みんなで水族館

第12話 牽制

 土曜日。冬空は冷たい風を運び、髪をもてあそぶ。

 星南は待ち合わせ場所の駅前広場の時計台の前に立ち、薄いブラウンのコートのボタンをかけてほっと息を吐いた。くすんだ水色のショルダーバッグの中には、いろはが財布などと一緒に入っている。陽や光理、鷹良たちと遊びに行くと知ってついて行くと聞かなかったのだ。


「寒い……」

「だな。ってか、おれたちが一番って何なんだよ」

「はは……だよね」


 隣に立つ陽がぼやく。鷹良でも光理でもなく、何故か最初に待ち合わせ場所に着いたのがこの二人だった。

 陽はフードを目深に被り、両手をポケットに入れている。はぁと息を吐き、隣に立つ星南を見た。


「妹は一緒じゃなかったのか?」

「友だちを迎えに行くって、わたしより三十分くらい早く出たんだけどね。お喋りしてるのかもしれない」


 光理は朝から張り切っていた。一昨日までは行きたくなさそうにしていたが、今朝になって今日行く水族館でイルカの赤ちゃんが生まれていたというニュースを発見したのだ。既に見ることが出来るということで、鼻歌を歌いながら支度をしている姿があった。

 そんな妹の様子を思い出して話す星南に、陽は「現金だな」とわずかに微笑む。そして手に持っていたスマートフォンを操作し、軽く目をすがめた。


「そうか。……ああ、藤高も今こっちに向かってるらしい。あいつも何人か連れてくるんだろ? おれたち要らなくね?」

「ふふっ。思ってたこと言われたか」


 星南も思っていたことだ。自分たちがいなくても、今回のことは成立する。むしろ邪魔になるのではないか、と危惧していた。


「藤高くんは、光理を誘えればよかったんだしね。二人の友だちがそれぞれいるのなら、別にわたしはいなくても……」

「適当にあいつらまくか」

「そうだ……えっ!?」


 安易に同意しかけ、星南は素っ頓狂な声を上げた。驚きのまま隣を見上げると、いつもの無表情が若干和らいで顔がどことなく赤い。

 つられて顔を赤くした星南は、陽の真意を測りかねて視線を彷徨わせた。


「あの、佐野森くん……?」

「折角水族館なんだ。あいつらはあいつらで好きにやるだろうし、おれたちはおれたちで、展示を見回らないかっていうことだよ。一人じゃ滅多に来ないし、水族館に入るんなら変に気を使わずに見たいだろ」

「そ、そりゃあ、わたしも水族館好きだよ。今日もゆっくりは見れないだろうなって思ってはいたけど、楽しみにはしていたし……」

「ん。じゃあ決まりな」


 不意に微笑んだ陽の笑顔に、星南は心臓が大きく跳ねるように大きな鼓動を自覚した。顔に熱が集まり、じっとり手のひらに汗がにじむ。胸の鼓動は早くなった星南は自分の変化に戸惑い、それを悟られまいと普段通りの態度を意識した。


(そうしないと、駄目だ。いろはに言われたことと昨日の夜のことが、頭の中でぐるぐるする)


 岩長姫であった時、彼女は従者の比古に想いを寄せていた。他の者のもとへ一度嫁ぎ戻って来た彼女は、生涯誰とも想いを交わさずに生を終えたのだ。

 その従者が陽であり、彼の言葉に何かが傾く自分がいる。星南は熱を持ったように体が火照るのを自覚しながら、視線のやり場に困って何となく周囲を見渡す。

 すると丁度、駅の方から水色やピンクの鮮やかな色が近付いて来た。光理と彼女の友だち、合わせて三人である。

 光理は星南に気付くと、駆け寄って来た。


「よかった、間に合った。……って、お姉ちゃん顔赤いよ。寒いし冷えた?」

「えっ!? だ、大丈夫大丈夫。元気だよ」

「ふうん……ま、大丈夫か。部長は?」

「藤高くんはまだみたい」

「ああ、いや。来たぞ」

「え?」


 陽の言葉に顔を上げると、先ほど光理が来たのと同じ改札口から鷹良たちが出て来るところだった。彼らも男三人組で、星南たちに気付いたのか走ってやって来る。


「ごめん、一本電車に乗り遅れた!」

「言い出しっぺが遅れるとは思わなかったな」

「それはマジで悪かった」


 スンッと落ち着いた声音で陽に言われ、鷹良は大袈裟に両手を合わせて謝る。他の二人も同様で、なんとも奇妙な絵面だ。

 星南は肩を竦め苦笑いを浮かべながら、両者の間に入った。


「まあまあ、みんな集まれてよかったじゃない。藤高くん、ここからはお任せするよ?」

「あ、ああ。みんな、オレについて来てくれ」


 鷹良が先頭に立ち、それに光理たちもついて行く。星南は彼らから一歩遅れ、その後を追った。


「……」


 星南の斜め後ろを歩きながら、陽は先頭を行く鷹良の背中を眺めた。早速鼻の下を伸ばし、光理と会話している。光理の友人二人も加わって、楽しそうだ。

 これならば、自分は長居しなくても良いだろう。そう思い適当なタイミングで帰ろうと思っていたが、陽の耳に気になる会話が忍び込んで来た。出所でどころはと探ると、星南の前を歩く鷹良の友人二人だ。


「なあなあ、結構岩永の姉ちゃん可愛くないか?」

「思った。妹が美少女だからあんまり気にしたことなかったけど」


 そんなことをこそこそと言い合いながら、ちらちらと星南のことを振り返る。陽はそれに気付き、何となくモヤッとしたものを感じた。そして、ほぼ無意識に星南に声をかける。


「……岩永」

「ん? 何?」

「いや、あのさ」


 たわいもなく、寒くないかと尋ねてみた。星南はきょとんとした後、笑みを浮かべて「大丈夫だよ」と応じる。

 ちらりと陽が前方に目をやると、丁度男子二人と目が合った。すぐさま前を向いたため、陽の意識は星南へと戻る。

 まさか前方で「佐野森、目がヤバかった」「射殺されるかと思った」などと言われているとは思いもよらない。無意識の牽制けんせいになったようだ。


「……あの人」


 そして、一部始終を見ていたのは彼らだけではない。鷹良と話しながら、光理も後ろを気にしていた。


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