第33話 図書室の本
冬休みが終われば、春休みまでそれほど長い期間はない。学生たちの中には、残り少ない学年を惜しむ者も気にしない者もいる。
星南はといえば、前者だ。
「あと数ヶ月か……」
「セナ? どうかしたの」
「あ、柳くん」
休み時間、ぼうっとしていた星南の前にやって来たのはアルトだった。
転校初日こそ黒山の人だかりに見舞われたアルトだが、数週間経てば皆見慣れてくる。とはいえ、彼自身が見えて来て惹かれる女子は後を絶たない。今も教室の中で黄色い悲鳴が上がった。
その悲鳴に苦笑いしつつ、星南は目の前のアルトに視線を合わせる。
「あと数ヶ月でこの学年も終わりだから、ちょっと感傷的になってたんだ」
「終わってしまうのが寂しい?」
「そう、だね。この時期になると、なんとなく物悲しい気持ちになるかな」
「そうなんだね。オレにはよくわからないけど、セナが友だちを大事にしていることはわかる。外国から来たオレのこともすぐ受け入れてくれたし、ソウコは良い友だちを持ったね」
「買いかぶり過ぎだよ。でも、嬉しい。ありがとう」
星南がふっと笑みを浮かべると、アルトは目を細めた。そこへ何処かに行っていた陽が教室に帰って来て、それを見付けたアルトが手を振る。
「ハル!」
「……柳。岩永もいたのか」
「佐野森くん、お帰り。図書室?」
「ああ」
陽はアルトを見て嫌そうにしていたが、星南には対しては若干声質を変えた。聞く人が聞けばわかるかもしれない、の手もという程度の変化だが。
陽の手もとには、図書室で借りてきたらしい文庫本が二冊あった。外側にあった本の題名を見て、星南は内心「あ」と呟く。そこに書かれていたのは、『日本神話』の文字から始まるタイトル。
本のタイトルを読んだだけでも、何故陽がそれを選んだのかがわかる。
(結局、ずっと夢のことも前世のこともゆっくり話せないままだ。早めに……出来ればバレンタインまでに話したいな)
何故バレンタインまでかと言えば、その日に告白するつもりだからに他ならない。もしも振られてしまったら、その後前世について話せる気がしないのだ。
「おや、ハルは歴史の本を借りて来たの?」
アルトも気付いたのか、手を差し出して見せてくれとせがむ。それを拒否することなく、陽は本を「ほら」と手渡した。
アルトは転校してきてから、なにかと陽に絡んでいる。最初は鬱陶しそうにしていた陽も、時間が経つにつれてアルトを邪険にしなくなってきた。今も淡々と嫌そうな顔をせずに応対している。
「日本の歴史というか、神話の話だ。論文みたいなものだから、興味がなければ退屈だと思うぞ」
「興味がない、ということはないよ。母の祖国の神話で、オレの半分は日本人なんだから。それに……」
「それに?」
星南が尋ねると、アルトはクスッと笑って人差し指を自分の唇の前に持って行った。
「秘密」
「何だよそれ?」
「地味に気になるんだけど……」
「ふふっ」
星南と陽は文句を言ったが、アルトは決してそれ以上語ろうとはしない。にこにこと微笑むと、くるりと二人に背を向けた。
「そうだ。職員室に来るようにと先生に呼ばれていたんだった。五限までには戻るよ」
「あっ……行っちゃった」
「なんか、ごまかされた気がするが……まあ、良いか」
言わないことを無理矢理聞き出すのも良くない。陽はそう結論付け、自分の席に座った。
丁度、周囲には誰もいない。教室内にはクラスメイトがいるが、適当に距離があってお互い何を話しているかまではわからないはずだ。
(今がチャンスかな?)
今ならば、そう思った星南は自分の席に座ると陽の方へ体を向けた。そして、本を開く直前の彼に「あのね」と話しかける。
「覚えてるかわかんないんだけど……クリスマスの時のこと」
「夢の話だろ、俺が見た」
忘れるわけないだろ。陽はそう言うと、ふっと口元を緩ませた。
「初詣の時は、柳に引っ搔き回されてゆっくり話すどころじゃなかったからな。……あいつとも、ちゃんと話してみたいし」
陽の言う「あいつ」とは、星南の通学鞄にくっついているぬいぐるみ、もというさぎのいろはのことだ。星南もそれがわかるから、うんと頷く。
「それは、あの子も言ってた。だから……次の土曜日に時間ある、かな。土曜日、家に誰もいないから。光理は部活の後藤高くんとデートだし」
「……勘違いするから、その言い方」
「え? あ、ご、ごめんなさい……?」
ため息をつきながら、陽が机に突っ伏す。何故叱られたのかわからないまま、星南も謝るしかない。少し、互いに何を言うべきかわからない時が流れた。
しかし、それも五分もせずに終わる。突っ伏したままの陽が、ぼそりと呟いた。
「――良いよ、行く」
「ほ、ほんと?」
「ああ。その代わり、あいつと一緒ならな。二人きりは……色々問題がある」
「わ、わかった。じゃあ、また連絡する」
「ああ」
星南のことを真っ直ぐ見返すことなく、陽は突っ伏したまま少し顔を上にあげて頷いた。彼の耳が赤く染まっている気がしたが、星南も心臓がどきどきとしていたために気付かない。
(ダメ、勘違いしたらダメ。これは、前世の打ち明け話をするための機会だから)
浮ついた気持ちではなく、真剣に話をしなくてはならない。改めてそう思い直した時、丁度教室に戻って来た爽子がこちらへやって来た。
爽子と話しながら、星南はちらりと隣の席を見る。陽はいつの間にか姿勢を戻し、同じく戻って来たアルトと借りて来た本の内容について喋っているようだった。
その日の夜、星南は陽に土曜日のことをメッセージで相談した。翌日は舞の稽古があるため、夕方には解散することと集合時間と場所を決めた。
「『じゃあ、また明日ね』……はぁ、どうしよう」
自分で言い出したことながら、星南は緊張を抑え切れる気化しない。
そのまま時間は過ぎ、土曜日の朝となった。
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