第26話 新年の挨拶へ
大晦日の朝、星南のスマートフォンがメッセージの到着を告げた。丁度最後の宿題を終えた星南は、何事かと画面をタップする。
「……爽子ちゃんだ」
「お友だちからですか?」
「そう。えーっと……」
爽子からのメッセージは一文だ。曰く、初詣に行こうという。
一文で終わるかと思ったが、その後からピコンピコンとメッセージが送信されてくる。一月一日の朝、何人か誘っているから星南にも来て欲しいというのだ。
「『藤高くんに声かけたら、光理ちゃんと二人で行きたいからって断られた』……って、それはわたしに報告しなくても良いよ」
昨日から、光理は少しそわそわとしている。近くに住む祖母の家に行き、着物の着付け方を教わりに行っていた。何かあるのかと問えば、少し顔を赤らめて「何でもない」と言って部屋に行ってしまう。だから、鷹良とデートなのだろうと察していた。
妹の素直でないところを思い出し、星南はふっと笑う。続きを読んで、指を止めた。
「『佐野森くんを誘ったら、せなが一緒なら良いって言ってくれた。』……え」
文字はまだ続いている。しかし星南は、その一文以降の文章が頭に入ってこなくなった。初詣に陽が来る。その事実が、彼女を平静でいられなくする。
「ど、どうしよう!?」
「比古殿の……行ってこられたら良いのではないですか? 断る必要などないでしょう?」
「で、でもっ。佐野森くんと会ったのはイブ以来で」
「休み中にまた会う約束もしていたではないですか。あちらも、星南様が一緒ならと言っているのでしょう? でしたら、爽子様を一人にしないためにも了承しては?」
「……そ、そうだよね。よし」
星南が爽子に「行く」と返信を打つのとほぼ同時に、もう一度ピロンッと通知音が鳴った。誰からかと見れば、陽からのメッセージだ。送信者を見て、星南は一瞬息が詰まる。
「さ、佐野森くん!?」
「おや、比古殿の。噂をすればですね」
「な、なんだろう……」
スマートフォンを取り落としそうになりながら、星南はメッセージを確認する。すると、画面には陽の淡白な文章が並んでいた。
『阪西に初詣に誘われたんだけど、岩永は行くのか? お前が行くのなら、同行する』
「えっと……『行くって連絡したよ。当日はよろしくお願いします。』で良いかな」
「よかったですね、星南様」
星南の頬が緩んでいる。彼女自身は気付いていないが、陽からのメッセージを読んでいる時、星南は嬉しそうだ。いろはは岩長姫の姿を重ねながら、星南が笑顔であるために彼の協力は不可欠だと思っていた。
(それに、星南様はご自分で気付いていないだけで……皆までは言うまい)
いろはの目の前では、爽子たちと待ち合わせ時間と場所を決めている星南の姿がある。どうやら爽子に着物を着て来ることを約束させられたらしく、どうするか悩んでいるようだ。
「光理と一緒におばあちゃんに習うしかないよね。でも、浴衣なら兎も角着物なんて持ってたかなぁ……?」
星南は早速祖母に電話をし、光理のように着物の着方を教えて欲しいと頼み込んだ。祖母は二つ返事で了承してくれ、なんと当日も着付を手伝ってくれると言ってくれた。更に、若い女性用の着物を幾つか所持しているからと電話口で笑う。
「本当に!? ありがとう、助かります。……うん、じゃあ明後日」
通話を切り、ほっと息をつく。それから星南は、ようやく爽子からのメッセージの一部を読まずに放置していることに気付いた。画面をスクロールして、該当箇所を読み直す。
「……『そうそう、もう一人誘ってるんだけど、新学期から私たちの学校に転校して来る子を一人紹介するね』って。え、転校生?」
何故転校生を爽子が事前に知っているのか。その子を誘っているということは、以前からの知り合いなのか。疑問は尽きず、星南はその転校生について爽子に尋ねることにした。
長文を打つ星南を不思議に思ったのか、いろはがちょこちょこと歩いて来て傍に座る。
「どうかなさいましたか?」
「爽子ちゃんが、今度わたしたちの高校に転校して来る子を初詣に連れて来るってメッセージをくれたの。全く情報なしで初詣で会うのは少しハードルが高いから、爽子ちゃんにどんな人なのか聞こうと思って」
「そうでしたか。冬休み明けの学校で詳しいことは聞けるでしょうが、学校が再開する前に会えるのですね。……爽子様のお友だちでしょうか」
「どうなんだろう? ……あ、返信だ」
爽子からのメッセージの画面を開くと、そこには爽子からの転校生に関する情報が簡単に書かれていた。
「爽子ちゃんによれば、男の子で爽子ちゃんの親戚なんだって。……仲良くなれるかな」
「会ってみなければわかりませんが、良い方だといいですね」
「うん」
星南は爽子宛てに、了解の旨を伝えるメッセージを送り返した。そして、いろはを抱き上げた。
「いろは、自主練して来るから、お留守番よろしくね」
「わかりました。行ってらっしゃいませ」
自主練とは、例祭で披露する舞の自主練だ。一週間に一度しか本格的な舞の指導は受けられないため、自分で繰り返し練習しておく必要がある。
星南はいろはをベッドの上に座らせ、部屋を出て行った。
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