二人になって

第15話 イルカショー

 通知音の代わりに、バイブが鳴る。星南はスマホの画面をタップして、メッセージの画面を開いた。そこに書かれた短い文章を一読する。


「『みんなで水族館から移動する。お姉ちゃんたちは別行動しててくれていいよ』だって。みんな出ちゃったみたいだね」

「……だったら、急がなくても良いな」


 ふぅ、と陽が息を吐く。

 ふわんふわんと浮き沈みするクラゲの前にいる星南と陽は、そろそろ行こうかと立ち上がった。


「この後、とりあえず最後まで見ていくか?」

「そうだね。……あ、もうすぐイルカショーがあるみたい! 見ていこう!」

「どれ?」


 スマホを見ていた星南の手元を覗き込んだ陽は、そこに書かれたイルカショーの記事を斜め読みした。

 海を背景にしたイルカショーは、イルカのダイナミックな動きやかわいらしい仕草から、この水族館の目玉とされている。ボール遊びや輪投げ、更には人を鼻先で押すショーなど、反響が大きいと書いてあった。


「あと十分くらいか。ショーの後、藤高たちが行ったっていうカフェに行ってみよう。腹減ったし」

「そういえば、お昼まだだったね。そうしようか」


 ショーの会場までは、ここから歩いて五分ほどの距離だ。二人は水槽の中の魚たちを見ながら、急がずにゆっくり歩く。やがてプールの入口が見えて外に出ると、客席はほとんど埋まっていた。星南はプールを囲む階段状の客席を見回し、苦笑いを浮かべる。どうやら、人気を見くびっていたようだ。


「早く来るべきだったかな?」

「……あ、あそこ空いてる。行こう」

「え? あっ」


 星南は手首を陽に掴まれ、そのまま通路を進んで行く。最上部の席に二つ横並びの空きがあったのだ。

 陽は星南を内側に座らせ、自分は通路側に腰を下ろす。最上段からはプール全体を見渡すことが出来、お約束の水浴びは出来ないがショーを俯瞰的ふかんてきに楽しむことが出来そうだ。


「……」


 一方、星南は自由になった左手首を見つめていた。陽の触れていた部分が熱を持っている気がして、ドクンドクンと心臓が脈打つ。ちらりと隣を見れば、陽はプールを眺めていた。残念なようなほっとしたような、妙な気持ちで右手で左の手首をさする。


(なんで、こんなに残念な気持ちなんだろう? まるで……)

「ごめん、岩永。手首痛かったか?」

「え?」


 思いがけないことを言われ、星南は思わず顔を上げて間近で陽と顔を合わせた。想像以上に距離が近く、星南の頬が真っ赤に染まる。硬直してしまう彼女を案じ、陽は眉をひそめた。


「疲れたか? 具合が悪かったら、すぐに言えよ」

「あ、ありがと……。大丈夫、そういうのじゃないから」

「そうか?」

「うん……」


 素早く首肯する星南に、陽はそれ以上言わずに再びプールの方を向いた。星南もプールに目をやり、どうしても気になって隣の陽をちらっと見る。

 学校では陰キャで寡黙と思われやすい陽だが、仲良くなると彼本来の優しいところや話したいこと、好きなことが何となく見えて来た。寡黙で表情の変化は少ないが、他に誰もいないと表情が緩むことがある。その笑顔は柔らかく、星南を何度も緊張させてきた。


(わかってる。でも、まだ気持ちに名前を付けたらだめ)


 この気持ちが、岩長姫に引っ張られた結果なのかそれとも自分自身の素直な気持ちか。星南にはその判断が出来なかった。

 ただ引っ張られているだけならば、自分の幸せではないからいろはや岩長姫自身の願いを叶えることにはならない。そして、星南自身も陽も嬉しくないだろう。


「お、始まるみたいだな」


 プールに流れる音楽の曲調が変化し、陽が笑みを見せる。星南は一旦思考を中断し、舞台袖から現れた飼育員たちに拍手を贈った。

 三人の飼育員が、それぞれに持っていた魚入りのバケツを床に置く。そして、手の合図でイルカたちをジャンプさせた。

 バッシャンとプールから水が盛大に溢れ飛び散り、プール近くに座った子どもたちから楽しさを前面に出した悲鳴が上がる。ビニール製のカッパを着ている子供が大半だが、それでも水の勢いはすさまじかったらしい。


「おお、凄いな」

「うん。あ、次のショーが始まるみたい」


 天井から吊るされたボールに、飼育員の合図でイルカの鼻先がつく。またジャンプしたイルカの尾びれがボールを打つ。それが何度か繰り返され、成功する度に客席から大きな拍手が贈られる。


「おお」

「わあっ」

「凄いな」


 ボールだけではない。飼育員と息のぴったり合った芸の数々に圧倒される。

 あっという間にショーは終わり、星南と陽はカフェへと向かった。


「イルカショー、とっても楽しかった。ずっとわくわくしていて、あっという間だったよ」


 注文したメニューが来るまでの間に、と二人して水族館の感想を言い合う。水族館の展示、イルカショーなど、話したいことがたくさんあった。


「そうだな。次、今度はペンギンの散歩も見てみたいな。ペンギン歩きで、集団で通路を歩くらしい」

「絶対に可愛いよ、それ。見てみたいな。……次?」


 イルカショーを見た後ということもあり、星南と陽はイルカのクッキーを載せたパフェを注文していた。イチゴと生クリームたっぷりのパフェにスプーンを入れて、ほおばりながら会話も進む。その中で、星南はふと引っ掛かった言葉を掴んでしまった。


「つっ、次があるの!?」


 思わず手をテーブルについたまま立ち上がり、身を乗り出す格好になる。思いの外顔の距離が近付き、更に周囲の目にも気付いて、星南は伏し目がちに顔を真っ赤にして席についた。

 陽はといえば、突然立ち上がった星南に驚くと共に、自分の発言とそれに対して喜色を浮かべる星南の反応に目を見開く。しおしおと椅子に座り直す星南をかわいいと思った自分に、更に戸惑った。


「ごめん、佐野森くん。わたし……」

「……そんなに喜んでくれるとは思わなかった。その、何かこそばゆいな」

「――っ」


 ふっ笑った陽に、星南の胸が締め付けられる。それを誤魔化そうと、残ったパフェを一気に食べ切った。


(甘い……)


 生クリームとグラノーラ、そしてイチゴソースの組み合わせは存外甘ったるい。星南は胸の高鳴りを抑えられないまま、陽と共に店を出た。

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