例祭準備

第22話 イブの夜

 冬休みが始まり、星南は宿題を終わらせる計画を立てた。カレンダーにこの日にはこれを終わらせる、と書いておくのだ。そうすれば意識せざるを得なくなり、スケジュールよりも早く終えることが出来る。


「――よし」

「星南様は計画的ですね。一つ一つ着実に、というのは変わりません」

「一夜漬け出来ないタイプなだけだよ。今年は舞の練習もあるし、早めに無理なく終わらせないとしんどくなるのはわたしだから」


 ボールペンの芯を仕舞い、改めてカレンダーを眺める。例祭は来年三月下旬に予定されており、少しずつ練習量が増えていく予定だ。


「明後日が練習初日だから、そこで初めてどんな舞をするのかわかるの。運動がそんなに得意じゃないから、足を引っ張らないか心配だよ」

「貴女様ならば、大丈夫です。岩長姫様がついておられます」

「……うん、そうだよね」


 来年の三月下旬、例祭にて光理と共に舞を披露する。それまでに、出来ることは全てやるのだ。岩長姫に胸を張れるように、と星南は誓う。


「さて。今日はと苦に用事はないし、宿題を進められるだけ進めようかな。……ん?」

「どうされましたか?」


 勉強机の上に置いていたスマートフォンを手に取った途端、星南が固まる。机の横にあるベッドに座っていたいろはは、器用にピョンと机に飛び乗った。

 どれどれと星南の手元を覗き込むと、彼女が何を見ているのかがわかる。ここしばらく現代で暮らす中で、いろはは文明の利器を覚えて来た。だから、開かれているものがメッセージアプリだと知っている。

 画面の上部に表示された名前を見て、いろはが首を傾げる。


「これは、佐野森様からのものですか?」

「――っ。そ、そうみたい……?」


 スマホの画面をスクロールして、陽からのメッセージを読む。そこには、終業式の日に爽子にすげなくしてしまったことを謝っておいてくれと書かれていた。更に、次の吹き出しにも文章は続く。


「……『話したいことがあるから、明日の夕方にでも会えないか?』って」

「終業式の日のことでしょうか。これは良い機会ですよ、星南様」

「い、良い機会って……」


 どくんどくん、と心臓の音が五月蝿い。顔が熱いことを自覚しながら、星南は怖いもの見たさでいろはに続きを促す。


「あの時の話で、もしかしたら佐野森様が前世の記憶をお持ちかどうかわるかもしれません!」

「あ、そっちか」

「そっち?」

「ううん、こっちの話。気にしないで」


 慌てて手を振った星南は、勢いで陽に返信を送った。「明日の夕方なら大丈夫。明日から練習だから、夜遅くならなければ」という文章を送ると、陽から時間と場所が指定された。時間は午後四時、場所は商店街のクリスマスツリーの前だ。




「ここならわかりやすいかと思ったんだ」

「うん。爽子ちゃんとよく来る場所だから、助かったよ」


 翌日午後四時。五分前に待ち合わせ場所に到着した星南は、先に来ていた陽の姿を見付けて微笑んだ。

 寒さの増すこの時間、星南も陽もコートを着て来た。マスクを指でずらし、陽の口元が僅かに緩む。


「ごめんね、待たせたよね」

「五分くらいだ、待ってない」

「そっか、ありがとう」

「……ああ」


 マスクを畳み、ケースに入れる。それから陽は、星南を近くのベンチに連れて行った。人がまばらで、静かにクリスマスツリーの光がまたたいている。

 ツリーの美しさに目を奪われかけた星南は、我に返って隣に座る陽に尋ねる。妙に緊張して、声が上ずりそうになるのを懸命に抑えた。


「それで、話って何?」

「その前に、おれから岩永に確かめたいことがあるんだけど」

「ん?」


 かくんっと星南が首を傾げると、陽が彼女の膝に置かれたトートバッグを指差す。そして、確信を持った言葉で問い掛ける。


「そこに、うさぎが入ってるよな」

「え? あー、うん。最近クレーンゲームで取ったんだけど、かわいくて持ち歩いて……」

「じゃなくて、生きてるやつ」

「――っ!?」


 思わずトートバッグの口を押さえ、星南はそろそろと陽の顔を見上げた。少し見上げたところにある彼の表情は、真剣そのものだ。

 これは、誤魔化せそうにない。星南はささやき声で「ごめんね」と言うと、真っ直ぐに陽を見つめた。


「……いつから知ってたの?」

「何かあるなと思ったのは、学校の中庭で岩永を見付けた時。少なくとも二人分の声が聞こえたのに、見に行ってみたら一人だった。あそこの入口は、おれが入ったところしかないから。抜け道があるなら別だけど」

「……」


 いろはを陽に紹介するか否か、星南は迷った。鞄の中からは、いろはがゴソゴソと動いている気配がする。

 逡巡を見せる星南に、陽は肩を竦めて笑った。


「ここまで言ってなんだけど、別に岩永を責めたいわけじゃない。誰にだって、他人に言いたくないことの一つや二つはあるもんだろ」

「そうかもしれないんだけど、その……。信じてもらえるかどうか」

「……おれが今から話そうとしていることも、人によっては夢だ妄想だと一蹴しそうな話だけどな」

「え?」


 それはどういうことか。星南が目を丸くすると、陽は「おれたちだけの秘密な」と前置きをした。


「……おれさ、最近変な夢を見るんだ。夢自体は昔から見ていたと思うけど、はっきり覚えているようになったのはごく最近。丁度、岩永がうさぎのぬいぐるみを鞄につけるようになってから」

「……」

「それが何なのかわかって、岩永に伝えないといけないと思った。けど、他の人がいるところでは話しづらかったんだ。阪西には悪いことをしたけど」

「気にしてなかったよ、爽子ちゃん。だから、大丈夫」

「そか、よかった」


 ふっと微笑んだ陽は、クリスマスツリーを見上げた。銀色を中心に虹色に輝くそれを眺めながら、ぽつりと言う。


「おれ、前世の記憶があるらしいんだ」

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