冬休みから始まる
第25話 神様の願い事
例祭の練習の一回目を終え、次は年始ということになっている。クリスマスが過ぎると、町は一気に年末年始へと向かう。
「……」
カリカリカリ、とシャーペンがノートを走る。星南は一人、机に向かって宿題をしていた。ここ数日、筋肉痛と抜けない疲労感で思うように動けなかった。三日目になってようやく体が動くようになり、これまでの遅れを取り戻すために勉強している。
光理はといえば、流石運動部所属だ。二日目にはキビキビと動けるようになり、部活の練習へと行ってしまった。今日も部活で、明日が年内最後らしい。
「星南様、休憩しませんか?」
「……あ、集中してた。ありがとう、いろは」
「いいえ」
部屋のお菓子箱から個包装のクッキーを二枚持って来たいろはを撫で、小休憩を取ることにする。勉強机を離れ、クッションに座って背中をベッドに預けた。
「……あ、おいしい。この新商品」
「本当ですね。抹茶の苦みが良い味です」
「人と同じもの食べても良いのかって思ってたけど、全く問題ないね。むしろ、美味しそうに食べてくれるし」
小さな前足でクッキーを支え、いろはは小さな口の歯で削りながら食べている。口にクッキーを詰め込んで食べる姿は何とも愛らしい。
最初、食べ物として何を渡せば良いのかわからずうさぎの飼い方を調べた。しかしいろは自身から「星南様と同じものを」と言われてから、星南は深く考えることを止めたことにしている。
ポリポリと食べるいろはを眺めつつ、星南はふと言わなければならないことがあると思い出す。ねえ、といろはに話しかけた。
「どうしましたか?」
「舞の練習の日、夢を見たって話はしたよね」
「はい。岩長姫様の記憶を取り戻された、というあのお話ですね」
「そう」
いろはの返答に、星南は頷く。
あの日、目覚まし時計通りに目覚めたいろはは、星南が静かに涙を流しているのを見付けてぎょっとしていた。慌てて何処か痛いのか気分が悪いかと矢継ぎ早に問ういろはに、星南は「違う」と首を横に振った。
「あの時、岩長姫の想いも一緒に流れ込んで来た。幸せだけど切なくて……多くを望んではいけないけれど望みたくて。だから、舞を通してもっと岩長姫の想いに触れたいって思った」
「そうでしたね。ボクは、密かに星南様が夢に見た光景をこの目で見たことを思い出しました。あの時の岩長姫様は、切なくと幸せそうでした」
「うん。岩長姫は、いろはたちには気付かなかったんだ。比古さんに見られたことに気を取られてね。姫にとって、凄く大切な記憶の一つなんだ」
だから、と星南は微笑む。
「岩長姫が……過去のわたしがやりたくても立場上出来なかったことをやっていけるように頑張る」
「星南様は星南様で、岩長姫様ではありませんから……貴女自身が幸せを感じられるようにすればいいんですよ?」
「そうかもしれないけど。……でも、やっぱり悲しい思いをした人をそのままにしておくことは出来ないよ」
一説には、祀られる神はその神が生前叶えられなかった願いを叶えてくれるという。恋人やパートナーと別れさせられた神は恋愛運を。早世した神は健康運を。家族を失った神は家内安全を。
本当かは定かでないが、星南はこの考え方を信じていた。自分の叶えられなかった願いを叶えようとしてくれる神様は、きっととても優しい神様だと思うから。
「岩長姫が好きな人と結ばれたかったのに出来なかったのなら、わたしが幸せな恋をしたら良いんだよね。おこがましいかもしれないけど……これならわたしも嬉しいし、岩長姫の願いを叶えることに繋がらないかな?」
「そういうことならば、否を唱える必要などありません。ボクにも出来ることがあったら、協力します」
「うん、ありがとう」
安堵の笑みを浮かべた星南は、気合を入れるために両手を握り締める。
「そうと決まったら、新学期から恋探しだね!」
「……? 星南様は今、想う方などおられないんですか?」
「わたし? わたしは……」
いろはに問われ、ふと星南の頭に浮かぶのは一人のクラスメイト。隣の席にいて、何故か自分にだけ挨拶をしてくれる男の子。
(もしも、佐野森くんと……?)
恋人らしいことが何かはわからない。しかし、マンガやアニメの知識だけで想像を膨らませてしまい、星南はすぐにキャパオーバーを起こした。バキッと大きくクッキーを噛んでしまい、細かい欠片がぼろぼろと落ちる。大きな欠片がかろうじて手で受け止めたが、それで恥ずかしさが軽減されるわけではない。
「や……やっぱなし! 何か恥ずかしいから勉強に戻るね」
「おやおや」
「い、いろはもそんな顔しない!」
さっと欠片を集めて捨て、星南は真っ赤な顔のままで勉強机に向かう。いろはが自分を見ていることはわかっていたが、考えることを頭が拒否している。顔の熱を冷ます方法はわからないが、とりあえず目の前の問に集中した。
その日は妙に勉強がはかどり、冬休みの宿題の大半を終えることが出来た。終えた宿題を通学鞄に入れながら、星南は考えを飛ばすために首を何度か振ってみる。ようやく想像が薄らぎ、胸に手を当ててほっと息をついた。
「佐野森くんは、前世を思い出したところなんだから。これ以上、迷惑かけたらだめだ」
星南はそう決意して、力強く鞄のファスナーを締めた。
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