第5章 舞に乗せるはあなたへの

バレンタインデー

第37話 チョコレート作り

 一月はいつの間にか過ぎ去り、二月のカレンダーとなった。その十四日前の最後の土曜日、舞の練習がないと知った爽子が星南の家に押し掛けている。

 爽子は岩永家のキッチンに星南を引っ張って行き、自ら持ってきた買い物袋をテーブルに置いた。勢いで斜めになった袋から、バターや板チョコがはみ出す。


「ということで、チョコレート作ろう!」

「突然来たと思ったら……」

「だって私が来なかったら、市販品にしようとしてたでしょー?」

「うっ」


 図星を突かれ、星南は口をもごもごさせる。


「だ、だって、わたしの手作りよりも市販品の方が絶対においしい……」

「市販品がおいしいのは間違いないよ? だけど私は、星南の作ったチョコレートを佐野森くんに渡して欲しいから作りに来たの!」

「爽子ちゃん、声が大きいっ」

「お姉ちゃんも大概だよ」


 力説する爽子とそれにたじたじとなる星南。二人の声を聞いていて呆れ顔の光理が、キッチンに顔を出した。


「み、光理……」

「ごめんね、光理ちゃん。っていうか、お出かけ?」


 爽子の言葉を受け、光理はこくんと頷いた。白いコートを着た光理は、友だちの家に行くのだという。


「お姉ちゃんたちと一緒。友だちの家でチョコレート作ってくるよ」

「そっか。おいしいのできると良いね」


 絶対、藤高くん喜ぶよ。星南が言うと、光理は顔を赤くしてそっぽを向いた。しかしすぐに姉を睨みつけるが、その瞳には怒りよりも照れ隠しが多く含まれている。


「う、うるさいな! 私よりもお姉ちゃんでしょ? 絶対、告白しなさいよね!?」

「うっ……が、頑張る」

「よし」


 ビシッと姉に向けていた人差し指を下ろし、光理は「行ってきます」と言って出て行った。バタンという玄関のドアの閉まる音が聞こえ、足音が遠ざかって行く。

 妹に言われた言葉にため息をついた星南に、爽子はニヤニヤとした顔を向けた。


「なぁに、さっきの? せな、告白、するの? だーれに?」

「わ、わかってて言ってるでしょ!?」

「そんなの知らないなぁ。私は再会した喜びも兼ねてアルトにあげようと思ってるけど、せなは誰にあげるつもりなのかなぁ?」

「そ、爽子ちゃん。わたしは……」

「……」


 ごくり、と唾を飲み込む。唐突に喉がカラカラに乾き、言葉が詰まる。星南は顔に熱が集まっていることを自覚しながら、爽子に向かって言葉を吐き出す。どくどくと心臓が大きく拍動し、緊張が増した。


「わたし、ね。佐野森くんに、好きって、伝えようと思うんだ」

「うん」

「振られたらって考えると、すっごく怖い。今までみたいに話しかけてくれないかもしれないし、距離が出来るのも嫌だ。……だけど、伝えないままじゃきっと後悔するから」


 胸の前で両手を握り締め、星南は一言一言押し出すように口にした。そして、言葉にし終えてほっと息を吐く。

 するとそれまで黙っていた爽子が、突然星南をギュッと抱き締めた。


「……うん。よく決めたね、せな。私も、妹ちゃん同様、心から応援してるよ!」

「ちょっと、爽子ちゃん! 危ないから」

「だって、嬉しくてさぁ!」


 チョコレートを作る前から騒がしく、二人はじゃれ合い笑い合う。笑いが収まってから、ようやくお菓子作りの支度を始める。食材の他、ボウルやハンドホイッパー等を取り出して、最後にレシピ本を開いた。

 レシピ本は、爽子が家から持ってきたものだ。本について、彼女はエピソードを披露した。


「ネットで調べても色んなレシピ出てくるんだけど、私はこれが凄く好きなんだ。お母さんが小さい頃によく作ってくれたレシピで、家に遊びに来てたアルトも美味しいって食べてたんだよ」

「そうなんだ! 写真も凄く美味しそうだし……美味しく出来るかなぁ」

「大丈夫。二人でやったら、成功するよ! おいしいの作って、二人を驚かせちゃおう」

「うん、頑張ろうね!」


 二人は一度試作として作ってみて、もう一度本番用を作るという段階を踏もうと話していた。一度失敗したとしても、その反省点を本番に生かすことが出来るから。

 早速、星南は板チョコを湯煎にかける準備を始める。名前の通り板の形をしたチョコレートは、細かく刻まなければうまく溶けてくれない。


「爽子ちゃん。チョコは溶かすから、記事の準備お願いね」

「了解」


 爽子は卵を混ぜ、小麦粉をふるいにかける。混ぜ合わせる間に溶かしたチョコレートを加え、さっくりと生地にしていく。


「よし、これを型にするよ!」

「それ、牛乳パック? 確かに、それなら新しく型を買わなくても良いね!」

「でしょ? お母さんがよくやってたんだ」


 牛乳パックの広い面を一枚切り取り、型として生地を流し込む。丁度その時、事前に予熱していたオーブンが予熱完了を告げた。

 オーブンの扉を開け、鉄板を入れてスイッチを押す。


「さあ、焼くよー」

「おいしく出来るかな?」


 それからしばらく、焼き上がるまでには時間がかかる。星南と爽子は片付けを済ませ、次に焼くための計量を済ませておいた。それからラッピング用のリボンなどを準備しつつ、お喋りをする。


 ピーッピーッ


 出来上がりの音が鳴り、二人はドキドキしながらオーブンの開けた。そして、同時に「おおー」と声を上げた。

 竹串を刺してみると、ほとんど生地がくっつかない。


「出来た出来た!」

「いい具合に焼けたんじゃない?」

「冷ましてから取り出してみようか」


 それから三十分程後、二人はナイフを使って牛乳パックのケーキ型からチョコレートケーキを取り出した。大きく型崩れすることもなく、形を保っている。

 二人は安心して、もう一個焼くことにした。


「――よし、出来た」


 リボンを結び、シールを貼って封をする。そうして、友だちや家族、そして特別な相手へ贈るチョコレートケーキが完成した。

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