


「ア、アスカ様!?」


 ペンドラ軍の歩兵たちの目に、ゴウマの城壁に立つアスカの姿が映っている。


「どうして、アスカ様が!?」


「どういうことだ?」


 兵たちは口々にそう言って、顔を見合わせた。


「ちっ、生きていたのか……。しかも、兵たちに姿を見せるとは」


 マーカス将軍は拳を握りしめながら、城壁の上に立つアスカを忌々し気に睨んだ。


 剣を前に立てて柄の上に両手を重ね、威風凛然とゴウマの城壁の上に立つアスカの姿。

 頬を撫でるように風が吹いて、彼女の艶やかな黒髪を靡かせる。

 エメラルドグリーンの瞳には、動揺するペンドラ軍が映っていた。


 アスカがペンドラ軍に向けて口を開く。


「テバレシア王国王女アスカ・テバレスです。この城の『防衛の魔導具』を起動しました。もはや、あなたたちにこの城を落とすことはできません。そしてゴウマを蹂躙することは、わたしが許さない。我が王国の将兵たちよ。直ちに矛を収め、国へ戻りなさい」


 ジャニスが用意した拡声の魔導具は、アスカの透きとおるような声をペンドラ軍の末端に至るまで届けた。


 彼女の言葉に兵士たちが足を止める。

 ペンドラ軍の進軍が停止した。


「ええい、アスカ様がおられようと構うな、進め、進めぇ!」


 アスカの言葉を振り払うように、マーカス将軍が大声で号令をかける。


 しかし、兵士達の間にはすでに動揺が広がっていた。このまま進めば、自国の王女に刃を向けることになるからだ。


 隊列を整えたものの、ペンドラ軍の士気は著しく低下していた。


「どうした、進めえっ! 動かぬヤツは斬り捨てる!」


 マーカス将軍が剣を抜いて怒鳴り散らす。兵士たちは仕方なく前進を開始した。

 ただ、その動きは極めて緩慢なものだった。


 そんなペンドラ軍の様子を見ていたアスカは、無表情な顔つきで右腕を上げた。


「撃て」


 腕を振り下ろして合図する。


 ゴウマの城壁に等間隔で並ぶ竜の頭。その数は百を超える。

 顎を開いた竜の口が、一斉に魔力弾を砲火した。


 横一列に並んだオレンジ色の球体が長い尾を引いて、ペンドラ軍へと向かって飛んで行く。

 やがて魔力弾は、ペンドラ軍の手前につぎつぎと着弾した。


「うわああぁ!」


 大瀑布のごとく降りそそぐ魔力弾に、慌てふためくペンドラ軍兵士たち。

 彼らの叫び声が戦場に響き渡る。


「こ、こんなの勝てっこねぇ」


「もうダメだ、逃げろっ!」


 ついには、武器を捨て逃亡する者も出始めた。

 ペンドラ軍の足がふたたび止まる。


「ヌシ様、防御壁の準備ができたの」


 どこからかゴウマの声が聞こえた。

 アスカが指示を出す。


「ファブレガスは城内に後退。ゴウマ、城防御壁を展開して」


 ファブレガスは、ペンドラ軍に背を向けて城門へと駆け出した。


 中央塔から膨大な魔力が間欠泉のように噴き上がり四方に拡散する。やがて、それは城を包み込むように多面体の透明な防御壁を展開した。


「おい、あれはいったいなんだ!?」


 目を丸くするペンドラ軍の将兵たち。


 歴史上、幾度となく敵の進軍を阻んできたゴウマの防御壁。

 それを目にしたペンドラ軍の兵士たちは、立ち尽くすしかなかった。


「くっ……、どうやら、失敗したか」


「どうなさいますか?」


 副官の問いかけに、マーカス将軍は悔しそうに肩を震わせ歯ぎしりした。


「ぐぬううううぅ、た、退却だ。あの城の魔導具が生きているなら、我らは犬死にするだけだ」



 しばらくして、波が引くようにペンドラ軍は退却を始めた。


「……退いてゆく。テバレシアの軍勢が引き返してゆくぞ!」


 城壁からペンドラ軍を見ていた兵士たちが、退却を始める軍勢を指さして言った。


「やったな。アスカ」


 ジャニスがアスカの肩を叩く。

 アスカはジャニスの方へ顔を向けて笑顔で頷いた。


 ふたりは、遠ざかるペンドラ軍を眺めていた。

 軍勢が砂粒ほどに小さくなると、ふたりはペンドラ軍に背を向けた。城壁の階段を下りて城内へと向かう。


 城内に降り立ったアスカに、兵士達の視線が集まった。


「アスカ王女!」


 兵士のひとりが叫ぶ。続いて、その隣にいた兵士が剣を掲げて叫ぶ。


「アスカ王女万歳!」


「黒ばら王女万歳!」


 やがて、そこにいた兵士たちは口々にアスカの名を叫んだ。

 アスカが歩き出すと、兵士達が道を開ける。


 両側に並んだ防衛隊の兵士たちが、一斉に槍の石突で地面を突いた。

 多くの国で、戦士たちが相手に敬意を示すさいの所作のひとつとされている。


 アスカは立ち止まり、周りを見回した。


「みなさんのおかげで、無事、この城を護ることができました。ありがとう」


 アスカの言葉に、ワアッと歓喜の声を上げる兵士たち。


 大歓声を浴びながら、アスカとジャニスはふたたび歩き出す。

 その後にファブレガスが続く。


 アスカが歓声に笑顔で手を振って応えながら進んで行く。

 その先で、ゴウマの区長たちが待っていた。

 彼らの前で、アスカとジャニスが向かい合う。


「ジャニス議長、わたしはテバレシア王女としてゴウマとの協定を望みます」


「アスカ王女、我々もテバレシア王女である貴女との対話を望んでいる。ゴウマとテバレシアの未来について話し合おう」


 そう言ってジャニスは右手を差し出した。アスカも手を伸ばしてジャニスの手を握る。


 ふたりは両手で握手を交わした。


 ふたりを中心に、ふたたび大歓声が上がる。

 区長たちは、ふたりの姿に拍手を送っている。


 こうして、アスカとジャニスをはじめとするゴウマ区長たちとの間で、協定内容に関する協議がもたれることになった。

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