第7話 それぞれの魂
「あ、お姉ちゃん」
「光理、これから部活?」
「うん。お母さんに、七時頃には帰るって言っといて」
「わかった」
放課後。帰り支度を終えて上履きと靴を取り替えていた星南は、通りがかった光理に声をかけられた。
丁度、自分も彼女に用事がある。鞄から、透明なクリアファイルに挟んだプリントを取り出す。
「これ、藤高くんから預かった。部活のプリントだって」
「ありがと。っていうか別に部長、お姉ちゃんに渡さなくても良くない? なんかよくお姉ちゃんから、部長からのもの渡される気がするんだけど」
「藤高くんがそうしたいみたいよ。オレからだって伝えといてくれって」
「ふぅん? 助かるから良いけど」
ひらひらと受け取ったプリントを振り、光理はそれを鞄に入れた。特に鷹良に対して思うところはないのか、さらっとしたものである。
光理はテニスラケットのケースを肩にかけなおすと、丁度すれ違った同じ部活の女子生徒たちを追いたそうに視線を走らせた。光理と同じように、部活もおしゃれも頑張る女の子たちだ。
「止まらせてごめんね、光理。部活頑張って」
「ありがと。じゃ、また後でね」
そう言うと、光理は颯爽と駆け出した。数秒で友人たちに追い付き、談笑をしながら歩き出す。
星南はそれを見送り、いろはに「星南様」と呼ばれて人目につかない場所を探した。
「あそこにしようか」
星南が見付けたのは、校舎に囲まれた中庭の一角。ベンチがぽつんと置かれ、周囲には植木が幾つもの植えられた隠れスポットだ。喧騒から遠く、人目につかないという目的にはぴったりである。
(少しの間だけ)
お邪魔します。星南は誰というわけもなく、その区画へと入り込む。ベンチに人はおらず、背後の校舎も丁度窓のない場所のために静かだ。
ここならば、と星南は肩にかけていた鞄を膝の上に置く。くるりと反転させ、いろはが下がっている方を自分の側にした。
「いいよ、いろは」
「……はい、星南様」
ポンッと元の姿に戻ったいろはが、ぶるっと体を震わせる。前足で顔をかき、耳を動かした。
「やはり、固まっていると
「ごめんね。学校だと、誰に見られるかわからないから」
「ボクのわがままですから、気にしないで下さい。明日はもっとうまくやりますよ」
任せろと言わんばかりに胸を張る小さなうさぎに和まされ、星南はようやく「あ」と声を上げた。
「忘れるところだった。いろは、今日何度か何か言いたそうにしてたよね? 詳しくは家で聞くけど、どう?」
「はい」
頷いたいろはは少し顔を伏せて何かを考え、つぶらな瞳を星南へと向けた。
「……星南様の傍には、前世から縁のある方々が同じように生を受けておられます。まず、妹様は前世でも妹君であらせられた
「木花咲夜姫って、岩長姫の妹の?」
「はい。神話の本をお読みになるとわかりますが、
いろはの言う通り、岩長姫と共に嫁いだ木花咲夜姫は姉と違って瓊瓊杵尊に見初められて嫁いでいる。神話の中では、浮気を疑う夫の目を覚まさせるため、自ら籠った小屋に火をつけてその中で出産したという強い母のイメージも語られた。
そんな女神が、妹の光理の前世だという。星南は驚くと共に、心のどこかで納得してもいた。
「光理、綺麗だし努力家だから。学校一かわいいっていうことも言われることあるし……そうか、前世はそうだったんだね」
「はい。そして、瓊瓊杵尊様もまた転生しておられます。星南様のクラスメイト、藤高様として」
「藤高くんが、瓊瓊杵尊……!?」
思わず大声を出しかけ、星南は慌てて口を手で覆う。しかし驚きが勝り、目は大きく見開かれていた。
いろはは星南の様子を見て、驚くのも無理はないと頷く。
「ボクも、凄く驚きました。まさかこんなに近くにおられるとは……。ただ、お二人共当時の記憶はお持ちでないようです」
「え、そうなの?」
「はい。言動やその他、ボクの力で色々と探ってみたのですが、魂が同じというだけのようです。……少し、安心しました」
「何か言った?」
鷹良と瓊瓊杵尊、光理と木花咲夜姫。二人がそれぞれ同じ魂を持っているということ以外に、いろはが何かを言った気がした。呟きが小さ過ぎてよく聞こえず、星南は聞き返す。
しかしいろはは「何でもありませんよ」と笑うだけだ。
「そんなことより、もう一人おられるんです。前世近くにいた方が……」
「いろは? どうし……」
「こんなところで何してるんだ、岩永?」
「わあっ!?」
文字通り跳び上がり、星南は顔を上げた。すると目の前に陽の顔があって更に驚く。
「きゃっ」
「――っぶな」
驚いた拍子にベンチからずり落ちかけ、星南は悲鳴を上げる。そのまま地面に尻もちをつくかと思ったが、何かに抱き寄せられて難を逃れた。
(痛くない? なんで……!?)
痛みを覚悟して目をぎゅっと閉じていた星南がそろそろと瞼を上げると、目の前に制服のネクタイがある。ブレザーの冬服には、ワインレッドのネクタイが合わせられているのだ。男子はネクタイ、女子はリボンタイ。星南が見ているのは、どう見ても男子のネクタイだ。
そっと視線を上へと移動させると、至近距離で陽と目が合う。初めて間近に見た陽の目は深い茶色で、思わず見惚れた。
「あ……」
「岩永? お前本当に大丈夫か?」
「あ……だ、だいじょうぶ」
陽の眉間にしわが寄り、星南は慌てて立ち上がる。何故か密着していたことが頭にこびりつき、心臓がドキドキと早鐘を打つ。
星南が助けてくれてありがとうと礼を伝えると、陽は「気にするな」とわずかに目を細めた。
「知ってるやつの声がするし、気になって覗いてみたんだ。驚かせてすまなかった」
「あ、いや! 問題ないよ。そろそろ帰ろうかと思ってたところだし」
立ち上がった陽を見上げ、星南は微笑む。何故か頬が熱く、不思議な感覚に揺られながらも、彼女は鞄を肩にかけて陽に向かって言う。
「佐野森くんも、もう帰る?」
「ああ。……よかったら、途中まで一緒に帰らないか?」
「うん!」
陽の申し出を受け、星南は彼と並んで学校を出た。あまり多くを語らない陽の相手をするのは、楽だ。
二人は並んで歩き、何でもない会話を楽しむ。そうして四つ角で分かれると、星南は改めていろはと小声で話しながら帰ることにした。
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