第2章 先輩後輩

美少女の悩み

第9話 妹の相談ごと

 いろはがやって来て数週間が経ち、星南はうさぎが傍らにいる生活にかなり慣れていた。家に帰って自室に一人でいても、一人ではなく話し相手がいるというのは結構楽しい。


(ペットを飼った経験はないけど、いたらこんな感じだったのかな)


 幼い頃から、動物は無条件に好きだった。特に森に住むような獣の類、うさぎやリス、熊や狐、犬や猫といったもふもふとした生き物は大歓迎だ。

 動物を家で飼いたいという欲がないわけではなかったが、妹の光理が動物の毛のアレルギーを持っていて辛そうであったため、言い出さずに来た。光理は姉とは反対に海の生き物が好きで、水族館がお気に入りだ。


「ねえ、お姉ちゃん。入っても良い?」

「どうしたの? いいよ、入って」


 あの日の夜、滅多にない妹の訪問を受けた星南は驚きながらも彼女を迎え入れる。勿論、いろははベッドの上でぬいぐるみのふりをして寝転がっていた。

 星南は光理にクッションを勧め、自分ももう一つに座る。そして、もう一度「どうしたの?」と尋ねた。


「光理がわたしに相談なんて、珍しいね? 何かあったの?」

「うん、ちょっと教えて欲しいことがあったの」

「教えて欲しいこと?」


 何だろう、と星南は首をひねる。光理は姉よりも成績が良いし、運動神経も良い。神は人によっては一つも二つも与えるのだと嫉妬したこともあったが、今は木花咲夜姫の生まれ変わりならば当然かと思ってもいる。

 まさか姉がそんなことを思っているとは想像もしない光理は、困った顔で持っていたスマートフォンの画面を見せてきた。星南は画面に並んだ文字を読み、目を瞬かせた。


「藤高くんから?」

「そう。何回かメッセージのやり取りはしてきたけど、こういうのは初めてだったから……」

「……攻めたなぁ」


 苦笑交じりに、星南はそれしか言えなかった。

 鷹良が光理に気があるのは知っていたが、ド直球過ぎはしないだろうか。「次の土曜日、暇だったら一緒にこれに行かないか?」というメッセージと共に、県内の水族館のURLが貼られている。


「ここ、小さい時に何回か家族で行ったところだね。光理、ペンギンとかイルカとか、深海魚も食い入るように見ていた記憶があるよ」

「海の生き物好きだから。それはそうなんだけど、先輩と二人では……ちょっと抵抗が」

「それもそうか」


 鷹良にとっては一世一代のお誘いなのだろうが、光理からすれば部活の先輩からの突然の誘いだ。困惑するのも仕方がない。


「藤高くんと二人が不安なら、何人か誘って行くのは? もしくは本当に嫌なら断るのもいいと思うよ」

「だよねぇ。その日は特に用事もないし、他の人も誘ってみようかな……その方が気は楽だし」

「それが良いよ」


 どうやら、鷹良は誘いを断られずに済みそうだ。星南は心の中で「よかったね」と言い、光理を見送った。


「……妹様と藤高様、共に出掛けられるのですか?」

「いろは。うん、そうと決まってはないけど、多分ね。藤高くんとしては二人きりが良いんだろうけど、流石にハードル高過ぎだよ」


 少なくとも、わたしには無理だ。星南は苦笑いをにじませ、明日の支度をするために机に向かった。

 この時、まさか自分が巻き込まれることになるとは思いもしなかったが。


 金曜日になり、星南はいつものように爽子とお昼ご飯を食べていた。午後からの数学が不安だと愚痴る爽子に、星南は励ましの言葉をかけている。


「今日からやる単元なんだし、わからなくて当然だよ。またわたしと勉強会すれば良いんだから」

「そう入ってもさぁー、数字見るだけで気持ちが……」

「なあ、岩永」


 ひょいっと現れたのは、クラスメイトの鷹良だった。昼休みも半ばを過ぎたこの時間、いつもならば既に校庭に出ているはずだ。それなのに何故、と星南は首を傾げる。


「どうかした、藤高くん?」

「頼みがある。ちょっと」

「え? あ、待って待って!」


 ぐいぐいと腕を引っ張られ、星南は慌てて箸を置いた。爽子は「いってらっしゃ~い」とひらひら手を振るだけで、助けようとはしてくれない。

 星南は仕方なく、濡れた子犬のような目をする鷹良について行った。


「……で、どうかしたの?」


 鷹良に連れて行かれたのは、同じ階の端。立入禁止の屋上へと繋がる階段の前だ。そこは端っこということもあり、あまり人がいない。

 星南が尋ねると、鷹良は「実はさ」とスマートフォンの画面を見せてきた。同じようなことがあったなと懐いつつ星南が見ると、そこに並んでいたのは光理からのメッセージ。


『何人かと一緒になら、行ってもいいですよ』


 なんとなく、鷹良の言いたいことがわかった。星南は息をつきたいのを堪え、鷹良にスマートフォンを返す。


「……光理を水族館に誘ったんでしょ? 流石に初回に二人きりは攻め過ぎだと思うけど」

「何で知って……って、そうか。姉妹だったな」

「いつもわたし経由で光理と接点持とうとしてるのバレバレだからね?」


 今の今まで忘れていた、そんな顔をした鷹良に、星南は肩を竦める。


「で、わたしに一緒に来てほしいと?」

「話が早いな」

「いや、それこそハードル高いんだけども」


 妹は友だちを連れていきたいのであって、断じて姉を巻き込もうとは思っていないだろう。星南とて、妹の休日を邪魔しようなどと思っていない。


「光理は部活の男子とも仲良いでしょう? 何人か誘ってみんなで行けば良いのに」

「……部活の奴らには、オレが岩永の妹のことが好きだってことは言ってない」


 鷹良の純情さが、こういう時に垣間見える。容姿端麗でモテる彼だが、決して女遊びをしないタイプだろう。


(そういうところは、良いところだと思うんだけどね)


 肩を竦め、どうしようかとあごに指を当てた。

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