第23話 次の約束
「前世の記憶……?」
星南が聞き返すと、陽は頷く。
「確証があるわけじゃない。ただ、夢の中でおれは全く別の誰かになっているんだ。『主』と呼ぶ人に従って、その人の世話をするのが生きがいで仕事だった」
「その人が、佐野森くんの前世?」
「だと思う。で、おれはその人を凄く大事に思ってたんだ。ずっと、その人の幸せを願って生きていた」
「……」
昔を懐かしむように、陽は語る。その内容は今の自分の記憶ではないが、確かに自分なのだと陽は言う。
星南はじっと陽の話を聞きながら、ぎゅっとトートバッグの持ち手を握り締める。陽の話す内容はいろはから聞いて知っていたものだが、それを彼自身が自覚していたとは思わなかった。
「夢で見られるのは、そういう光景だけ。細かいところはぼんやりだけど、最近思い出すようになった。……特に、岩永といる時は鮮明になる」
「佐野森くん」
「多分だけど、岩永もおれと似てるんじゃないかって思ったんだ。だから、教えて欲しい。そこにいるうさぎとも、話がしたい」
「わたしっ……」
勘違いだと言うべきか、わたしも転生したらしいのだと言うべきか。星南は判断出来ず、ぎゅっと目を閉じた。指が手のひらに食込む。
その時、トートバッグの中から苦笑を含んだ声が聞こえた。
「まさか、比古殿が記憶を持って生まれ変わるとは思っていませんでしたよ」
「いろはっ」
「きみが、あの時の岩永の話し相手? ……ふわっふわだな」
ちょこんとトートバッグから顔を出したいろはに顔を近付け、陽が目を見張る。
くりっとした黒目がちの瞳に陽を映したいろはは、周囲を警戒しつつも陽に向かって頭を下げた。
「今世では、はじめまして。ボクの名はいろは。岩長姫様に仕えていたのですが、今は星南様の従者を務めています」
「はじめまして、いろは。おれは佐野森陽。よろしく」
「はい」
陽といろはが握手を交わし、何となく場が和む。
「かわいいでしょ? 初めて見た時は驚いたけど、一緒にいてくれる大事な友だちなんだ」
「そっか。……おれとも、友だちになってくれるか?」
「前世からの縁ですから。それに、今世の貴方にボクも興味があります」
遠回しに、いろはは友だちになることを受け入れた。
いろはと陽のやり取りを眺め、星南はクスリと笑う。すると、それに気付いた陽が「どうしたんだよ」と訊く。
「ううん。ただね、いつも誰ともつるもうとしない佐野森くんなのに珍しいなって思っただけ」
「……まあ、必要以上に誰かと喋るのが面倒なだけだ」
ふいっとそっぽを向いた陽に畳み掛けたのは、意外にもいろはだった。表情の少ないうさぎだからこそ、謎の圧がある。淡々とした言い方が拍車をかけていく。
「以前から、貴方は照れ屋で素直ではありませんからね。前の貴方も、岩長姫様とボクたち以外に友と呼べる存在を持っていませんでした」
「ふふっ、前からなんだ?」
「……」
ばつの悪い陽は、ぐしゃぐしゃと前髪をかく。そして乱れた髪を手櫛で落ち着かせ、咳払いをしてから再びいろはに向き直る。
「こほん。なあ、いろは。おれに、おれの前世について教えて欲しい。夢で見た曖昧な記憶じゃ、理解は出来ないから」
「それは構わないですが、ここで話すには時間がありません。寒いですしね」
「――くしゅんっ」
タイミングが良いのか悪いのか、星南は袖で口元を覆った。それから肩を竦め、ごめんなさいと呟く。
ふんふんと鼻を動かしたいろはが、大きな目で星南を見上げる。
「冷えましたか、星南様?」
「ん、大丈夫。いつの間にか真っ暗になっちゃったね。まだ六時くらいなのに」
冬の昼は短く冷える。星南が手をこすり合わせていると、不意に影が差す。見上げると、隣に座っていたはずの陽が立っていた。彼の手にあるものに気付き、星南は慌てて身を引く。
「だ、大丈夫だよ! それに、マフラー借りちゃったら佐野森くんが寒いでしょ?」
「比較的寒さには強いから、平気だ。おれよりも、岩永に風邪をひかれたら困る」
「困るってことはないと思うけど……」
固辞しようとした星南だが、ふわりと首にマフラーを巻かれてしまっては陽の善意を受け取るしかない。黒と青のチェック柄のそれに触れ、ドキドキする胸の奥を自覚しながら微笑んだ。
「ありがと、佐野森くん。帰る時に返すね」
「いい。つけて帰れ」
「でも、新学期まで返せなくなるよ……?」
冬休み期間はそれ程長いわけではない。しかし寒さが和らぐことはないため、マフラーはこれからの季節に必須アイテムだ。
星南は言い募るが、陽は「今はいらない」と言って彼女の隣に腰を下ろした。そして、わずかに視線を外して小さな声で言う。
「冬休みの何処かでもう一回会った時、返してくれたら良い。それか、休み明けでもいいしな」
「……それって、もう一回会ってくれるっていうこと?」
「……まあ。岩永が嫌じゃなければ。いろはからも聞きたいことがまだあるし、次は昼間に、出来れば室内が良いとは思うけど」
終始視線を星南と合わせない陽。しかしいろはは、彼の耳が赤く染まっていることに気付いていた。
(人は、今も昔も難儀みたいですね)
いろはは心の中で呟くと、星南に撫でられるままに身を任せた。
星南は無意識にいろはの頭を撫でていたことに気付き、その手を止める。そしてもう一度だけ曖昧な笑みを浮かべた。
「じゃあ、次はお正月くらいかな。他の日はほとんど練習に当ててるから、練習のないことを前提に」
「ああ。またこっちからも連絡する」
時計台を見れば、もうすぐ十九時だ。そろそろお開きにしようということで、星南と陽は一緒に途中まで帰ることにした。
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