第28話 金髪碧眼の少年

 人混みをかき分けながら、折角着付けてもらった着物を崩さないよう急ぐのは至難の業だ。星南はなんとか人の少ないところを選んで進み、爽子たちが待っている鳥居の前まで歩いて行く。


「あっ」

「来たね、せな!」

「よう」

「爽子ちゃん、佐野森くん」


 石造りの鳥居の前にいたのは、爽子と陽だ。爽子はクリーム色のような淡い色を基調とし、鮮やかなまりや組紐が描かれた着物姿でいる。陽は防寒のために黒いコートを羽織り、黒いマスクをしているため、中に何を着ているかはわからない。

 そして、先程星南を助けてくれた金髪の少年が爽子の隣に立っていた。


「貴方は……」

「さっきも会ったね、セナ」


 目を丸くした星南とは違い、少年はニコニコと手を振る。何となくつられて手を振り返した星南に、爽子がくっついて来る。


「なになに? アルトとせなはもう知り合い?」

「アルト?」

やなぎアルト。昔私の家の近所に住んでて、仲良くしてたの。それから外国に移り住んで……年明けからうちの高校に転校してくるんだよ」


 爽子の紹介に頷き、アルトはふわりと微笑んだ。星南に右手を差し出し、握手を求める。


「改めてよろしく、セナ」

「あ、うん。よろしく、柳くん」


 戸惑いつつ、星南は握手に応じた。体温が高いのか、アルトの手は冷えた星南の手を温めてくれる。


「……」


 その様子を、何となく面白くなさそうに見る陽の姿がある。しかし、星南も爽子も気付かない。

 全員揃ったということで、爽子が他の三人を先導する。早速お参りに行こうという話になった。


「きっと凄く人が多いだろうけど、それが目的だしね。挨拶済ませたら、屋台も見に行こう!」

「賛成。……というか、こんなにたくさん初詣に来てるとは思わなかった」


 星南の感想通り、境内は何処も人だらけだ。普段の落ち着いた雰囲気しか知らない彼女にとって、この状況は驚きでしかない。

 陽も同じらしく、若干顔をしかめながら「そうだな」と呟く。


「普段は人混みを避けてるから……。ちょっと想像以上だ」

「うん。でも、ちょっとわくわくしてる」

「そうか」


 先へ行く爽子とアルトを追いながら、星南と陽は並んで歩いていた。参道左右には様々な食べ物やゲーム、小売の屋台が並ぶ。そのどれもに、老若男女問わずに人々が集まっていた。

 お面、ヨーヨー釣り、フランクフルト、焼きそば、射的、輪投げ。進む度に新たな店が顔を出し、星南はきょろきょろと視線を彷徨わせる。そして、お約束のように前から来た大柄な男性にぶつかった。


「あっ」

「岩永っ」

「――チッ」


 男の舌打ちが聞こえたが、星南の意識の中から弾き出された。ぶつかり、弾かれ体が後ろに傾いてそのまま倒れるかと思った時、陽が咄嗟に星南の腕を掴んで引き戻したのだ。少々陽の引く力が強く、星南は彼の胸に飛び込んでしまった。ぽすんという音と共に体は陽に抱き留められて、一瞬何が起こったのか星南は理解出来ない。

 徐々に事態を把握すると、熱が顔まで上がって来た。星南は大慌てで陽から離れると、真っ赤な顔のままで陽に向き直る。


「ご、ごめんなさい! 助けてくれてありがとうっ」

「あ、ああ……」


 陽は咄嗟に伸ばした手が引き起こした出来事に混乱し、返事をすることしか出来ない。引っ張って転ぶことを防ぐことが出来ればそれでよかったのに、焦って強く引き過ぎて彼女を抱き留めてしまった。偶然にも触れてしまった星南の柔らかさと細さの感覚が残り、陽は赤面して星南を直視出来ない。

 しかし二人の不思議な雰囲気は、突然現れた金髪の少年アルトによって壊される。


「ほら、行こうセナ」

「え? あ、待って下さい!」


 アルトは星南の手を掴んで引き、爽子の待つ拝殿へ向かう列へと歩いて行く。星南は戸惑いながら、陽のことを振り返る。陽は唖然とした顔をしていたが、軽く息をついて頭を掻きながら歩き始めた。


「……何だ。もっと反応するかと思ったのにな」

「どうしたの、アルト?」

「何でもないよ、爽子」

「そう?」


 爽子が首を傾げると、アルトは星南の手を掴んだままで彼女の横に並ぶ。陽も後からやって来て、三人の後ろに立った。


(……なんか、気まずいな)


 星南はアルトの手を振り払うわけにもいかず、非常に困った。アルトの手の力は可もなく不可もなく、痛みのない程度に加減されている。これがもし痛ければ、それを理由に離してもらうことも出来たのに。


「どうかした? セナ」

「いや……あの、柳くん。手を離してもらっても良いですか……?」

「ん、わかった」


 思いの外あっさりと、アルトは星南の手を離した。無意識にほっとした星南は、今度は爽子に腕を取られて前へ進む。


「ほら、せな! 進もう進もう」

「ちょっ、引っ張らないでってば」


 ずんずんと進んで行く爽子と彼女に引っ張られて行く星南を何となく眺めていた陽は、ふと視線を感じて振り返る。そこには、ニコニコと微笑むアルトがいた。


「……何だよ?」

「いや? きみが手をこまねいているのが、何とも可笑しくてね」

「どういう意味だ」

「もたもたしてると、新参者に奪われちゃうよ?」

「……」


 こいつは何を言っているのか。確証のある判断が出来ず、陽は怪訝な顔をする。それが可笑しかったのか、アルトはまたフフッと笑った。


「お前……」

「アルト、佐野森くん。置いて行くよー?」

「ああ。ごめんね、ソウコ。すぐに行くよ」


 アルトは爽子に向かって手を振ると、陽には何も言わずに歩き出す。陽も返答を期待していたわけではなかったため、そのまま彼の後を追うように歩き始めた。


「……何か、雰囲気が」

「どうかしたの、せな?」


 こちらへやって来る男子二人の表情があまりにも違い、星南はぽつりと呟く。それを拾った爽子は、わずかに言葉に笑いが籠もっていた。


「爽子ちゃん?」

「せなは気付かないよね〜そっかぁ」

「え? 何? 何なの!?」

「ナイショ」


 くすくすと笑う爽子は、その後も星南の疑問には答えてくれなかった。

 そのまま陽たちと合流した星南は初詣を終え、昼過ぎに帰宅した。


「あ、佐野森くんと夢のこと話せなかったな」


 陽との約束が果たせていないと気づいたのは、帰宅してすぐのことだった。

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