4 僕のやりたいこと

 僕の父さんは島では少しばかり名の通った漁師だった。

 まだ夜も明けきらない早朝に漁に出ると、僕が目を醒ます頃には僕の背丈を優に超えるカジキマグロを数匹釣りあげて帰ってくる。


 僕が漁港を歩くだけでみんなが声をかけてくれて、それが妙に誇らしくて嬉しかった。


 そんな父さんはある日、いつものように早朝漁に出て。

 そのまま船ごと忽然と姿を消した。


 警察と共に僕らも必死になって捜したが、やがて一年が経ち二年が経ち、十年が経った。

 そして捜索打ち切りを告げられた日、僕は島を出たんだ。


 

「!!はっ……!?」


 見覚えのある天井。

……そうか、僕は軽トラに衝突して……。


「じゃあここ、異世界……? には見えないけど」


「湊徒君っ!」


「あ……狂咲さん」


 体を起こすと狂咲が心配そうに身を屈める。

 その後ろには理子がいる。


「三崎さんは……?」


「安心してくれ、彼女は無事旅立ったよ」


「そうですか……あ、それ」


 こちらの様子を覗き込む狂咲の手には、手のひらに乗るほどの大きさの結晶があった。


「もしかして、三崎さんの」


「ああ、とても上等なリビアンクォーツだ」


「尻子玉」


「湊徒君まで……」


 こめかみを押さえる狂咲を見て僕が少し笑うと、場の空気が若干和む。


「ところで……君は血縁者に転移者がいるね」


 狂咲は静かに立ち上がると、少し言いにくそうに尋ねて来た。

 僕のプライベートな部分に配慮してくれているんだろう。


「やっぱり……そうだったんですね。確証はありませんでしたけど」


 僕は行方不明になった父親のことを包み隠さず狂咲に話した。


 もしかしたら、僕がここではない別の世界へ行きたいと願ったのも無意識に父さんは異世界へ行ってしまったんじゃないかと感じていたからかもしれない。


 狂咲は話を聞き終えるまでずっと何か思いつめた表情で、僕が話し終えるのを待ってくれた。

そして僕の話が終わるとようやく口を開く1。


「我々の業界では現状の魂を持ったまま異世界へ行った人のことを『スキッパー』と呼んで明確に分けている。それは、スキッパーが血縁又は近親者にいるとその人の存在はスキッパーを通して在り続けてしまうから、リンカーにはなれないからなんだ」


「……つまり僕は異世界へは行けないってことですね」


 せっかくここまで来たのに、まさかこんなことがあるなんて。

 いきなり異世界への希望は潰えてしまい、天国から地獄へ突き落される。


「湊徒君……例外的だが、方法ならまだ残されている」


「本当ですか!?」


 がっくりと頭を垂れる僕に同情したのか、狂咲は残された可能性について教えてくれた。


 それは僕もスキッパーとなること。

 スキッパーになるということは、僕は向湊徒として異世界へ行くということだ。

しかも、行ける世界は父さんの迷い込んだ世界ただひとつ、という制約付きで。


「但し、君の父上がどこの世界へ行ってしまったかは私たちでも調べる術がないんだ」


「それじゃ実質……不可能ってことでは」


 そんな希望だけ持たされても、結局残酷なだけじゃないか。

 不貞腐れる僕の肩を叩いて狂咲が続ける。


「まあ聞きたまえ、我々が異世界の扉を開いた時、既に先達リンカーがいた場合は手続き上の重複転生を避けるため、警告が出るようなシステムになっているんだよ」


「じゃあ……根気よく異世界の扉を開けていけば、いずれは父さんのいる世界に繋がるかもしれないと?」


「その通りだ。確率は決して高くはないがね。そこで提案があるのだが、向湊徒君」


「? はい?」


 狂咲は軽く咳ばらいをすると、ジャケットの襟を正して畏まる。


「君のお父上の世界が見つかるまで、ここで住み込みで働いてみないか?」


「…………はい?」


 確かに僕は行くところも働く場所もないし、一緒に働きながら父さんの行った先を探すのが最も効率がいい。

 しかし僕に一体何が手伝えるというのだろう。


「湊徒さまは普通運転免許を持っているので、リコたちができなかったこふぃ~ちゃんの運転をしてもらえます。それから簿記2級、提灯ライター」


「社 会 派ライター、間違えないでくださいっ!」


 まるで僕の今の心境を読んだかのように理子が口をはさむ。

 パイコメトリーで僕のできそうなことは確認済みという訳か。


「恥ずかしながら従業員は今私と理子君しかいなくてね。事情があってひとり欠けてしまって、人手が足りないんだ」


「正直行くとこ無かったんで渡りに船です。僕が何かお役に立てるんでしたら、宜しくお願いします」


 断る理由もなく僕は即決で了承した。


「そうか助かるよ。では湊徒君は本日付で、我が社の庶務として従事してもらおう」


「はい、よろしくおねがいします!」


「ふっ、庶務ですか……よろぴく湊徒」


「いきなり呼び捨て!?」


「当然です。もう湊徒はお客様ではなくリコの部下で後輩なのですから」


 なぜかブイサインの指をちょきちょき動かしながら無表情で暗く笑う理子……さんが怖い。


「理子君、お手柔らかに頼むよ」


「らじゃー。ふっふっふ……覚えてもらうことがたくさんありますからね、リコたちのためにがんばって尻子玉集めて異世界ガチャを回してください」


「だからリビアンクォーツと言いたまえ……コホン、では湊徒君、改めてよろしく頼むよ」


「はい、よろしくおねがいします!」


 なんだか予想もしなかった展開だけど、今は楽しみでワクワクしている。

 これから僕を待ち受ける運命は、一体どんなものなんだろう。



 僕の異世界転生はまだ始まったばかりだ。

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