第4話 主の幸せを
星南の幸せの手伝いがしたい。そう言ったいろはの目はあまりにも真剣で、星南は言葉を失った。
「いろは……」
「なので、いついかなる時も貴女様の傍を離れません!」
「いや、それは無理では……?」
「何故!?」
「何故って……」
驚きに目を見開くいろはに、星南は自分が高校生であることを伝えた。更に学校にはペットを連れて行くことは出来ず、留守番してもらうしかないことを。
「それに、この家にペットはいないの。飼ったこともないし、あなたがわたしの部屋にいることがわかったら捨てられたり、保健所に連れて行かれたりするかもしれないよ」
「確かに、ボクがこの姿のままでいるのは難しそうですね。では、これならばどうですか?」
そう言うと、いろははその場で跳び上がるとくるんっと宙返りをした。着地と同時に煙にまかれ、気付けばいろはの姿はない。
「あれ、いろは?」
「ここです」
「ここって……え?」
いろはを探してキョロキョロと見回した星南は、ふと視線の位置を下げた。すると、先ほどまでいろはが座っていたクッションの上に何かが落ちている。それは薄茶色のうさぎのボールチェーン付きのぬいぐるみで、星南が見ていることに気付くと手を振りウインクまでした。
「どうです? こんな風にぬいぐるみを鞄につけることは、現代日本では当たり前で奇妙ではないでしょう?」
「何処で覚えたの、それ」
思わず突っ込みを入れた星南だったが、確かにこれならばうさぎを連れていても違和感はない。仕方ないな、と肩を竦める。
「わかった。でも、極力大人しくしていてよ? 生きているってバレたら叱られるし、そもそも喋ることがバレたら実験室なんかに連れて行かれちゃうから」
「ええ、それは勘弁ですから絶対にばれないように気を付けます」
ポンッという音と共に元の姿に戻り、いろはは神妙に頷く。そんなうさぎに、星南は「それから」ともう一つ注文を付けた。
「家でも、申し訳ないけど大人しくしていてね? お父さんやお母さん、
「わかりました、星南様」
「……あと、その『様』付けってどうにかならないかな? なんかこそばゆいというか、恥ずかしいというか」
現代日本の一般女子高生である星南にとって、様付けは馴染みが薄い。照れも感じて尋ねると、いろはは首を横に振った。
「それはどうにもなりません。星南様は、ボクの主なのですから」
「……わかった。わたしが慣れるように頑張る」
その時、丁度階下から星南を呼ぶ母親の声が聞こえてきた。夕食が出来たということらしい。
「わたし、下に行ってくるね。そういえば、いろははご飯食べるの? 人間のご飯だけど」
「あ……野菜の欠片など頂ければ。加工品も特に食べられないものはありません」
「わかった。じゃあ後で何か持ってくる。部屋の中をいじっても良いけど、大きな音はたてないでね?」
「はい。いってらっしゃいませ」
星南は自室のドアを閉じ、階段を降りて行く。おいしそうなにおいが漂ってきて、今更ながら空腹を感じた。
「――さて、岩長姫様には会えましたね」
一方、いろはは一人星南の部屋で目を閉じていた。星南に座って良いと言われたクッションは柔らかく、丸くなると体を包み込んでくれる。
いろはは丸まって目を閉じながらも、今後すべきことを考えていた。
(岩長姫様がこの時代に生まれ変わっておられるということは、妹君の
木花咲夜姫は岩長姫の妹で、神話においてはとんでもない美女と記されている。儚げで、彼女と添うと子孫は美しく繁栄すると言われた。
更に瓊瓊杵尊は、天照大神の孫でヤマトの王の祖となった人物だ。彼に嫁いだのが、岩長姫と木花咲夜姫の姉妹である。結局、受け入れられたのは妹だけであったが。
いろはにとって、二人は主を貶めた敵だ。彼らと星南との接触は極力避けたい。
苦々しさを思い出し、いろはの眉間に険が宿る。しかしふと、ある人物の存在を思い出して瞼を上げた。
「……彼は、どうなのでしょう? 岩長姫様に唯一最後まで仕えてくれた彼は」
神話には記されることのない、名も伝わらない従者の男。現代にも生き残ったいろはのみが、昔の彼の姿を覚えている。
「彼がいてくれれば、星南様の傍に……。今度こそ、本物の笑顔を見せて下さるでしょうか」
今世でも、星南はわずかに寂しそうに笑う。その表情を見る度、いろはの心はきゅっと握られるような感覚に陥る。幼い頃の岩長姫は、もっと無邪気に笑っていたのにと思わずにはいられない。
そこまで考えに耽り、いろはは「はっ」と我に返った。
「いかんいかん。岩長姫様に言われたではないか。……次の生を貰い受けたわたくしに出会ったら」
『もしも次の生を貰い受けたわたくしに出会ったら、それはわたくしではなく別のその人として接して下さい。きっと、わたくしではもうないのでしょうから。それでも良いというならば、共にいてくれませんか?』
亡くなる数日前、岩長姫がそう言った。美しい花々の咲き乱れる森の花畑で、いろは相手に彼女は寂しげに微笑んだ。
(星南様の幸せのために、いろはの出来ることがあるならば。それを全力で)
思いを胸に、いろははクッションに身を沈めた。
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