第13話 水槽を眺めて

 鷹良が皆を連れて来たのは、市内にある大きな水族館だった。海の傍にあり、その海に開けたプールでのイルカショーが有名で子どもたちにも人気がある。建物の窓には海の生き物をかたどったステンドグラス風のガラスがはめ込まれ、日の光を浴びてキラキラと輝く。

 入り口には大きなイルカの像が設置され、入館者を迎えていた。


「お、ここだ」

「綺麗な水族館!」

「ここ、幼稚園の遠足で来たことある! それ以来かも」

「楽しみだねー」


 きゃっきゃと話す後輩たちを眺めながら、星南も幼い頃の記憶を思い出していた。大きな水族館で展示に夢中になっている間に、一人家族とはぐれてしまったのだ。その時、スタッフの女性に迷子センターまで連れて行ってもらい、家族と再会することが出来た。


(あれが幼稚園の頃だから、もう随分来ていないな)


 幼い頃の記憶はそれ以外曖昧で、星南はほとんど初めての感覚で水族館の建物を見上げた。土曜日ということで家族連れやカップルも多く、賑やかである。

 代表して買って来た鷹良からチケットを全員が受け取り、早速水族館の中へと入った。最初は幾つかの小規模な記事の展示や土産物屋があり、長いエスカレーターを上ればメイン展示の会場へと入り込む。


「わぁっ」


 星南が思わず声を上げるのも仕方がない。彼女を始め、全員がそれに目を奪われた。

 彼女らの前に姿を見せたのは、地上5階から真っ直ぐ下へと伸びる円筒状の巨大水槽だ。ぷくぷくと浮かぶのは、足りなくならないように各階から入れられている酸素の泡。窮屈にならない程度に入れられた魚たちが泳ぎ回っている。


「凄いな……」

「ほんとに。あっ、反対側にも水槽があるよ!」


 光理の言う通り、円筒の水槽の反対側、つまり壁側にも水槽が並んでいる。大小、窓の形も様々な水槽には、地域別の魚や水辺の生き物たちが展示されていた。

 星南たちは一旦、それぞれに展示を楽しむことにした。優雅に泳ぐ大きな魚やエイ、群れを作る小さな魚たち。亀やイモリ、トカゲなどが様々な表情を見せてくれる。


「きれい……。これは、日本の川の魚のコーナーだね」

「サンショウウオ……珍しい生き物がいるんだな」

「ふふっ。ちょっと不思議な顔だ」


 特にグループを分けてはいない。それでも星南と陽、光理と鷹良、そして残り二人ずつと分かれていた。それぞれの展示を見る速度の違いと、思惑の違いもあるのかもしれない。


「……」

「妹が心配か?」


 展示を見ながら、どうしても視線は光理に向いてしまう。そんな気持ちを陽に見透かされ、星南は肩を竦めた。


「ここにわたしがいなくて、朝いってらっしゃいって見送っていたらこんなに気にならなかったんだろうけど。どうしても、目には入っちゃうかな」

「藤高も変なことはしないと思うが……。まあ、姉なんだから仕方ないよな」


 星南たちがそんな会話をしているとは知らない光理は、鷹良との会話が弾んでいるように見えた。遠目だが、時折笑みを見せて頷く様子が見受けられる。

 光理たちは、どんどん先へと行ってしまう。自然と置いて行かれてしまった星南と陽は、無理に追う必要はないかとペースを崩さないことにした。


「こっちは、沖縄の海だね。……色とりどりの魚がたくさん」

「熱帯魚コーナーだな。食べたらうまいって書いてあるけど、本当か?」


 北海道、本州、そして沖縄。北から順に各地の特徴的な海の生き物が展示されており、星南と陽は添えられた説明文を読みながらゆっくりと展示を見て回った。


「ん?」


 三階の円筒水槽を眺めていた時、星南のスマートフォンが通知を告げた。音を切っていたが、 バイブが教えてくれたのだ。

 星南がスマートフォンを取り出すと、陽が身を乗り出した。


「どうした?」

「んー……光理だ。『今、みんなでカフェにいるよ。こんな感じ』って言って、写真送ってきた」

「イルカとかサメとかのクッキーが上に載ったパフェ? へえ、色凄いけど美味そうだな」

「わたしたちも後で行こうか。これ、一階にあるみたいだし。それにしても、みんな早……?」


 もう一度スマホが震え、星南はメッセージ画面を開く。そして、ピシッと固まった。


(なっ……)


 スマホの画面を見たまま動かなくなった星南を心配し、陽が顔を近付けてくる。


「どうかしたのか、岩永?」

「え!? あ、いやー何でもない」

「そうか?」


 体調悪くなったら言えよ。そう言う陽に礼を言い、星南は彼から画面が見えないようにもう一度メッセージを読んだ。

 そこには、光理からのメッセージが送られてきている。


『二人きりにしてあげる。私も部長ともう少し話してみたいし。ってことで、別行動ね』

(光理っ!?)


 妹が何を言わんとしているのかわかってしまい、星南は顔を赤くした。しかし、当初の鷹良の目的は達せられたらしいということもわかる。


「岩永、大丈夫か? そこのベンチに座れよ」

「あ、ごめん。……そうさせてもらおうかな」


 丁度、クラゲの水槽の前だ。幾つかの水槽の前には、ゆっくり生き物を見るためにベンチが置かれている。

 誰も座っていないベンチを見付け、二人は隣り合って座ることにした。目の前には、まだ子どものミズクラゲがたくさんふわふわと浮いている。


「……なんか、現実じゃないみたい」

「不思議だよな、クラゲって」


 それから十分ほど、二人は何も言わずに水槽を眺めていた。

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