3-2
運転し始めて2時間ほど経った頃には、景色はがらりと様変わりしていた。
立ち並ぶ高層ビル群に車の数も段違いに増えてきて、都会の喧騒が懐かしく感じられる。
「もう都内に入りましたよ。やっぱ都会はいいですねえ」
「そうですか? リコは自然が多い方が過ごしやすいですが」
「利便性がダンチですよ。会社の周りなんてコンビニすらないじゃないですか。こないだなんて僕ボールペン探して数キロ歩きましたよ」
「信号左です」
「え? あ、はいはい。……あの聞いてくれてます?」
僕は離島の生まれだったせいか、繁華街だとか都会に憧れがある。
ライターになったのも、取材で歌舞伎町に行ってホストやキャバ嬢と話したいという極めて俗な欲求からだった。
更に車を進めて、今僕たちは都心の中枢を走行している。
首を振れば国内最大手の新聞社やスマホキャリアの自社ビルが見え、その先は省庁が立ち並ぶエリアだ。
そんな場所に転生推進協会なる怪しい事務所があったら少しは話題になりそうなものだけど。
「こふぃ~ちゃんはこの辺で停めて、歩きますよ」
理子さんの指示に従い僕は近くのコインパーキングを探す。
なるべく安いところを探し回ったがこの辺りはどこも高く、妥協せざるを得ない。
仕方ないかと半ば諦め気味に一番マシな場所へ駐車させ、車を降りた。
「あ、ちょっと待ってください」
長時間運転から解放されて背伸びもしていないうちから、理子さんはさっさと歩いて行ってしまう。
彼女の後を慌てて追いつつ、自動精算機とその周囲にスマホをかざした。
「なんで撮影してるんですか?」
「特にこの辺はパーキングが多いので、戻ってこられなくなった時の為に店舗情報を撮っておく、取材していた時に覚えた知恵です」
こめかみのあたりを指で突く真似をしながら自慢げに説明するが、理子さんは感心無さそうに再び歩き出す。
「待ってくださいよ、なんか怒ってます?」
というより今日の理子さんはどこか強張っている。
無表情なのは変わりないが何か思いつめているというか、それとも緊張しているのか。
なんにせよ普段の彼女とは少し雰囲気が違って見えていた。
「ここから地下へ降りますよ」
そう言って理子さんは地下街の入口へ階段を下りていく。
そこは所謂デパ地下のような食料品売り場だった。
「菓子折りでも買っていくのかな?」
僕の疑問を他所に理子さんは脇目も振らずに歩いて行く。
やがて商店街を抜けると、やや閑散としたフロアに着いた。
「理子さん、まだ遠いんですか?」
「もうビルの敷地には入りましたよ。建物へはあそこから入ります」
理子さんは前方を指さし、その先にはガラス製の大きな手動扉があった。
そしてさらにその先には自動改札のようなゲートが複数と、そのそれぞれにガードマンがひとりずつ。
「ああ、地上部分は商業施設で、ここからエレベーターで高層階へ上がるんですね」
都心の一等地のオフィスにはよくある形式だが、それだけに協会なる団体の規模は如何なるものなのかと不気味に感じた。
先を歩く理子さんが何食わぬ顔でゲートを通過し、当然のように僕も付いて行く。
「失礼、アポイントはおありですか? あと社員証か身分証の提示を──」
ところが僕だけ行く手を遮られてしまう。
「あ、えーと……」
「彼はリコの同行者です。汚い手で触れたらわかっていますね?」
「ファ!? これはとんだご無礼を! どうぞお通り下さい」
理子さんが振り向いて静かに、しかし怒気まじりにそう言うと、ガードマンたちは慌てて僕から離れ敬礼をした。
彼らの恐縮にも驚いたが、それよりもずっと今日の理子さんに驚いている。
「あ、あのすいません……」
「湊徒は今日が初めてですから、仕方ありません。エレベーターに乗ったら説明します」
理子さんは振り向きもせず冷ややかにそう言った。
普段のつかみどころのない彼女とは本当に別人だ。
少し歩くと、それぞれ行き先階層の別れたエレベーターホールが現れた。
全部で八基もあるところを見ると、このビルは五~六十階はありそうだ。
理子さんはそのうち一番奥のパネルを押す。
するとすぐに到着チャイム音と共に扉が開いた。
まるで僕らを乗せるために動かず待っていたかのようだ。
「湊徒、見ていてください」
「あ、はい……あっ!」
ボックスの中に入ると理子さんは何か呪文のようなものを唱えた。
すると、ずらりと縦に並んだ停止階のボタンが真ん中あたりから上下にひとつずつずれて新しいボタンが出現したではないか。
「三十九階と四十階の……間?」
「魔物が作り出した異空間です。入り口の解除を行わないと入ることはできません」
こんな都心のど真ん中にどうやって、と思ったけど……こうして彼らは結界の中にオフィスを構えてるという訳か……うん?
「今、魔物って言いました?」
僕が確認すると理子さんは出現したボタンを押して僕に正対する。
僕は彼女の目を見た瞬間、背中に冷たい鉄パイプが入ったような錯覚を覚えた。
「『協会』の職員の殆どは人間に化けた魔物です。
入口の警備員はゴブリンで、理事長は
「さっきの? 普通の人間に見えましたよ? 僕、メイさんの羽とか見えるから特別なんですよね?」
「化けている、と言ったでしょう。リコにだってアレは人のカタチに見えていますよ……『匂い』までは誤魔化せませんが」
そう言った理子さんから憎悪に似た雰囲気を感じ取る同時に、僕はここまで理子さんが魔物に対し明確な敵対意識を持っていることに気が付いていなかった。
とは言え社長やメイさんも魔物だ……いったい理子さんや社長たちはどんな関係なのだろうか。
「理子さんは……人間、なんですか……それとも──」
「着きましたよ」
おずおずと尋ねてみるが、ちょうどエレベーターが停止したこともあって彼女の返事はなかった。
どちらにせよ、彼らは僕たちとは違う世界の住人であることは間違いない。
多少のタイムラグがあり、音もなく扉がゆっくりスライドしながら開いていく。
この扉の先に一歩踏み出せばそこは実質異世界という訳だが、見た限りどこにでもあるビルのフロアと変わりはなかった。
魔物の団体なんて言うから、もっとおどろおどろしい景色かと思ったけど、そんなことはない。
僕は理子さんに続いてエレベーターを降りる。……うん、普通のカーペットだ。
「ぷ。落とし穴なんてありませんよ」
「あいや、そういう意味じゃ……はは」
僕が床を確かめるように地団駄を踏んだのが可笑しかったのか、理子さんが意図せず吹き出す。
些細なことだったが、なんだか安心したのか僕にも笑いが漏れた。
エレベーターホールを出るとベンチや自販機が並ぶ共有スペースのようになっており、その先に受付カウンターが見える。
理子さんはまっすぐそちらへ歩いて行くと、制服姿の女性が立ちあがって迎えてくれた。
「有限会社エクソダスの方ですね。お持ちしておりました」
受付の女性は僕らに会釈をすると、内線で到着を伝える。
「少々お待ちください。理事長が参りますので」
「理事長直々にお出迎えですか」
「リコたちは特別な客なんですよ」
「へえ……」
理事長、確かトロールだって言ったっけ。
トロールって言ったら巨人族だよな。
「おお……」
そんなことを考えていたら、奥から男性が二人やってきた。
一人は背丈二メートルはあるラグビー体型をした髭の大男で、きっと彼が理事長だろう。
そしてもう一人は小柄で丸々と太ったメガネだ。
「これはこれは城前様。ようこそいらっしゃいました。
こちらの方は──」
「あ、向湊徒と言います。まだ入ったばかりで名刺とかなくて」
「構いませんよ、よろしくお願いします。
私は当『日本転生推進協会』理事長の『
「どうもご丁寧に……」
蕩山と名乗る理事長は大きな体を縮めて小さな名刺を両手で突き出してくる。
僕はそれを両手で受け取った。
「私は
次いで隣の太った男性も同じように名刺を渡してきた。
僕はそれを両手で受け取ると、名前を読み上げた。
「おく、オーク……ですね」
太った見た目にこの名前、間違いないだろう。
「あ、私はただのデブの人間です」
「どうやら私どものことご存じのようですな、がはは」
蕩山理事長が笑うと奥川さんも額の汗をハンカチで拭いながら一緒に笑う。
心配とは裏腹に和やかに見えたスタートだった。
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