第25話 出禁の男 1

「ふう……よし、掃除終わり、と」


 日課の掃除を終えてひと息つく。

 今では初日の作業量を7割ほどの時間で済ませられるようになって、地味に成長を実感している。雑用だけど。


 それはさておき、影乃さんを送り出して数日が経った。

 その間、会社的にも僕的にも特筆なにか起きたということもなく、おかげさまで依頼人も来ていない、言ってしまえば暇である。


 ただ、あの日からメイさんがまだ帰ってこないのは気がかりだった。

 影乃さんの依り代を抱えて飛び去る後姿が妙に心に澱を残しているというか、ビジュアルが忘れられないと言うか。

 単にまた迷って帰ってこられないだけならいいのだけど……。


「湊徒君、ちょっといいかい」


 そんなことを考えながらぼんやりとしていると、社長から声をかけられた。


「あ、社長……おはようございます」


 軽く挨拶を済ませて、僕たちはオフィスのデスクまで共に行き、社長は椅子に腰かける。


「メイ君の『お守り』の様子はどうだい?」


 『お守り』というのは、以前僕が自分用に会社に忍ばせておいたGPSタグのことだ。

 外出の度に下手をすると半年近く帰らないメイさんを見つけるのに役立つと考え、社長がこれを僕から預かりマスコットに仕立てて彼女にプレゼントしたのだ。


「はい……あ、意外と近いですね……」


 僕は社長に言われて早速スマホで『お守り』の位置情報を確認する。

 すると、ポインタはここから車で1時間かからないくらいの距離で点滅していた。


「ふむ、それじゃ迎えに行ってくれるかい?

このまま待っていても良いが、そろそろ忙しくなるかもしれない」


「はい、あ、え?」


「いや、ただの勘さ」


「そうですか……あと」


「メイ君のことだったら、そうだな……優しくしてやってくれたまえ」


「えぇ……なんですかそれ」


「影乃君とのことを気にしているんだろう?

心配いらないさ、彼女は強い」


「……わかりました。

どうせ暇なんで、すぐ行ってきますね」


 聞こうとしていたことを全て先回りされ、ちょっと不貞腐れ気味に部屋を出る。

 なんか変なゲームでもしていた気分だけど、僕も社長とツーカーになってきたのかもとポジティブに考え直した。


 それから手早く朝食を済ませると、社屋を出てガレージへ。

 錆びついたシャッターを開け、奥に鎮座する軽トラを確認する。


 影乃さんの一件から、こいつを運転するのは初めてだ。

 あの時……転生モードが発動しなかった理由はいまだにわかっていない。

 理子さんに聞いても、たまたまだとはぐらかされるばかりで相変わらず僕は蚊帳の外だ。


「お前と話でもできたらいいのにな、こふぃ~ちゃん」


 そんな事をつぶやきながらシートに腰かけてキーを回すと、軽トラはいつもの甲高いエンジン音を吹かせる。


「さて、じゃあ行きますか」


 いつものようにスマホをナビ代わりにダッシュボードに立てたら準備完了、アクセルを軽快に踏んだ。


 社屋を出ると国道を西へ。

 タグが示す座標は道路沿いではなくおそらく山中だ。

 行けるところまで車で移動して、最後は徒歩での捜索を覚悟した。

 山道へ入れそうな横道を見つけハンドルを切る。

 舗装されていない道は想像以上の悪路で、軽い車体が太鼓の上の水滴の如しだ。


「うっ……がっ、この道っ……最、悪っ……!」


 今にも天井に頭をぶつけそうになりながら無理やり進むが、もしぬかるみにでもタイヤが嵌まって抜け出せなくなったらそれこそ一大事なので、仕方なくここで一旦車を停め残りは歩くことにした。

 徒歩での捜索までは覚悟していたが、予測より早い降車で覚悟レベルを靴擦れまでアップデートせざるを得ない。


「うーん、だいたいこの辺かなあ……そういや初めて会社に辿り着いた時もこんな感じだったっけ。

あの時は理子さんに拾ってもらったけど、今度は僕が拾う役になるなんて想像もしてなかったな」


 スマホ片手に何も無い山林を彷徨い歩く。

 帰り道だけは見失わないように、ところどころで枝を折りながら用心深く進んでいく。


「わあ……!」


 すると目の前の景色が突然開けて、そこには透き通った湖が姿を現した。

 外周500メートルほどの小さなものなので、地図アプリには載っていない所謂秘境的な湖だろう。


「せっかくだからちょっとここで休憩しようかな。

缶コーヒーでも買っておけばよかった」


 畔の芝生に腰かけ草の匂いを嗅ぐ。

 湖面を涼やかな風が通り抜けてとても爽やかだ。


 改めてスマホで位置情報を確認する。

 ポインタの位置は……あれ? 重なって──


「オイ」


 聞いたことのある声、そして感じるデジャヴ。


「これはこれは。ご機嫌麗しゅう」


 おずおず振り返れば、そこには目的の人物が翼をはためかせて中空から僕を睨みつけていた。


「お前、ウチに発信機仕込んだカ?」


「まさかまさか、そんな大それた真似できるわけないでしょ」


 相変わらず僕を見る目が恐ろしいメイさん。

 女の子くらい優しくしてくれたっていいのよ。


「どうもおかしいと思ったヨ、まえミヨと飛んだ時もすぐに追いついてきたダロ」


「いやあ、偶然ですよ、はは……」


 さすがに敬愛する社長の細工とは言えず、僕はただ苦笑いで誤魔化すだけだ。


「いい場所ですね……心が落ち着くと言うか、安らかな気持ちになります」


「そうだろ、レイコはここに眠らせた」


 僕はただ話を逸らす目的で話題を振ったのだけど、メイさんはお気に入りの場所を褒められて少し上機嫌になったのか、珍しく自ら口を開いてくれた。


「ここはウチが昔いたところに少し似ているヨ。

だから、いいと思った」


「昔……。

メイさんは理子さんや社長と同じ世界から来たんですよね?」


 これまでの経緯で会社の人たちは異世界から何かしらの理由で転生、もしくは転移してきていることは間違いない。


「以前、社長、というか魔王の側近だったって」


「ウチを詮索するな」


 矢継ぎ早に質問したところでメイさんに釘を刺されてしまい、焦って知ろうとした自分を反省する。


「イヴ様は……ウチがお仕えした魔王様であって、魔王様ではないヨ」


「え?」


「魔王様は自分を滅ぼした人間に乗り移って……イヴ様に転生した、いや……デカチチに転生させられた。

デカチチ、魔王様を殺しに来た人間の一味だったヨ」


 転生魔法を作り上げたのは理子さんだと聞いた時に動機が分からなかったけど、もしかして仲間を救う為だった……?

 少しずつだけど会社の人たちの関係性が見えてきた、気がする。

 でも……。


「ああそうそう、その社長が呼んでるんで僕が捜しに来たんですよ」


 知りたいのは山々なんだけど、それ以上にこれ以上聞いてはいけない、踏みこんじゃいけないような気がして、強引に話を打ち切ってしまった。


「ハッ……!?

ウチとしたことが喋り過ぎた、湊徒の本性はとんだタラシだったヨ。

あぶないあぶない」


「なんでですか、じゃ帰りますよ。

あ、そうだ途中スーパー寄って夕飯の材料買って帰ろうと思ってるんですけど、リクエストあります?」


 僕は少し重苦しい空気を変えるべく話題を振りつつ、踵を返し湖を後にする。

 メイさんは一旦湖を振り返ったあと、僕についてきた。

 きっとこの場所には定期的に足を運ぶことになるだろう。


「肉」


「……安いのでお願いしますね」


「黙れ」

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