第4章 自覚する想い
転校生
第29話 アルト
冬休みが終わり、短い三学期が始まった。
寒々しい冬空の下、教室では担任教師がアルトを転校生として生徒たちに紹介している。
「柳アルトくん。お母様が日本人で、本人も小学校に上る前まで日本にいたそうです。席は……佐野森くんの隣ね」
「えっ」
「よろしく、ハル」
ニコニコと微笑むアルトに、陽は微妙な顔をして頷く。それを挨拶と受け取ったアルトは、教師に促されて席へと座る。
「柳くん、学校のことでわからないこととかない?」
「私、案内してあげるよー」
「ねね、好きな食べ物って何?」
昼休み、当然の如くアルトの席の周りには女子生徒が集まった。同じクラスのみならず、廊下を見れば他のクラスや学年からも野次馬がわんさかとやって来た。
「……悪い、避難させてくれ」
「だよね」
アルトの席は教室の最後列だ。星南は教室から出るタイミングを逸して、黒板の下に置かれている木の台に腰掛けている。台は黒板の長さ分あり、彼女の隣に陽がげんなりとした顔で座った。
星南は弁当を食べながら、自分の席のある後方を眺めて肩を竦める。転校生、しかもイケメンの登場となれば、こうなることは簡単に予想出来た。
「昼休み終わったら、席に戻れるかな?」
「戻れるだろ。ってか、授業始まったら流石に全員散ると思うがな」
「佐野森くん、言い方……」
心底呆れたという顔の陽に同情しつつ、星南は女子の輪に入っている爽子を捜す。人だかりでよくわからないが、彼女はアルトを救うためにあの中にいるはずだ。
「爽子ちゃん、大丈夫かな」
「あのパワフルさがあれば大丈夫だろ。……あ、ほら」
陽が指差す先で、爽子が「やっとたどり着いた!」と叫ぶのが聞こえた。
「ソウコ、どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ、アルト……。昔からモテモテだけど。ご飯食べた?」
「そういえば、まだだった。ソウコ、売店が何処にあるか教えてくれる?」
「いいけど、お弁当持って来てるかと思ったよ」
「まだ家が段ボールだらけでね、弁当箱が見付からないんだ」
くすくす笑うアルトに呆れつつ、爽子は彼を席から立たせた。そして、ざわつく女子たちの間を通って行く。
「ごめん、通してね」
「さ、阪西さんって、柳くんとどういう関係なの……?」
突然現れた爽子にアルトが連れて行かれる様を見て、集まっていた女子生徒の一人が疑問を口にする。悔しげに恨みがましい視線が四方八方から突き刺さる中、爽子はケロッと応じた。
「私? 昔、隣に住んでてよく遊んだ幼馴染」
「あ……そう、なんだ」
それは、誰にも崩せない関係性だ。問いかけた女子生徒は口をつぐみ、しかし爽子への敵対意識を全面に押し出した視線は強い。
敵陣とも言うべき女子の輪を抜け、爽子はアルトの手首を掴んでずんずんと進んで行く。ようやくアルトの姿を見た廊下の女子からは悲鳴が上がり、アルトがそれに手を振るものだから黄色い悲鳴に濁音が混ざる。
「全く……」
「ほら、ソウコ。道案内よろしく」
「はいはい」
爽子は呆れながら、アルトと共に教室を出た。二人が消え、教室や廊下の女子たちも散らばり始める。
その様を眺めつつ、弁当を食べ終わった星南のスマートフォンが震えた。休み時間は、スマートフォンを操作することが許されている。
一体誰からだろうか。そう思って画面をタップすると、先程教室からいなくなった阪西爽子からだ。
『せな、売店でお昼買ったら中庭に集合! 佐野森くんも連れて来てね!』
「え……」
「どうかし……おれもかよ」
はぁ、と思い切り息をつく。心の底から嫌そうにする陽だが、星南に「ごめんね」と言われ、小さく首を横に振った。
「いいよ、気にしてない。阪西が悪い奴じゃないって言うのは知ってるつもりだし、柳は……ちょっと胡散臭いけど、まあどうせ絡まれるしな」
「爽子ちゃん、すっきりした性格してるから。……一緒に行ってくれる?」
「さっさと行こう。じゃないと、昼休みが終わる」
クラスメイトに聞こえないよう、陽は少し声のボリュームを落としている。星南もそれに従い、そっと教室を出た。アルトが教室にいないことでいつもの騒々しさを取り戻していたために、二人が消えたことを指摘する声は聞こえなかった。
星南と陽が中庭に行くと、以前星南が入り込んだ小さなスペースにいる爽子が二人に気付いて手を振る。
「せな!」
「爽子ちゃん」
二人は手招きに応じて木々に囲まれた区画に入ると、アルトがベンチに腰掛けて微笑んでいる。彼の手元には、売店で買ってきたと思われるものの入ったビニール袋があった。
「セナ、ハル」
「柳くん、大丈夫? お昼ご飯、買えた?」
「買えたよ。セナ、心配してくれてありがとう。横に座るかい?」
「え? あ、いいよ」
深く考えず、星南はアルトの隣に腰掛けようとした。しかしその時、ふと左手首に重さを感じる。振り返ると、陽が自分の手首を掴んでいた。
「佐野森くん?」
「え? あ……ごめん、無意識だった」
「ううん、大丈夫」
陽自身も、どうして自分が星南の手首を掴んだかわかっていないらしい。すぐに離してくれたため、星南は気にしなかった。
何となくどや顔をしているアルトを不思議に思いながらも、星南は彼の隣に腰を下ろす。爽子と陽は直角に置かれた別のベンチに座り、アルトが袋から取り出すものを見ていた。
「昼休み始まってから少し時間経っちゃったからね、あんまり残ってなかったんだけど」
「それでも、食べられないより良いよ。これを買ってきたんだ。焼きそばパンとあんぱん」
にこにことアルトが取り出したのは、学生向けにたっぷりと具の入ったパン二つ。爽子も昼食を食べていないということで、二人がそれぞれに食事を始める。星南と陽は教室で食べて来ていたため、話し相手だ。
ミートボールを二つ立て続けに食べた爽子が、アルトに目を向ける。
「そういえば、アルトはずっとこっちにいられるの?」
「しばらくはいると思うよ。父の転勤で帰って来たから、それ次第かな」
「そうなんだね。しばらくは転校生って珍しいからあんな感じかもしれないけど、見慣れればみんな飽きると思う。落ち着くまで、私もせなも助けるから。あ、勿論佐野森くんもね」
「おれもか」
「わたし、頼りにはならないと思うけど……」
名指しされた陽は顔をしかめながらも、否定はしない。星南は頼られること自体は嬉しいことだが、アルトの役に立つかどうかは不安があった。それを口にすると、アルトは焼きそばパンを食べ終わった手をハンカチで拭き、そっと星南の手を取る。
「頼りにならないなんて、そんなことはないよ」
「柳くん?」
「俺のこと、アルトって名前で呼んでよ。ソウコみたいに」
「えと……アルトくん?」
「うん! あと、これから仲良くしてくれると嬉しいな。もっと仲良くなれたらって思うんだ。……どうかな?」
「わたしも、仲良くなれたら嬉しい。けど……ちょっと近いかな」
ベンチで隣り合っていることもあり、もともと物理的な距離は近い。それに加え、アルトは他人との距離感が少々バグってるようだ。星南が指摘すると、アルトは「ごめん」と言って距離を取る。
「早急に距離を詰め過ぎたね、ごめん。……もう少し時間をかけるよ」
「え? あ、ううん。気にしないでね」
ごめんの後、アルトが何を言ったのか星南には聞こえなかった。何と言ったのか聞こうかと思ったが、深追いすべきでないかと思い直して話題を転じる。
同じ時、爽子はニヤニヤと口元を緩めながら隣をちらりと盗み見た。すると無意識なのか、陽が膝の上で拳をきつく握り締めている。眉間にしわが寄っているが、本人にはそうしている意識はないのかもしれない。
(ふふ、面白くなってきたなぁ)
親友の周りで巻き起ころうとしている嵐を思い、爽子はわくわくしていた。
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