第14話 水族館のカフェにて

(『変なこと言わないの! 藤高くんたちと仲良くね』か。お姉ちゃんに春がきたのかなぁって、妹としては嬉しかったんだけど。からかい過ぎたか)


 姉からの返信メッセージを読み、光理は小さく笑った。比較的積極的な光理に比べ、星南は全てにおいて消極的だ。勉強も運動も、勿論恋愛に関しても。今まで一度も浮いた話のなかった姉と仲良くしているほぼ唯一の男子ということで、光理は陽に注目していた。


「岩長、何か面白いことでもあったか?」

「部長」


 ここは、光理たちが入った水族館内のカフェ。水族館らしく、イルカやサメ、クマノミといった人気の生き物たちをかたどってアイシングしたクッキーを載せたパフェが一番人気らしい。そうメニュー表で勧められ、彼女たちもそれぞれに生き物を選んで食べていた。

 光理が選んだのは、水色のイルカが載ったイチゴのパフェだ。水分を含んでしまう前に、ときちんと写真に収めた後は一思いに食べてしまっている。イチゴと生クリームを合わせて食べながらスマホをいじっていた光理は、口の中のものを飲み込んでから鷹良の問に応じた。


「姉とメッセージのやり取りをしていたんです。途中で置いて行ってしまったので」

「そうだったな。オレも佐野森に送ったが、岩永の姉と一緒にいるから心配するなと言われてしまった」

「……佐野森先輩って、メッセージ返すんですね」


 少し意外だと光理は思った。

 光理は陽との接点をほぼ皆無と言って良いほど持たないが、姉が唯一仲良くしている男子だということだけ知っている。星南は家で学校で誰と仲が良いということはほとんど話さないが、同じ学校に通っていれば嫌でも目に入るし話を聞く機会はあるのだ。その中で、光理の陽に対する印象は「陰キャ」一言である。

 光理の驚いた顔に、鷹良はふっと笑って頷いた。


「オレもあんまり話したことなかったけど、送れば返してくれるよ。あいつ、あんま人と話してるとこ見たことないけど、岩永……きみの姉の方とは仲が良いみたいだな」

「みたいですね。私も、何度か校内で見たことがあります。今まで男子の友だちなんていなかったのに、どういう風の吹き回しなのか」

「友だち、かぁ」


 少しだけ寂しそうに、鷹良は呟く。彼のパフェは最後のソースとグラノーラを残すのみとなっている。そこにスプーンを入れて一口食べた後、鷹良は前に座る光理をじっと見つめた。


「……何ですか、部長?」

「岩永は、男女の友情はあるっていう派? それともない派?」

「え」


 突然の問いに、光理は困惑する。しかし隣に座る彼女の友人たちも鷹良の友人たちも、各々にありなしを言い始める。答えていないのは光理だけとなり、彼女は仕方なく口を開いた。


「姉を見ていると、あるのではないかと思うこともあります。でも私自身は、ないと思っています。始めは友だちでも、いずれそれだけでは収まらなくなっていく」

「意外。岩永ってもっと何も考えていないのかと思ってた」

「――っ、失礼じゃないですか!?」


 派手な見た目からは想像もされないが、光理は学年で十位に入る成績保持者だ。成績が良いこともあり、先生たちからはそれほど強く化粧やおしゃれをたしなめられない。自分を押し通すため、文句のないようにしているだけだが。

 鷹良の言葉を聞き、彼もまた光理の見た目にだけ惹かれたのかと悲しくなる。

 そっぽを向く光理に対し、鷹良は慌てて「違う」と叫んだ。


「うまく言えないけど、岩永が考えていることじゃないと思う。勘違いだ」

「勘違い? どういうことですか?」

「何て言うか……。感覚で生きてるって言うか、自分に正直って言うか。他人がどう思おうと知ったことかっていう感じの強い意志? みたいなものを感じるんだ」

「……本当にうまく言えていませんね」


 鷹良こそ、感覚的ではないのか。光理は若干呆れつつ、懸命に説明する鷹良の言葉の続きを待った。


「それで、続きをどうぞ?」

「ああ。……岩永は、自分に真っ直ぐなんだって思った。見た目だけの話じゃなくて、その、気持ちの部分で。だから、その印象が間違っていなくてちょっとびっくりしたんだよ」

「そう、ですか」


 光理は最後まで残っていたイチゴを口に入れ、甘酸っぱさを楽しむ。それから飲み込むと、お冷を一口飲んだ。すっと冷水が喉を通り、含まれるレモンのさわやかさが残った。


「――それで、部長はどうなんですか?」

「……藤高」

「え?」

「オレのこと、部長って呼ばずに藤高の方で呼んでくれ。本当は名前で呼んで欲しいけど、流石にそれは強欲だろ」

「確かに、部長って言うと学校と一緒だもんね。ね、光理?」

「……わかったわよ」


 鷹良のみならず、友達にも言われてしまっては仕方がない。光理は不承不承で鷹良のことを「藤高先輩」と呼んだ。


「うっ……」

「よかったな、鷹良。読んでもらえたじゃん」

「あ、ああ」


 光理に苗字呼びとはいえ名前を呼んでもらえた。嬉しくて胸を押さえる鷹良の肩を、隣に座っていた彼の友人が叩く。

 それを何となく白々しく見ていた光理だが、ふと顔を上げた鷹良の表情を見てドキリとした。先ほどよりも真剣な瞳が自分を見つめていたのだ。


「さっきの岩永の質問だけど、オレは男女の友情って存在すると思う。だけど、それはいつか形を変える可能性を多分に含んでいるとは思うけどな」

「そうですか」

「……だから、岩永のことも諦めないから」

「――っ」


 ストレートな言葉に、光理は飲もうとしていた水を慌てて飲み込んでしまう。案の定咳込み、隣の友人に背中をさすってもらった。

 ケホケホ咳込む光理を目の当たりにして、鷹良が腰を浮かせた。


「大丈夫か、岩永!?」

「大丈夫、ですから。こっちに来よっ……けほ……なくていいです!」

「ご、ごめん」


 顔を真っ赤にして咳込んでいた光理は、しばらくしてようやく平常を取り戻す。自分が何故そんなに動揺したのかはわからないが、ほっと息をついた。背中をさすってくれた友人に礼を言い、目に入った店内の時計を見上げる。


「……もう一時間くらい経ちましたね」

「佐野森たちを待とうかと思ったけど、遅いな。オレたちだけで次の目的地も行っちまうか」

「それでも良いと思います。二人共、置いて行っても」

「次って、何処に行くつもりなんです?」


 身を乗り出す光理の友人に、鷹良は自身のスマートフォンの画面を見せた。そこには、水族館周辺の地図が表示されている。地図の中の一か所を指で差し、鷹良は言った。


「この近くに、ショッピングモールがあるみたいなんだ。そこに行こうと思ってて」

「良いですね! ね、光理も行こう!」

「わかってる」


 それぞれに会計を済ませ、光理たちは水族館を出ることにする。光理が星南に、鷹良が陽にメッセージを送ると、六人はショッピングモールへ向かった。

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