第21話 終業式

 冬休み前日、終業式。校長の話が長いのは、おそらくどの学校であっても同じだろう。各教室でのテレビ集会ということもあり、机に突っ伏して寝ている生徒もちらほらいる。先生もわかりきっているためか、注意はしない。


「せなぁ、成績どうだった!?」

「いつも通り、かな。可もなく不可もなく」

「せなのお蔭で、日本史の成績一つ上がった! ありがとうー」

「よかったね、爽子ちゃん」


 抱きついてくる爽子の頭を撫で、星南は微笑む。

 ひとしきり喜びを表現した爽子は、頬を星南にくっつけるようにして「それで?」といたずらっぽい笑みを浮かべた。


「冬休みは?」

「宿題と例祭の練習かな。あ、勿論爽子ちゃんとも遊びたいな」

「遊びたいのは私も……なんだけど、違う!」

「へ?」


 目を瞬かせる星南に、爽子はがっくりと肩を落とす。ぼそぼそと「この鈍感」と言ったが、小さ過ぎて星南には聞こえなかった。


「爽子ちゃん?」

「ここじゃなんだし、後で話そ」

「え? ……うん」


 教室は騒がしく、静かになる様子はない。成績表を貰えば、後は軽くホームルームをしたら今期は終了だ。

 先生の「全員無事に元気で来なさいね」という言葉が締め、それぞれが帰路につく。

 爽子は部活の顧問から呼ばれたということで、少し待っていて欲しいと頼まれていた。星南は席に座ったまま、ふと気になって隣の席の陽に声をかけた。陽はもう帰ろうということで、椅子から立ち上がっている。


「佐野森くん、またね」

「ああ。……なあ、聞いても良いか?」


 不意に真剣な顔をする陽に気圧され、星南は頷いた。


「う、うん」

「変なことを聞くけど、ごめんな」

「ん? うん」


 何を謝られたのかわからないまま、陽の次の言葉を待つ。立ちかけた陽は、また椅子に腰かけて真っ直ぐに星南を見つめた。その眼差しに、星南の胸の奥がざわつく。


「岩永、お前って……」

「お待たせ! せ……な?」


 ガラリと勢い良く教室のドアを開けたのは、職員室に行っていた爽子だ。彼女は元気良く星南の名を呼び、すぐに自分が出るタイミングがすこぶる悪かったことに気付いてしまった。しかし、まずいと思った時には既に遅い。


「阪西が来たなら、おれも帰る。またな、岩永」

「え? あ、うん。またね」

「あ、待ってよ佐野森くん!」


 すれ違った陽を引き留めようと彼のシャツを掴んだ爽子だったが、低い声で「離せ」とすごまれてすぐに離してしまった。早足で行ってしまう陽を見送り、爽子はその場にしゃがみ込む。


「やっちゃった……。ごめんね、せな。折角佐野森くんと二人っきりだったのに」

「え、あ……き、気にしないで! それより、一緒に帰るんでしょ」


 通学鞄を持ち、星南は爽子の背中をぐいぐい押して学校の外に出た。終業式ということで部活はなく、門の周辺には生徒たちが各々集まっている。その中をすり抜け、星南と爽子は帰路につく。


(そういえば、一体何を言いかけたんだろう?)


 陽の表情は真剣そのものだった。ただ真剣なだけではなく、困惑と不安もちらつくような顔で。あのまま爽子が来ることなく話していたとしたら、一体何を自分は知ったのだろう。


「ねぇ、せな」

「……」

「せなってば!」

「え? あ、ごめんっ」


 星南が顔を上げると、爽子が目の前に立ちはだかっていた。考えに落ちていたことに気付かなかった星南は、申し訳なくなって俯く。


「冬休み前最後なのに、ごめん。考え事してた」

「そんなことだろうと思ったよ。考えてたこと、当ててあげるよ」

「え?」

「佐野森くんのことでしょ? 私も邪魔しちゃったから。せな相手じゃなかったら、あれだけ塩対応だもんね」


 ふふっと笑う爽子は、怒ってはいない。反対に、親友に春が来たようだとウズウズしているくらいだ。


「ねね、佐野森くんと何かあったら絶対に教えてね? あと、冬休みも絶対遊ぼう!」

「さ、佐野森くんとは何もないと思うけど……あったら、ね。わたしも爽子ちゃんと遊びたい!」

「うん! じゃあ、また連絡する!」


 分かれ道で爽子を見送り、星南は自分の帰り道へと歩き出す。丁度周囲に人の気配はなく、鞄につけていたいろはの耳がピクピクと動いた。


「星南様」

「いろは。まだ家じゃないから……」

「周囲に人はいませんから、大丈夫ですよ」


 そう言って、いろははうさぎの姿に戻る。鞄の中に入り、顔を出した。


「星南様、佐野森様のお話気になりませんか?」

「気にはなる。なるけど……改めてわたしから『さっきの話なに?』って聞くのもなぁって思っちゃってるんだよね」

「ご自身でお話しに来て下さると良いのですけれどね……。ボクも気になりますし」

「いろはも?」


 少し驚いて、星南はいろはをまじまじと見つめた。いろはも彼女を見返し、頷く。


「はい。少し、以前の彼に似た気配を感じるので」

「比古って人だよね。……わたしも、思い出せるのかな」


 記憶をひっくり返しても、思い出すのは幼稚園での出来事が最も古いだろうか。それも途切れ途切れで、前世の記憶はない。

 いろはに言わせれば、ないのではなくなのたが。


「……もしかしたら、例祭の中で思い出すことはあるかもしれませんね」

「だと良いな。いろはが色々教えてくれるけど、わたし自身は未だに前世があったって信じ切れないところがあるから。……ちゃんと、貴女を大事に思ってるよって岩長姫に対して思いたい」


 まだまだ前世は物語の出来事だ。それが己のことだと理解するには、思い出すしかないと思われる。

 星南の決意に、いろはは耳をそよがせた。


「そう思って頂けるなら、姫様もきっと喜ばれます」

「うん。まずは、例祭で披露する舞の練習をしないとね。頑張らなきゃ」


 そう笑って、星南は家路を急いだ。

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