第10話 巻き込まれ

 光理に想いを寄せる鷹良は、彼女の姉である星南を巻き込んで光理と一緒に出掛けようという作戦を立てている。それを打ち明けられた星南は、協力するのは自分ではない方が良いのではないかと考えていた。


「頼むよ、岩永。頼めるやつは本当に少ないんだ」

「そうは言っても、わたしだけじゃ……」


 三人で遊ぶというのは、それこそあり得ない。あと数人、男女を交えるべきだろう。星南は自分の思考が徐々に鷹良の態度に引きずられていることに気付かない。

 そこで、鷹良が「あっ」と声を上げた。彼と向かい合っていた星南は、何事かと振り返る。鷹良が星南の横をすり抜け、目当ての人物の腕を掴まえた。うわっという悲鳴が上がったのは、彼の抱えていた本が落ちそうになったからだろう。


「佐野森、土曜暇か?」

「……離せよ、藤高」


 半目で一目で嫌そうにしていることがわかる陽だが、鷹良はこれしか術はないとでも言いたげに頼み倒す。パンッと勢い良く手のひらを合わせ、拝んだ。


「頼むよ! オレを助けるためだと思って!」

「……藤高を助ける義理はないんだけど」


 暖簾に腕押しとはこのことで、陽は全く取り合わない。さっさと背を向けて立ち去ろうとする彼の耳元で、鷹良は星南に聞こえないよう小声で言う。


「……岩永も連れてくんだけど」

「……は?」


 ぴくり、と陽が反応を示す。振り返った彼の眼光は険しく、鷹良は怖じ気付く。しかしここで負けるものか、ともう一度手を合わせた。


「誤解してるのかもしれないけど、オレがその……なのは岩永の妹だ。彼女を水族館に誘いたいんだよ、協力してくれ」

「……はぁ、これきりだからな」

「マジか! ありがとう、佐野森!」


 パッと表情を明るくした鷹良に、陽は眉をひそめる。まんまと乗せられた、と本意ではないのだ。


(……なんか、決着したっぽい?)


 一人蚊帳の外だった星南は、くるりとこちらを振り向いた鷹良の笑顔を見て結果を察した。陽は鷹良の頼みを断れなかったのだろう、と。

 案の定、鷹良は諦め顔の陽の肩を叩いて笑った。


「岩永、佐野森も来てくれるって! オレ、何人かまた声掛けてくるから。土曜は宜しくな!」

「えっ、ま、待ってよ藤高くん!」


 星南の制止をスルーして、鷹良は素早くその場を走り去った。何処かで「廊下を走るな」という教師の声が聞こえたが、おそらく止まりはしない。


「……行っちゃった」

「災難だな、岩永」

「うう……。ごめんね、佐野森くん。巻き込んじゃったよ」


 考えずとも、陽は鷹良と仲が良いわけではない。親しげに話しているところなど一度も見たことがない。そもそも陽は他必要にならない限り、他人とかかわろうとしないのだ。嫌だろうにと星南が謝ると、陽はそっぽを向いて「別に」と呟いた。


「……岩永を一人で行かせるのも気に入らないし」

「え?」

「何でもない。詳しくは、藤高がメッセージで連絡するって言ってたぞ」

「わ、わかった」


 コクコク頷く星南にふっと口元を緩めて見せると、陽はいつものポーカーフェイスで教室へ向かって行ってしまった。

 陽をぼんやりと見送った星南は、ポコンッという通知音を聞いてポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。昼休み中は使うことを許されている。


「光理だ」


 タイミングを見計らっていたかのように、光理から鷹良との予定についてメッセージが送られてきていた。


『テニス部の子、二人誘った。部長が後でメッセージ送るって』


 星南は四人だけになる可能性が消え、ほっと胸を撫で下ろす。同時に、自分と陽は必要なのかと首を傾げた。


(まあ、約束してしまったのは仕方ないよね)


 あまり帰るのが遅くならないよう、タイムキーパーをするつもりでいよう。星南はそう思うことにして、光理に自分も行くことになったと返信を送った。




「あ、お姉ちゃんだ」

「光理、返信?」

「そう。……ふぅん」


 星南からのメッセージを受け取った光理は、軽く目を見張った。しかしすぐ、納得したのか頬杖をつく。


(部長とお姉ちゃん、同じクラスだもんね。部長、案外弱気だなぁ)


 何となくだが、光理は鷹良の気持ちに気付いていた。確証はないが、何かにつけて光理とかかわろうとするし、姉を通じて自分を印象付けようとしてくる。

 光理としては、今付き合っている人はいないためアリではあるのだ。容姿端麗でテニスは上手く、部長まで務めて部員の信頼も厚い。成績も良く、欠点はあまりないように思われる。


「部長って、意外と消極的だよね。真正面からの争いはしないっていうか、弱気?」

「そんなこと言ったらかわいそうだよ。ねね、土曜楽しみだね!」

「もおっ、重いってばー」


 きゃいきゃいと賑やかなのは、光理の友達で土曜に一緒に水族館へ行く子たちだ。少し派手めのメイクと髪型をして、毎日おしゃれに余念がない。

 光理にとって、その中にいる自分は好きな自分だ。それこそ、ずっと昔から好かれる自分であることに余念がなかった。姉よりも可愛がられることに執念を燃やしていた。

 今では、何故そこまで執拗に姉の上に立ちたかったのかはわからない。


「水族館はずっと好きだから、楽しみではあるんだけどね」

「ちょっとテンション低め? 意外と、部長のことかっこいいって思っちゃうかもよ?」

「そうかなぁ?」


 スマートフォンを閉じ、光理は開けていたチョコレートのスナック菓子を口に入れる。甘いものがじわりと溶けて、少しだけ気持ちを前向きにさせた。

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