第2話 クレープ店のキャラクター?

 放課後、星南せなは宣言された通りにクレープ店へと連行された。放課後という時間帯故か、学生が制服のままで店内にたむろしている。

 店に入った爽子そうこは、レジの上に掲げられていたメニュー表を見て目を輝かせた。いちごやみかん、フルーツ、チョコレート、あんこ、そして食事系クレープまで幅広く取り揃えられている。


「どれも美味しそう! 迷うなぁ」

「確かにこれは迷う……」


 ごくんとつばを飲み込み、星南もメニューの写真に見惚れた。生クリームたっぷりなクレープのカロリーは気になるが、可愛らしい外見にお腹が空いてくる。抹茶や餅、ケーキが入っているものもあって目移り必至だ。

 五分ほど迷い、星南は「よし」とレジに並ぶ。それを見て、爽子が慌てて後ろにやって来た。


「決めたの、せな?」

「うん。いちごのショートケーキ風クレープにする」

「それも美味しそう」

「爽子ちゃんは?」

「私はね、チョコバナナ!」


 会計を済ませ、二人は少し待って自分のクレープを受け取った。

 星南のクレープは、ちぎったスポンジがいちごジャム入りの生クリームに包まれて、切ったいちごも乗っているものだ。一方の爽子のクレープは、輪切りのバナナに溶かしたチョコレートがかかっており、生クリームが添えられた一品である。

 二人は店内の席に向かい合い、目を輝かせてクレープを頬張った。しばし無言の時間となったが、目の光と食べっぷりが何よりも雄弁に語っている。


「美味しかった〜。ね、来てよかったでしょ?」

「ほぼ拉致だったけどね。でも、美味しかった。連れてきてくれてありがとう、爽子ちゃん」

「せなならそう言ってくれると思ってた!」


 にっこり笑った爽子は「それでね」とわずかに視線を彷徨わせた。


「実は、せなにお願いがあって……」

「テスト?」


 爽子が言い出す前に、星南は彼女の言いたいことを当てた。

 高校一年生の頃からの友人だが、爽子は勉強が苦手で星南が勉強を教えている。特に歴史が不得意で、定期テスト前には勉強会を互いの家や図書館、ファミレスなどで行っていた。

 出鼻をくじかれ、爽子は「その通りです」と机に突っ伏す。


「だってぇ、せなの方が成績良いし。特に日本史強いじゃん! 流石は家が神社関係だよね」

「そこって関係あるのかな……。わからないけど、小さい時から家にあった古文書とか本とか読んではいた……よ」

「ん? どうかしたの、せな」

「あー……何でもない」


 おそらく見間違いだ。星南は自分にそう言い聞かせる。四人掛けの机と机の間仕切りとして置かれた造花の間から、小さなうさぎがこちらを見つめているなんて。


(このお店のイメージキャラクターがうさぎだったりするのかな?)


 それを確かめたいと思ったが、店の何処にもうさぎはいない。星南は視線を感じる気がして爽子との会話に集中することが出来なかった。


「じゃあ、また明日ね」

「うん、また明日。ばいばい」


 爽子と別れ、星南は一人歩いて行く。最初はいつものように歩いていたが、徐々に歩くスピードを上げていく。最終的にはほとんど走っている速さで、慌てて自宅の玄関を開けた。


「お帰り、星南。そんなに慌てて、どうかしたの?」

「う……ううん。何でもないよ」


 呼吸を整え、星南はそろそろと家に入る。宿題をするからという理由をつけ、手洗いうがいを済ませて自室へ行くために階段を上がった。

 ドアを閉め、鞄を机の上に置く。きょろきょろと自分の部屋を警戒し、何もいないと判断して大きなクッションに座り込む。


「よかった。視線を感じたから心配し……」

「何が心配だったの?」

「――うわぁっ!?」


 ガタガタッと挙動不審になってしまった星南は、バランスを崩してクッションから転げ落ちる。その音が響き、階下から母親の声が聞こえた。


「何か落としたの、星南?」

「うん、そう! 驚かせてごめんなさい」


 階段の上から大声で謝り、星南は再び自室へと引っ込む。それからクッションに座り直し、目元をこすった。夢ではないかという期待を持って。


「ようやく、いろはを見てくれましたね」

「……う、うさぎが喋った」


 目の前にいるのは、ペットショップや動物園のふれあいコーナーにいるような薄茶色のうさぎ。しかし後ろ足で立ち、あろうことか人の言葉を喋っている。


「……ロボット、とか?」

「むっ。いろはは生きてます。貴女を二千年もの間ずーっと待っていたのです!」

「ごめんなさい。話が荒唐無稽過ぎて理解出来ない。そもそも、あなたは一体……」

「これは、申し遅れたです」


 弱り切った星南に気付き、うさぎは前足をそろえてうさぎらしく座った。くりっとした大きな黒い目に星南を映す。


「貴女が覚えていないのも無理はありません。改めて、ボクはいろは。岩長姫様に仕えていました」

「いわ、ながひめ? ……あっ、お父さんが働いている神社の」

「そう。この国でも数少ない岩長姫様をお祀りするお社に、お父様が神職としてお勤めなのですよね。その岩長姫様がボクの主であり……」


 真っ直ぐな瞳が、じっと星南を見詰める。小さな口が開き、とんでもないことを言い放った。


「貴女の前世でもあります。星南様」

「……へ?」


 人間、本当に驚いた時は叫ばない。この時、星南は自分の経験としてそれを知った。

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