3章:(一社)日本転生推進協会
3-1
「おはようございます」
僕がオフィスのドアを開けると既に社長がデスクに着いていた。
普段ならまだ僕ひとりでオフィスの掃除をしている時間なのだが、今日社長の始業が早いのには理由がある。
「湊徒君、まさかその格好で行くつもりかい?」
顔を傾けてモニター越しに僕を見た社長は目を丸くする。
僕は改めて自分の身だしなみを見返した。
デニムパンツに少々くたびれたボタンダウンのシャツという、まごうことなき普段着だ。
「あ、もしかしてだめですか? でも僕、フォーマル持ってませんよ」
「フォーマルとは言わずとも、せめてスーツにネクタイくらいはしないとダメだよ」
社長はため息まじりに僕に近づくと、パチンと指を鳴らした。
「おお!」
急いで鏡を確認しに行く。
たちまち僕は一端のビジネスマンに早変わり。
だけど、ぴっちり七三に分けられた髪型は余計だ。
「今回は特別だが、今後のことも考えて安いのでいいので揃えておくように。いいね」
「は~い」
社長は髪型に不満げな僕を無視して自分の席へ戻っていく。
「おはようございます」
すると続いて理子さんがオフィスへ入ってきたが、社長は彼女の方を振り返らずに指示する。
「君も、その品のないシャツは替えていくように」
理子さんも普段と同じ格好をしており、そのバストには谷間を強調する大きな穴が開けられている。
「ぶー。オシャレ差別はんた~い」
社長に咎められた理子さんもまた不満げにすぐに踵を返してオフィスを出て行った。
というか、谷間もろだしはオシャレなの?
──遡ること一日──。
「はい、はい……よろしくおねがいします、失礼します」
「湊徒君」
「あ、はい……なんでしょう」
社長は電話の受話器を置くと、僕を自分のデスクに呼んだ。
「『協会』の件だが、明日先方のアポが取れたから理子君と同行するように」
「えっと……なんでしたっけ」
僕が首をかしげると社長は仕方ないな、といった表情で続ける。
「以前、君も一度『協会』に顔を出してもらうと言っただろう」
「ああ……そういえば。尻──り」
「リビアンクォーツの話をしていた時でしたね……はは」
社長の眼力に気圧され慌てて言葉を訂正する。あぶないあぶない。
それにしても『協会』ねえ……いったいどんなところなんだろう。
「理子君」
社長が理子さんを呼ぶと、彼女は短く返事をして部屋を出ていく。
そして、中型のアタッシュケースを手に提げて戻ってきた。
「ご用意しました。直近転生させた八名分の尻子玉です」
「…………見せてあげて」
社長は苦々しく顔を歪め理子さんに指示をする。
僕もあのメンタルを見習いたい。
「これは……!」
理子さんがアタッシュケースを開くと、野球ボールサイズの輝かしい結晶が並んでいる。
中にはソフトボールくらい大きな物もあり、手触りはつるんとしていたりゴツゴツしていたりと様々だが、そのどれもが中心がぬらぬらと揺らめくように光っていた。
見た目は美しい宝石でも、このひとつひとつが一真君やMIYAちゃんの存在の証だということは忘れてはいけない。
彼らはどこかの異世界に生まれ変わっていても、魂の一片はここにいるのだ。
「これを理子君が協会へ納品しに行くから、君も送りついでに挨拶してきたまえ」
「えっ、渡しちゃうんですか!?」
「うむ、ここから私たちの取り分の魔力を抜いて、残りは協会に買い取ってもらうんだよ」
唇をぐっと噛む。
正直なところ、一真君やMIYAちゃんを売り渡すようで気は進まない。
しかしこれからも顧客を扱う以上、避けては通れない道だということも理解している。
社長たちもこの世界の金銭は必要だろうし、僕の給料も日々の食費、諸経費だってここから賄われているのだ。
「『彼ら』のことを思っているのかい?」
「ええ、まあ……」
黙りこくったまま俯く僕の心を社長はいとも容易く見抜いてくる。
単に僕がわかり易いだけかもしれないが。
「それならこう考えるのはどうだい? 私が魔力として取り込んだ彼らの一部は、これからは私の一部となってずっと共に生きていられる、ここにね」
社長はそう言って自分の胸に手を当てた。
「ふっ、少しロマンチスト過ぎたかな?」
「あいえ、そんなことは……でもおかげで少し楽になりました。気を遣っていただいてありがとうございます」
「うむ、それでは明日よろしく頼むよ。出発時間は理子君と相談してくれ」
■□■□
それで僕は理子さんに出発時間を聞いたら場所が都内らしく思いの外早朝で。
こうして日課になった朝清掃をする暇もなく出発の支度に追われているという訳だ。
今度はしっかり胸ボタンが留めてあるパンツスーツに着替え直した理子さんが合流すると、眠気覚ましに濃い目のコーヒーを胃に流し込んだ。
「では、行って参ります。社の留守をお願いします」
「行ってきますね」
「理事長に会ったらよろしくお伝えしてくれ」
そして僕たちは一緒にオフィスを出ると、駐車場に止めてあるポーター『
カードなしの軽トラは高速には乗れないので、下道をえっちら行く長旅だ。
何か音楽でもないと気まずいと思い、ナビ代わりに設置してあるスマホのプレイリストを弄る。
「湊徒は運転長いのですか?」
走り始めると理子さんの方から話しかけてくれた。
珍しいことだったので、なんだかちょっと嬉しい。
「お恥ずかしながら、マニュアル車はこいつが初めてです」
指さす代わりにハンドルをポンポンと叩く。
「父さんが居なくなってから漁港の手伝いの為にマニュアルで取ったんですけど、運転する機会はなくて。車自体も取材でレンタカー使うくらいですね」
「そうですか」
「別にシートベルト確認しなくたって大丈夫ですってば!」
ちらりと彼女を一瞥する。
たすきに渡したシートベルトが彼女の大きなバストをより強調させていた。
「いかんいかん」
自分を嗜めるように頬を数回叩いた。
「眠いんですか? こふぃ~ちゃんぶつけたら承知しませんよ」
「はいすいません! 死んでもぶつけません!」
僕はこれで実際に人を轢いているんだ。
リアルに事故ってたまるものかとハンドルを握る手につい力が入った。
🚙 🚙 🚙
その後はしばし沈黙が続く。
「……そういえば、その協会ってどういう団体なんです?」
僕は協会としか聞かされていないので、詳しいことは何もわからないままだ。
要らぬ失言で粗相をしても困るから、この機会に色々聞いておかないと。
「正式名称は『一般社団法人日本転生推進協会』です」
「一社!? マジですか!」
驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。
そんな僕に理子さんは関心も示さずに淡々と続ける。
「一応表向きにはきちんと国に届けている組織ですよ」
「驚いた……」
「念のためですが、弊社もちゃんと法律上の会社ですから」
「更に驚いた……」
「だから湊徒の給料は税金が引かれています。くすくす」
「そんなあ」
まあそれはさておき、僕の想像以上に転生事業はビジネスとしてこの世界に定着しているのかもしれないと、言葉にできないような畏怖を覚える。
「……それで、僕たちからその、納品されたリビアンクォーツを何に使っているんですか?」
僕が少し突っ込んだ質問をすると、理子さんは一転少し黙った後、静かに口を開く。
「詳しくは向こうの人に聞いて下さい」
「そうですか……」
軽くため息をひとつ。
僕はまだまだ信用されていないのかとアクセルを少し強めに踏むと、エンジンが甲高い唸り声を上げた。
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