やってみないとわからないから
第17話 光理の決断
「ただいまー……」
ぼすん、とベッドに突っ伏すようにして倒れた。いろはが鞄から這い出してきて、ちょこんと星南の顔の傍に座る。
「おかえりなさい、星南様。お疲れ様でした」
「いろは、ありがと。うん、なんかとっても楽しかった。こんなに楽しかったの、久し振りかも」
「それはようございました。……それにしては、少しお疲れでしょうか」
少し躊躇した後、いろはは星南の頭を撫でた。柔らかな手の感触に、星南はしばし身をゆだねる。
目を閉じ、星南は眠気に耐えながらいろはに尋ねた。
「いろは、今日ずっと鞄の中でごめんね。窮屈だったでしょう?」
「ぬいぐるみになっていれば、なんということはありません。皆さんの様子を近くで見られて、懐かしさを覚えていました」
「そっか、よかった。……正直、自分たちが神様の生まれ変わりだなんて……今も、信じ切れてない……かな」
「神様と言われているのは現代であって、当時は豪族の娘や王家の王子だったのですから当然です。……もう、寝てしまいましたか?」
いろはが星南の顔を覗き込むと、星南は規則正しい寝息をたてて眠っていた。いろはは手を止め、じっとつぶらな瞳で主の顔を見つめる。
「やはり、今世も彼の人に惹かれているのですね。……前世で結ばれなかった縁を、今世でこそ結び付けることは出来るでしょうか」
ずっと星南と共に行動した青年、佐野森陽。彼の中に確かに存在する男の魂の気配を敏感に感じていたいろはは、切なげに目を伏せた。
いろは、と彼も呼んでくれた。姫様を頼む、と死の間際に笑って。若い頃の黒髪と、それに隠れた色素の薄い瞳が重なって泣いたことを覚えている。
「今度こそ、心から幸せに。星南様。……ぼくも、微力ながらお手伝い致します」
いろははもう一度星南の頭を撫でて、自身も彼女の傍に丸まって目を閉じた。
それから数時間して、階下が騒がしくなる。音で目覚めた星南は、誰かが階段を上って来る気配に気付いて慌てて上半身を起こした。次いで隣で眠っていたいろはを起こす。
「いろは、いろは」
「う……? おはようございます?」
「違う違う。誰かこっちに来るみたいだから、動かないでね」
「わかりました」
「ありが……はーい!」
トントントンとドアがノックされ、廊下から光理の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、ちょっと良い?」
「うん、いいよ。入りなよ」
星南が自らドアを開けると、目の前に出かけた服装のままの光理が立っていた。少し緊張した雰囲気の彼女を促し、星南は妹にクッションを譲る。
「お帰り、光理。楽しかった?」
「うん。思いの外、楽しかった。……それで、ね」
「うん」
光理の高揚した表情を見て、星南は彼女の話したい内容を何となく察した。しかしそれを言い当てることはせず、光理が口にするのを待った。
数分躊躇していた光理だが、満を持して真っ直ぐに星南の顔を見る。赤みのさした頬と喜びを浮かべた表情が印象に残る。
「……私、藤高先輩と付き合うことになった」
「そっか、おめでとう」
「もっと驚くかと思ったのに」
「藤高くんの圧しは強そうだったから、どっちが勝つかなとは思ってたんだ」
目を丸くする光理に、星南は淡く笑って応じた。勿論それも理由の一つだが、同時に過去世を考えると付き合うのは道理だという思いもある。妹には内緒だが。
光理は「ふぅん」と納得すると、近くにあった別のクッションを抱き締めて笑った。
「何か、最初はめっちゃアピールしてくるなこの人としか思ってなかったんだけどね。一日過ごしてみて、凄く真っ直ぐに私のこと思ってくれてるんだってわかったの。一旦素直に一緒に遊んでみようって思ったら、本当に楽しく過ごしてて!」
「うん」
「だから、帰り際に告白されてすぐにオーケーしちゃったんだ。自分でもちょっとびっくりした」
ふふ、と光理は笑うと立ち上がる。クッションを置いて、すっきりした顔で星南の部屋のドアのノブを掴んだ。
「お姉ちゃんも、早く彼氏作ればいいのに」
「わたしは……。藤高くんと続くことを願ってるよ、光理」
「まーた誤魔化す! 続くと思うよ、勘だけどね」
手を振って、光理は部屋を出て行った。足音が遠ざかるのを確認し、星南はふと呟く。
「彼氏、か」
憧れがないわけではない。そして、もし彼氏になってくれたらと思う相手が思い付かないということもないのだ。それでも躊躇うのは、拒否されることが怖いから。妹のように、一歩踏み出せないでいる。
「星南様」
「ごめん、いろは。放置してたね。もう動いても大丈夫だよ」
「はい」
動き出したいろはが、ベッドの上で立ち上がる。
「妹様は、藤高様とお付き合いすることになさったんですね」
「そうみたい。藤高くん、嬉しかっただろうな」
事ある毎に光理について尋ねてきた鷹良を思い出し、星南はふっと笑う。これで少しは大人しくなるだろうか。
お出かけ着から部屋着へと着替え、荷物も片付ける。
「……」
鞄から零れ落ちたのは、森林公園で帰り際に買った木の形のキーホルダーだ。温度によって木の葉の色が変わるというそれを、星南と陽は互いに買って交換していた。
星南は黙ってそれを手に取ると、机の上の小物入れへと仕舞い込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます