春の舞
第40話 少し気まずい
バレンタインデーの翌週最初の月曜日、星南は緊張の面持ちで高校の自分の席に座っていた。いつもより三十分は早く目が覚めてしまい、そわそわして早く家を出た。
学校ではまだ部活の朝練の時間で、教室には誰もいない。星南は一人、いろはを机の上に出していた。
「星南様、大丈夫ですか?」
「え? 何が?」
「金曜日から、様子がおかしいですよ? あんなことがあった後ですから、挙動不審になるのは仕方がありませんが」
いろはの言う、あんなこと。それが何かすぐにわかった星南は、顔を真っ赤にして慌てていろはの口を塞ぐ。
「お、思い出させないで」
「むぐっ」
「土日は気を抜いたら思い出しちゃうし、月曜日になって落ち着くかと思ったけど全然だし……。佐野森くんに会ったら、どうしたら良いの……」
土曜日に舞の稽古があったが、その時は舞に集中することが出来ていた。師匠の指導があり、光理も隣で一生懸命に取り組んでいる。だから自分もと舞うことが出来たが、休憩時間はぼんやりとしていることが多かったらしい。
金曜の夜の時点で、光理には告白したことなどを報告済みだった。彼女は遠くを見つめて物思いにふける姉に対し、時折ちょっかいをかけながら楽しんでいる節がある。稽古の合間も、星南を陽について質問攻めにしていた。
そんなこんなで土日を過ごしたが、その間に陽からメッセージが届いたのは一度だけだ。それは金曜日の夜、チョコレートケーキの例と共に「おやすみ」という言葉が贈られてきた。
しかしその後、一度も話をせずに月曜日を迎えている。
「こ、告白して、両想いってわかって……これは、付き合ってるってことになるのかな? 経験無いから、何もわからないよ……」
「むーっ」
「あ、ごめん! 塞いだままだったね」
「朝から百面相してるな、岩永」
「!?」
口を塞がれ苦しがったいろはから手を離した星南は、隣の席から聞こえて来た声に驚いた。振り返れば、いつもより早く来ている陽と目が合う。
陽は机の上に鞄を下ろし、席に着いたところだったらしい。別の生徒だった場合、星南は大きな独り言を言う変な奴認定された危険性があるが、陽ならば安心だ。
その証拠に、いろはが自ら挨拶をする。
「佐野森様、おはようございます」
「おはよう、いろは。岩永も」
「う、うん。……おはよ」
ぼそりと呟くような声量でしか、陽と話すことが出来ない。意識してしまって戸惑う星南だが、努めていつも通りに話そうと心掛ける。
「今日は、早いんだね? わたしもだけど」
「ああ。……き、金曜のことがあってから、色々そわそわとしているんだ。家にいるのも気まずくて、早く出て来たんだ」
「――っ、わたしと一緒!」
ぱっと顔を上げた星南は、陽が頬杖をついてこちらを見ていることに初めて気付いた。カッと顔を赤くすると、彼は微笑を浮かべた。
「よかった。……こっち向いたな」
「う……ずるい……」
「何がだよ」
「だって、今まであんな……甘くてくすぐったいこと、言ったことなかったのに」
わずかに陽から視線を外し、星南は訴える。
金曜日、陽は今まで見たことのないような表情を見せた。表情のみならず、声色も言葉も、星南の心臓を止めそうなものばかり。そう訴えると、今度は陽が真っ赤な顔をして目を逸らした。
「あれは……本心というか、なんというか」
おれも恥ずかしくて死にそうだったんだからな。そう逆ギレしているような言い方をしつつも、ただ照れて言い方がつっけんどんになっているだけだ。星南はそれがわかるから、少しだけ
だから、もう少しだけ勇気を出せる気がした。星南は胸に手をあて深呼吸して、陽に問いかける。
「あの、ね。佐野森くんがその……彼氏だって思って良いの?」
「ああ。おれも、そう思ってるから」
「……そっか」
「ああ……」
陽が頷くのを見て、星南はほっと胸を撫で下ろした。万が一「違う」などと言われてしまえば、立ち直ることは困難だ。
「よかった……」
「……。その気持ち、岩永自身のものだってわかってくれたか?」
陽が言うことは、星南が言った言葉が原因だ。陽を好きだと思う気持ちが、星南自身のものなのか、岩長姫の気持ちを引きずっているだけなのか。
正直な気持ちとしては、まだ二つが混ざっているような気がする。それを正直に話した上で、星南は「だからね」と言葉を続けた。
「舞の本番で、岩長姫に報告しようと思うの。巫女の舞は、神様に捧げるものだから。きっと、下手なわたしのこと、不安に思っていると思うし」
「……そうか」
舞の良し悪しについて、陽が断定することは出来ない。だから、星南の決意に頷くだけだ。
「舞を披露するのは、春休みだったよな」
「うん。あと数週間だよ。休みに入ったら、ほとんど毎日舞の稽古があるんだ。三月が本番だし、もうあまり時間は残されていないんだよね」
「そうか。……応援してる」
「ありがとう」
柔らかく星南が微笑んだ時、朝練に行っていた生徒や登校してきた生徒たちがわらわらと教室にやって来た。その声に紛れて陽が「またあとで」と呟き、走って入って来た爽子の声と丁度かぶった。
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