第27話 華やかな着物
そして、年末の大掃除や年越し蕎麦を経て新たな年を迎えた。
一足先に家を出た光理の後、三十分を数えてから前星南も家を出る。祖母にそれくらいに来なさいと言われたのだ。
祖母の家までは徒歩十分。星南は逸る気持ちを抑えながら、わずかに早足で目的地へと急ぐ。そのためか、思っていたよりも数分早く着いてしまった。
「お邪魔します。おばあちゃん、星南です」
「おお、来たね。星南、こっちに来て待っておいで」
「わかった」
祖母の声が聞こえてきたのは、居間の方からだ。そちらへ向かいながら、古い家独自の懐かしい匂いを感じる。
「……し、これ……」
「だい……、あ……。おばあちゃん」
光理の声も聞こえてくる。星南が顔を出すと、丁度光理の髪を祖母が結わえているところだった。
「あ、お姉ちゃん」
「光理、すっごく綺麗! 似合ってる」
「……当然でしょ」
ぱっと輝くような美しさを目の前にして、星南は思ったことをそのまま口にした。
光理は素直な称賛を受け、一瞬虚を突かれた顔をした。しかしすぐにいつもの銚子を取り戻し、自信ありげに微笑む。
光理の着物は、彼女の一番好きな色であるピンク色を貴重とした華やかなものだ。小さめの花が群れになって流れ落ちるようなデザインで、まるで滝のように見える。
孫の髪を結い終えた祖母は、よしと言って微笑む。早咲きの桜を飾り付けたような
「これで、よし。さあ、行ってらっしゃい」
「ありがとう、おばあちゃん。行ってきます。お姉ちゃん、お先に」
「うん、楽しんできて」
光理を見送り、星南は背後で「さてと」という祖母の声を聞いて振り返った。
「次は、あんただね」
「おばあちゃん、よろしくお願いします」
「任せなさい」
ふっふと笑った星南の祖母は、孫を真っ直ぐ立たせる。そして、畳んで箱に仕舞ってあった一着の着物を広げた。
「光理は桃色、星南はこれが似合うかなと思って出して来たの」
「わぁっ」
星南の目の前に広げられたのは、紺色の生地に大ぶりの桜や梅といった花々が花開く柄の着物だ。花は主に袖や裾にかたまっており、全体としては比較的落ち着いた印象がある。しかし華やかさと可愛らしさは失われず、夜闇にふわりと浮かぶ花園のようだ。
「凄くかわいい。だけど、わたしに似合うかな。光理みたいにかわいくないから……」
「光理も星南も、私にとって可愛い孫よ。それに、ただ可愛いという理由でそれぞれの着物を選んでいるわけじゃないんだから」
「おばあちゃん……」
祖母は柔らかく笑って星南の体に合うように着物を着せていく。その手際は見事なもので、するすると大きな着物が星南の体に合わせて姿を変えていく。
「出来ましたよ。さあ、こっちに座って頂戴」
「あ、はい」
最後に淡い水色をした無地の帯を締め、祖母は星南を呼ぶ。星南は着物を着た自分に対する感想を持つ前に、慌てて指定された椅子に腰掛けた。
「初詣でしょう? 折角の新春の行事だから、可愛くしていきなさい」
「かわいい、と良いんだけど」
星南は微苦笑を浮かべ、呟いた。
彼女にとって、容姿はコンプレックスに近い意味を持つ。妹が美少女であることもあり、以前から妹と比べられてきた。何処にでもいそうな平々凡々な顔の星南は、今まで自分を可愛いと思ったことがない。何かにつけて、妹よりも劣っているという意識の強いのだ。
「……さあ、髪留めはどれが良いかねぇ」
祖母はあえて何も言わず、星南の前に幾つかの髪留めを広げた。華やかな無名の花が、濃淡様々に星南の前で選ばれることを待っている。
しばし見つめていた星南は、白を基調とした髪留めを選んだ。それを祖母につけてもらうと、いつもとは少し違う自分になれたような気がする。
「さあ、行ってらっしゃい」
「ありがとう、おばあちゃん。……行ってきます」
祖母に見送られ、星南はいろはの入った巾着型の鞄を持って待ち合わせ場所へと向かう。
爽子が待ち合わせ場所に指定したのは、なんと星南の父が勤める神社だった。町内に幾つか神社はあるにもかかわらず、爽子はここを選んだ。
「だって、せなと御縁がある神様だもんね。私もご挨拶したくて」
「どういう立場なの」
爽子の動機に呆れながらも、星南は友だちの気持ちが嬉しかった。同時に、神社についてもっと知りたいという気持ちも膨らむ。岩長姫の生まれ変わりだというのならば、己の前世を祀った神社のことは知るべきだろう。
そんなことを考えながら、星南は神社への道を急ぐ。舞の練習で神社へ行くため道はわかるが、初詣期間ということもあり、人通りが多い。
祖母に借りた草履で歩きつつ、星南は爽子や陽の姿を探す。二人共もう神社に着いているというメッセージが、数分前に届いていた。
「急がないと」
舞の練習で履くとはいえ、まだ草履には慣れない。慌てていた星南は、偶然空いていた道の穴に引っかかってしまった。コンクリートが一部割れ、中が見えていたらしい。
「あっ」
転ぶ未来が見えた気がして、星南はぎゅっと目を閉じる。しかし覚悟していた痛みはなく、何かに体が受け止められていた。
「ギリギリセーフ」
「……?」
聞き慣れない声が耳元で聞こえ、星南はそろそろと
「え……?」
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「あ、ありがとうございます」
思いの外流暢な日本語に戸惑いつつ、彼の手を借りて星南は立ち上がった。立って見ると、少年の背丈は星南の頭一つ分高い。見れば、紺色の線の入った着物を着こなしていて、道行く女性たちが振り返る。
「怪我なくてよかった。じゃあ、俺は待ち合わせしてるから!」
「あっ、ありがとうございました!」
颯爽と駆けて行く金髪の少年をぼうっと見送った星南は、ようやく自分も人を待たせていることに気付くのだった。
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