友だち以上?

第19話 休み明け

 登校し、星南は自分の席に腰を下ろした。賑やかなクラスの中にいて、何となくぼーっと窓の外を眺める。


「おはよう、せな!」

「おはよう、爽子ちゃん」

「ねね、土曜日はどうだっ……むぐっ」

「声が大きい!」


 大声で尋ねてくる爽子の口を手のひらで塞ぎ、星南は自分の口に人差し指をあてて「しーっ」と言う。すると爽子が口を塞がれたまま何度も頷いたため、手のひらを離した。


「――っはぁ、びっくりした」

「ごめんね、爽子ちゃん。だけど、声が大き過ぎるよ」

「ごめんごめん。どうなったのか凄く気になって!」

「……わたし、昨日メッセージ送ったよね?」


 昨日の昼間、爽子からの怒涛の質問に全て答えたはずだ。爽子は鷹良ともメッセージのやり取りをしていたらしく、光理と彼が付き合い始めたことも知っていた。

 星南が小さな声で訊くと、爽子は「そうだね」と頷く。


「でもほら、本人に聞くのとはまた違うでしょ? 途中から二人っきりだったって言ってたし、何か進展はあったのかなぁって」

「進展も何も……何もないよ、爽子ちゃんが期待しているようなことは」

「えーっ、つまんない」

「つまんなくても現実です」


 頬を膨らませる爽子をなだめ、星南はようやく肩の力を抜いた。

 その時、星南の隣の席でガタンと音がする。何故かドクンと心臓が跳ね、顔を上げられなくなった。

 代わりに爽子が「あ」と顔を上げる。


「おはよう、佐野森くん」

「……はよ」

「ねねっ、土曜日はどうだった? せ……藤高くんに連れて行かれたんでしょ?」

「……藤高に聞け」

「えー、反応薄い」


 見事な塩対応だ。陽は土曜日に星南相手に笑顔を見せたことが信じられないくらい、ポーカーフェイスで爽子に応対する。

 爽子が何を聞いても、その後はスルーだ。彼女が諦めると、席について文庫本を読み始めた。

 星南は陽がいつも通りであることにほっとしながらも、不自然な胸の鼓動をもてあます。その後の爽子の話に相槌をうつ中で、ようやく気持ちが落ち着いていくのを感じていた。


「岩永」

「藤高くん、どうしたの?」


 その日の昼休み、星南のもとに鷹良がやって来た。爽子が席を外すタイミングを見計らっていたのだろうか。何か用かと尋ねれば、嬉しそうに目元を緩める。そして声のトーンを落とし、騒がしい教室に響かないようにした。


「土曜日はありがとな。お蔭で、岩永の妹……光理と付き合えるようになった」

「わたしは何もしてないよ。途中からは別行動だったし」

「それでも、礼は言いたかったんだ。ここからは、オレが頑張って愛想を尽かされないようにしないといけないけどな」


 幸せいっぱいといった雰囲気で、鷹良は笑う。星南が「頑張ってね」と励ますと、彼は突然真面目な顔をして星南の顔を覗き込んだ。


「な、何?」

「オレは岩永に助けてもらって、結果を得られた。だからオレも、岩永のことを手伝いたい」

「何を……」


 男心のことなら、何でも相談してくれ。そう言って胸を張る鷹良に、星南は困惑の表情を向けた。

 星南の反応が思っていたものと違ったのか、鷹良がきょとんと眼を丸くする。


「え? だってさ」

「はい、ストーップ」

「――むぐっ!?」


 鷹良が何か言う前に、背後から忍び寄っていた爽子が彼の口を手のひらで塞ぐ。突然のことで「むむむーっ」と文句を言っているらしい鷹良に、爽子が小声で耳元で言った。


「藤高くん、それはまだ言ったらダメ」

「は? 何でだよ。どう考えても……」

「せな自身がまだ気付いてないから、絶対にダメ」

「マジでか」


 呆れともあわれみとも言い難い微妙な表情を浮かべた鷹良に見られ、星南は小首を傾げた。何故自分がそんな顔を向けられるのかがわからない。


「……藤高くん、言いたいことがあるなら言ってくれて良いよ?」

「いや、大丈夫だ。オレは礼を言ったから、そろそろ行くわ」

「え? あ、うん。いってらっしゃい」


 パタパタと廊下に出て行く鷹良を見送り、星南は爽子の方を向く。しかし爽子は不自然に視線を合わせず、決してうまくない鼻歌を歌い出す始末だ。


「爽子ちゃん?」

「ふんふふーん」

「……もういいや」


 爽子から聞き出すことを諦め、星南は既に食べ終わっていた弁当箱を鞄に仕舞う。その時、ふと顔を上げると、隣の席の陽と目が合った。


(あっ……)


 顔に熱が集まり、星南は慌てて上半身を起こす。その時慌てたためか、机の横にかけていた通学鞄の持ち手がフックから外れてしまった。


「わわっ」

「せな、気を付けて」

「うん、大丈夫だよ」


 赤い顔のまま、フックに鞄の持ち手をかける。かかったことを確かめてから、体を起こした。

 ふう、と息を吐くと、爽子がニヤニヤしながらこちらを眺めていることに気付く。


「……何?」

「んーん、何でもない! ほら、そろそろ授業始まるよ」

「? うん、そうだね」


 次は理科室での授業だ。教科書や資料集、筆記用具などを準備して、二人は他の生徒たちと同様にパタパタと教室を出て行った。


「……何なんだよ、あの顔は」


 星南たちを見送り、陽はぼそりと呟く。脳裏に浮かぶのは、目が合った直後の星南の硬直した顔。ぱっと顔を赤らめ、数秒止まって慌てて身を起こしていた。


(かわいいかよ。……って、何思ってんだ俺は)


 土曜日から、何かがおかしい。陽は自身の変化に戸惑いながら、チャイムが鳴る前に教室を出た。

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