第30話 やっかみを受けて
アルトが転校してきてから数日経つが、彼の人気は落ち着かない。最初の転校生という物珍しさはなくなったものの、彼の整った容姿と女性をないがしろにしない態度のために人気には拍車がかかっていた。
同時に、アルトと一緒にいることの多い星南や爽子へのやっかみも増えていく。陽も他の男子よりは多かったが、同性ということもあってそれほど話題にはならなかった。
「何で、あんたみたいな地味な奴が、柳くんと仲良しなわけ?」
「そうよ。全然釣り合わないじゃん」
ある昼休みのこと。部活の集まりに行く爽子を見送り、一人で中庭にいた星南は突然数人の女子生徒に囲まれた。それから、この悪口の雨である。
彼女らの心無い言葉が星南の気持ちをえぐり、傷付ける。友人の友人で、仲良くしたいからしている、それだけなのに。
(この子たち、爽子ちゃんにはいかないんだよね。言いやすい方を選んでるっていうことか)
我がことながら、呆れるしかない。大人しくしていたことが、こんな時に仇となるとは。
ため息をつきたい気持ちをぐっと堪え、星南は目の前の女子たちが飽きるのを待っていた。
しかし、その無の感情が女子たちにバレたらしい。
「っ、生意気なのよ!」
「――っ!」
拳を振り挙げられ、星南は思わず目を瞑る。衝撃がいつ来ても良いように身構えたが、何かに引っ張られて咄嗟に瞼を上げた。
そして、自分の腕を引いたのが陽だと知る。
「佐野森くん!?」
「な、何でこんなところに!?」
「……ああ?」
女子たちを一睨みで黙らせ、陽は無言で星南の手を引く。手を繋いだまま、中庭を突っ切って靴箱のある校舎の裏まで来て立ち止まった。この辺りは人通りがほとんどなく、隠れるには丁度良い。
「……はぁ、びびった」
「あ、あの……助けてくれてありがとう」
大きく息を吐いた陽の背中に、星南は小さな声で礼を言った。少し声が震えたのは、今更怖かったと自覚したからか。
陽は振り返ると、震える星南の肩を「
「お前、ああいうの初めてか?」
「直接は初めて、かな。何度も視線とか、悪口言ってるなっていうのは感じたことあったけど」
「……全部から遠ざけるのは難しいか」
「佐野森くん?」
ぼそりと呟かれた言葉は、星南の耳には届かない。陽は軽く首を横に振ると、真っ直ぐに星南を見つめた。それは、星南の心臓が早鐘を打つ程には真剣で、真摯なものだ。
沈黙に耐えられず、星南はぎゅっと両手を胸の前で握り締めた。
「あのっ……」
「少しでも嫌なこととか悲しいことがあったら、おれに言ってくれ。辛くなったら、いつでも呼び出せ。それで何かあるわけじゃないけど……支えにはなれるんじゃないかって……思っただけだから」
「佐野森くん……ありがとう。すっごく嬉しい」
ふわりと花が咲くように、星南は微笑んだ。冷えそうになった心に、陽の言葉が染み込んで溶けていく。
「ん」
ぽん、と陽の手が星南の頭に乗った。そのまま優しく髪を梳くように撫でられ、星南はされるがままになる。そしていつの間にか、ポロポロと涙が溢れ始めていた。
泣いていることに先に気付いたのは、星南本人ではなく陽だった。
「お、おい。何で泣いて……」
「え? あ、あれ? おかしいな……」
「……」
「悲しいのは、もう大丈夫なんだよ? 泣きたいわけじゃ……ない、のに」
「まだ授業まで時間あるし、落ち着くまで泣いたら良い。おれがいるから」
「さのもりくっ……」
それ以上は、もう駄目だった。涙腺が決壊し、星南は陽の胸にすがりつくようにして泣き続ける。泣き声は最低限だが、震える肩に陽が温かい手を置いてただとまり木になり続けた。
それから五分後、急遽自習となった教室は比較的騒がしい。ひそひそ話も集まれば、ある程度の声量へと発展する。
「アルト、せなと佐野森くん知らない?」
「……いや? そういえば、二人共いないね」
「昼休み終わったのに帰って来ないし、何かあったのかな? ……はっ! もしかしてかけお……」
「ソウコ、落ち着いて」
爽子は明るく元気だが、時々妄想が止まらなくなる悪い癖がある。妄想の飛躍を早めに止めなければ、何処まで飛んでいくかわからない。そんなところは昔と変わらないと笑いつつ、アルトはふと廊下側の席に固まった数人の女子生徒たちがこちらをちらちら見ていることに気付く。
(……彼女たち、何かあまり良くないことを言い合っているようだな。そのこととセナとハルのことが関係なければ良いけれど)
アルトは、自分が転校してきて星南たちと仲良くなったことによって、星南たちが一部の者たちから目の敵にされていることを知っていた。特に気の優しい星南は、格好の餌食となりやすい。
「でもアルト、まだ帰って来ないのは心配だよね」
「何処かで眠りこけていたりして。もう少しして帰って来なかったら、電話しようか……っとと」
教室の後ろのドアが開き、星南と陽が入って来る。教室中の注目を集めながら席に着いた星南の顔は赤く、陽は席に着いた途端に突っ伏して寝てしまった。
「せな、お帰り。遅かったね?」
「う、ん。ちょっと色々あってね」
心配させてごめん。素直に頭を下げ、星南は肩を竦めた。
星南の目元は赤さを残し、白目部分も充血している。それを爽子に指摘された星南は、目を泳がせて「大丈夫」と微笑んだ。
「本当に?」
「うん。一人じゃないから、大丈夫」
そう言って、星南はちらりと机に突っ伏して眠る陽に視線を向けた。
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