第14話 カエル化女子の悩み 6

──翌朝。


 私はけたたましく騒ぎ続けるスマホの振動で目が醒めた。


「熱っ……!

どれだけ震えてたの!?」


 指先でつまむように持ち上げて発信先を確認する。

 見るまでもなくマネージャーだ。


「今日の収録、生放送だもん、そりゃ焦るよねぇ」


 故意に切るのもなんか気が引けるし、どうしたものか持て余した結果、枕の下へ放り込んだ。


「未練、あるんじゃないのカ?」


「メイさん……」


 その声に振り返ると、先に目を醒ましていたメイさんがベッドに腰かけ頬杖をついて私を観察していた。


「これから会場、行ってみようカ?」


「見つかったらどうするんですか!?」


 今日は公開収録なので、会場には私のファンも含め観客がたくさんいるはずだ。

 慌てて断る私にメイさんは落ち着いた様子で答える。


「認識阻害魔法をかければ、人間にミヨは見えないヨ。

ウチの羽が見えないのと似たようなものネ」


「……絶対見つかりませんか」


「保証するヨ。万一バレてもまた空から逃げればいいネ」


 メイさんに何の意図があるのかよくわからないけど、なんとなく様子も気になるし行ってみようかな。


「そうまで言うなら……いいですよ」


「決まり。じゃ支度支度」


 そう言うとメイさんはパタパタと部屋を出ていくと、すぐ引き返してきた。


「ミヨ、シャワー一緒シヨ♪」


「おひとりでそうぞ」


「チェ~ッ」


 それから私たちは、各々準備を済ませてロビーでチェックアウトの手続きをする。

 時計を確認すると、これから出発しても本番開始時刻にはまだ余裕があったので、道中適当なところで食事を済ませることにした。


 メイさんはスマホを取り出し向さんをまるで下僕の如く一言で呼びつけると、礼も言わず車に乗り込んだ。

 車内には缶コーヒーとコンビニ弁当の空容器があったので、きっと昨日は車中泊したのだろう……私たちとの差に少し申し訳なくなった。


 こうして私たちは、向さんの車で収録場所の市民ホールへやって来ると近くのコイン駐車場に車を停め、メイさんに見えなくなる魔法をかけてもらう。


「見てください、まだ開場まで時間あるのにもうこんなに集まってますよ!

やっぱMIYAちゃん大人気なんだな~」


「いえ、今日の収録は『MUSIC PARK』ですから、別に出演者は私だけじゃないので……」


「え、あの『Mパ』!? それで生なのかすっげえ~!

さっすがMIYAちゃん」


 市民ホールの周囲は、思った通り人でいっぱいだ。

 改めて自分が本当に見えてないか不安になる。


「……あのメイさん、向さんは私が見えるんですよね?

魔法、ほんとに効いてるんですか?」


「あいつは例外だから見えても無視。

ミヨからオスは見えない、イイネ?」


「ちょっとメイさん、なんでそういうこと言うんですか!」


「黙れオス、さっきからテンション高くてキモいヨ」


「ひど……」


「…………」


「泣いたカ?」


「……違いますよ。

というか、この人混み変じゃありません?

ここ物販入口でもないし入場を並んでる感じでもないし」


 彼の言葉通り、正面玄関の周囲は黒山の人だかりだ。

しかも、皆一様に笑顔ではない。

 ある人は怒り、ある人は嗚咽を漏らしべそをかいている。


 その理由は、メイさんが自分のスマホの画面を私に見せてくれて判明した。


「私、行方不明でニュースになってる……!」


 ワイドショーらしき番組の画面には『エトワール』の防犯カメラ映像とオーナーが何回も繰り返し流れている。

どうやらメイさんと向さんの二人には、私を誘拐した容疑が掛けられているようだ。


「どうしよう、そんなつもりはなかったのに……ごめんなさい」


「モーマンタイ、あの画質じゃ人相までわからないネ」


 これ以上二人に迷惑はかけられない、すぐにでもここを離れた方がいいだろう。


『MIYAちゃん、心配だよ~……』


『俺さ、MIYAがまだVチューバ―の頃からずっとファンでさ……』


 そんな時、近くにいたカップルの話し声が聞こえてきた。

 自分の姿は本当に見えていないのだと、改めて実感する。


『今に比べたらイメージはだいぶ地味だけど、一晩中星座とか雑談で盛り上がって』


『そういえば健司、引きこもりだったのよね』


『そう、その時めっちゃ見てたの。

なんかすげえ勇気もらえてさ、俺も星が見たくて外に出たんだよね。

それがきっかけになった』


「……どした、ミヨ?」


 近くの会話に聞き耳を立てていた私にメイさんが囁く。


「……少しこの辺歩いてもいいですか?」


 もっといろんな人の話が聞きたかった。

 私に対してどんな感情を持っているのか、知りたかった。


「じゃ、入り口の方言ってみよ」


 私たちは最も人が多い正面玄関へ。

 そこには更に多くの私のファンたちが関係者に詰め寄っている。

 その誰もが私を配信時代から知り、共に語り合った「友達」だった。


 私が一方的に嫌ってしまった相手は、みんな私のことが大好きな人たち。


「……ミヨ、番組何時から?」


「15時スタート……あと10分です」


「あの、どうせなら最後に歌ってから行きませんか?」


「黙ってろオス」


 向さんが口を挟むとメイさんが睨みつけるが、彼は怯まずに続ける。


「僕、何人かこの手で異世界へ送り出してきて気付いたというか、思ったことがあるんです」


「僕が扱ったお客様は全員、晴れやかだったり前向きな顔で旅立ちました。

今のMIYAちゃんみたいな、思いつめた顔じゃないんです。

だからその、忘れ物がないようにして欲しいなって」


 向さんの言葉ではっとした。


 私は今の自分が嫌い。


 だけど……それでこの世界から逃げ出すんじゃない。


 新しい私、もう後悔しない私を見つけに行くんだ。


「後悔……したくないですもんね」


「MIYAちゃん……」


「私、忘れ物をしてました。

『ありがとう』と『さようなら』……ううん」


 俯いていた首が自然に上を向く。


「『行ってきます』を友達に言ってこなくちゃ!」


 私をじっと見つめていたメイさんが肩をポンと叩いてくれた。


「……これから裏の通用口へ行く。

そしたら魔法を一時解除させる」


「はい」


「そしたらミヨはダッシュで行って気持ちを伝えて戻ってくる、イイネ?」


「帰れなくなった時の為に解除はタイマーをかけるから帰りはゆっくり戻ってくればいいヨ」


「ありがとうございます!」


 そして私たちはホールの通用口から侵入を試みる。

 幸い鍵はかかっておらず、難なく入ることができた。

 次に、メイさんがこそこそ何か唱えて私に手をかざす。


「……わあ♪」


 瞬時に私はピンクのフリルのドレス姿に変わっていた。


「ステージ衣装はサービス。

……じゃあ、いけっ!」


「はいっ!」


 メイさんの掛け声に合わせ、私は全速力で飛び出す。

 サンダルじゃないから思い切り走れそうだ。


 ここのホールは何回もコンサートをした場所だから、構造は把握している。

 廊下を駆け抜け左へ曲がると階段へ。

 エレベーターを待つ余裕もないし警備員に見つかったらアウトだ。


 3階まで上がると観客側の通路へ。

 ステージ側だと関係者に止められると思ったからだ。

 予想通り受付以外ロビーは無人、みんな収録を見ているから当然だ。


「え!? MIYAちゃん!?」


「通してお願い!」


「今本番始まったところよ、急いで!」


 受付のお姉さんは急いでゲートにかかった鎖を外す。


「ありがとう!」


 時計の針は15時ちょうどを指し、生放送の『MUSIC PARK』のお馴染みの音楽が流れて収録が始まった。

 冒頭、司会者が異例のお詫びと、加えてMIYAの安否を気遣うトークが行われている。


「本当は今日のオープニングを飾る1曲目はMIYAだったんですが、予定を変更して──」


 司会者が申し訳なさそうにオープニングアクトの紹介を始めたその瞬間、観客席のドアが開け放たれた。


「みんなー! お待たせしました!

心配かけてごめんなさい!」


 一斉に座席最後尾に視線が集まった。

 湧き上がるマグマの如き地鳴りにも近いどよめきの中、MIYAは階段を駆け下りる。


 『Mパ』は歴史のある番組で、オケが主流の現在でも生バンドにこだわりを持っている。

 メンバーも気骨のあるベテラン揃いで、こんな時でも最高の音を届けようと冷静に対処していた。


 MIYAが走り出すと彼らは目配せし、彼女の曲のイントロを演奏し始める。

 彼らの粋な計らいで否応なしに会場のボルテージが上がっていく。

 一瞬でここにいる全員がMIYAの虜になった。


「ほんとに、ほんとに今までありがとう!!」


 美夜の瞳と頬が照明を反射し光っている。

 その姿は、この場にいた全員の心に深く刻み込まれたことだろう。


♪ ♪ ♪


「うぉおお~~ん……!」


「なんで号泣してるネ、キモ」


「だって素晴らし過ぎて、ぐすっ……」


 出てきたMIYAちゃんをすぐに回収できるように、僕らは通用口のすぐ脇に車を停め、スマホで『MUSIC PARK』の放送を見ている。

 これは確実に伝説の放送になる、僕はそう確信した。


「ちぃ、警察っぽいのが来てる……思ったよりも早いネ。

これはのんびりしてられないヨ」


 メイさんはバックミラーを覗きながら険しい表情を浮かべている。


「僕たちも見えなくしちゃいません?」


「それじゃミヨがウチらを見つけられない」


「そっか……あ、演奏終わりましたよ!」


「ミヨ、事情が変わった、急げ!」


 ここで叫んでも通じないのに、メイさんの焦りが伝わってきた。

 僕もいつでも出せるようにギアを入れアクセルを吹かす。


「ヌウ、これ以上はまずいネ……職質かけられたらさすがに逃げられない」


「あっ! 来ました! 速く速く!」


 通用口から飛び出してきたMIYAを迎えるためにドアを開けて手招きする。

 彼女はすぐに気が付いてこちらに走ってきてくれた。


 同時に警察の方も気が付いたようで、車に赤色灯を装着する。

 覆面パトカーだ。


「もう限界ネ!」


 そうメイさんが叫んだと同時にMIYAちゃんが車へ飛び込んでくる。


「出します!」


 僕はサイドを下ろし思い切りアクセルを踏んだ。

 慣性でがくん、と体が後方へ倒れる。


「で、逃げ切れるんですか? この軽トラで」


「これから全体に認識阻害魔法をかけ直すから、湊徒は運転に集中するネ」


「はい! ……ん?」


 メイさんが魔法を唱えると覆面パトカーは僕たちを見失って、すぐに追跡を断念して引き返していった。


「MIYAちゃんのラストライブ、最高でした!」


 ハンドルを握りながら横目で話しかける。

 この感動をどう言語化したらいいのか、僕のボキャブラリーが圧倒的に足りない。

 彼女は息を切らせており、笑顔で返事をしてくれた。

 それを見てメイさんも表情が緩む。


「未練、無くなったみたいネ。

これで準備完了、あとは会社に行くだけヨ」


「ありがとう……ございます」


 その時の汗と涙で雨を浴びたようになったMIYAちゃんの笑顔は僕にとって忘れられないものになった。


──


 その後は順調にことは進んでMIYA、もとい橘美夜さんは希望した世界へと旅立っていった。

 最後に歌えたのが良かったのか、彼女は最後の瞬間までとてもいい表情をしていたが、僕が軽トラで轢くと説明された時だけはやっぱり帰ると駄々をこねられた。


 最後に歌ったと言えば、あの日の『MUSIC PARK』の放送内容は後日アーカイブでは変更されていたが、なぜかリアルタイム視聴者と会場で鑑賞した人々だけはMIYAちゃんの記憶が残ったままだ。


 いや、正しくは『名も無き謎のアイドルによる伝説的ライブ』として都市伝説のように語り継がれている。

 自動的に修正される世界の歪みも、深く刻まれた感動の記憶までは手が及ばなかったようだ。


「ミヨ……」


 僕の斜め前の机には、あの日から少し元気がないメイさんが、突っ伏した姿勢でスマホを眺めている。

 そこに残された彼女のラストライブを暇さえあれば見ているようだ。


「……ン? なんだ湊徒、またそれ見てるって顔して」


「僕は今、締めのモノローグ中なんです」


「フン……ひとりごとキモ」


 こんな感じで、少しは株が上がったみたいです。



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