第13話 カエル化女子の悩み 5

「わお、最高~~!」


「見てください、ライオンの注ぎ口~♪」


 私たちは貸し切り状態の大浴場に入るなり大はしゃぎ。

 助走を付けて浴槽へダイビングすると、海水浴よろしくお湯をかけ合った。


「ミヨ、ちゃんと洗ってから入ったカ?」


「ぁ……」


 大浴場付きのスイートを取ったそもそもの原因を思い出し、一気に顔が火照る。


「おっきいお風呂にテンション上がっちゃって、つい///」


「フゥ、しょーがないネ……じゃ、ウチが洗ってあげヨ!」


 言うが早いか、手をワキワキさせたメイさんが私に飛びついた。


「きゃああ!? ちょメイさ、きゃ、くすぐったい、あは、あはははっ……!」


 乳白色のお湯が、じゃれ合う私たちで激しく波立つが咎める物は誰もいない。

 こんな些細なことが、こんなにも楽しいなんて。

 そう感じた瞬間、不意に脳裏をよぎる記憶。


 修学旅行のお風呂の時間って、本来こんな感じだったのかな。

 私は班が作れなくて、ずっと先生とだったから。


「ねえメイさん、私が転生したら急にいなくなるんですよね。

事件になったりしないんですか?」


「ならない。

なぜナラ、ミヨは存在そのものが消滅する。

歴史上生まれなかったことになるヨ」


 存在が、なくなる……メイさんは結構怖いことを軽く言った。

 それにしてもこんな重いことを平然と言うなんて、なんだか……慣れてる感じ。


「じゃあ、私のカードの引き落とし、誰が払うんでしょうね」


「適当に誰かが払うことになってるヨ。

おおよそはこの世界がバランスを保つよう勝手に調整するネ」


「ふぅん、うまくできてるんですね……この部屋最上級スイートですから、きっと請求額見て飛び上がりますね」


 私は湯船に首まで浸かって、仰向けに寝っころがる。

 するとメイさんも、隣で同じ体勢を取った。


「ふっふ~、浮島勝負はウチの勝ちネ」


「浮島? あ……///」


 どうやらメイさんは仰向けに寝たことで身体が浮いて、水面から顔を出したバストの高さのことを言っているようだ。


「もう、恥ずかしいから止め──」


「ミヨは……自分の存在が無くなっちゃうことは、なにも感じないのカ?」


 メイさんは私の話に唐突に割り込んで、こちらを向かずに聞いてきた。

 デリケートな話だからこそ、できるだけあっさりさせようとしてくれている彼女の気遣いを感じる。


「別に。

私……今の自分が嫌いだから転生を望んだんですよ。

だから、みんなの中から私が消えることにためらいはありません。

そもそもこんなアイドル……不誠実でしょ」


 アイドルとして自然と作られた虚飾の仮面が無意識に外れ、本心を口にしていた。


 今の私は、橘美夜。

 文字通り、裸の私だ。


「ウチ的には、こんなにかわゆい女子が世界から一人いなくなっちゃうことは損害ネ」


「……そう言って褒めてくれる人は、誰も私のそこから先を見てくれませんでした」


 浴槽から出ようと立ち上がる。


「だから……こんな外見は無い方が良いんです」


 私の人間的な内面を見て欲しい。

 そのことが、そんなに贅沢なことなんだろうか。


「ミヨ、背中洗いっこしない?」


 メイさんは私の方にもたれかかってくると、肩を抱いてそう言った。

 表情が余程沈んでいたんだろう。心配をかけてしまった。


 私たちはシャワーのある洗い場に移動すると、前後に並んで椅子に腰かける。

 こうして後ろからよく見ると、メイさんはスタイル抜群だ。


「きれいな背中……向さんが羽があるとか言ってましたけど、とても信じられない」


 ソフトボール大に良く泡立てたボディーソープをメイさんの背中へ塗布する。

 そのどこを触っても異質な感触などはない。


「そういえば向さんってどんな方なんです?」


「さあ? ウチだって昨日会ったばかりネ」


「えぇそうなんですか!?

じゃあ、ほぼ初対面の人相手にあの態度とってたってこと!?」


 それはさすがにどうなの? とまで言いかけて口をふさぐ。


「まず前提として、我々にとって人間というのは食料か奴隷、

対等に話をすること自体あり得ないのヨ」


「え……私も人間なんですけど……」


 背中を流していた手が止まる。

 背筋がすっと寒くなるのを感じた。


「ふふふ、コワいカ?」


 今の私を見透かしたようにメイさんは笑う。

 そして私の方にくるりと向き直って続けた。


「平気ヨ、ウチは女子は大好きだカラ安心するネ♪

ほら交代」


 彼女の言葉を信じ無防備な背中を晒す。


「念のため聞きますけど……好きって言うのは食の好みじゃ、ないですよね?」


 恐る恐る尋ねる。

 今のメイさんがどんな顔で答えているのか、見えないと余計に怖かった。


「ウチは夢魔、食べたとしても精気を吸い取るだけだし、それも魔──イヴ様に禁止されてるから大丈夫」


「よかった……」


「あ」


 ホッと胸を撫で下ろしたところにメイさんが何か言いかけて、再び背中に悪寒が走った。


「な、なんですか……?」


 緊張していた背中に柔らかくて温かな肉球が押し付けられる。


「エッチな意味で食べちゃうのはアリ♪」


「いやあああ~~!」


・💛─♡・💛─♡・💛─♡・


 それから私たちはささやかなタコパを開催し、各々ホテルで買ったパジャマに着替えた。

 食材を買ってきてくれた向さんはまたもや邪険に追い払われ、あまりに不憫だったので変装キャップにサインを添えて差し上げた。


 並んだツインのベッドに腰かけ、雑談に花を咲かせる。

 寝室にはクイーンサイズのウォーターベッドがあるが、風呂での一件があったので二人で寝るのは怖くて丁重にお断りした。

 心底残念そうに俯くメイさんに、私の罪悪感と不信感が綱引きしていた。


「ねーねー見て、これ出る前イヴ様がくれたノ♪

御守りだから肌身離さず持ってて欲しいって♪」


 メイさんはそう言って私に手作りのぬいぐるみを見せてくれた。 それは手芸の不得意な人が作ったものであることがひと目で分かるほどの出来栄えの悪いものだけど、とても丁寧に作られている。


「さっきも言ってましたけど、そのイヴさんって方は?」


「ウチのご主人様ネ。

とても強くて優しくて、イケメン」


「イケメン?」


「女ネ」


「あ、そうですか」


「それから……」


 その人のことを話しているメイさんはとても誇らく楽しそうだ。 見ているだけで私の頬まで緩んでしまう。


「ふふ、大好きなんですね」


 そう言うと私の予想とは違って、彼女の表情は僅かに沈む。


「……イヴ様にはもう、好きな人がいるヨ。

ウチなんかじゃ手が届かない、遠い遠いライバルネ」


「え……」


「だからウチは、精いっぱい尽くすことにしたヨ。

イヴ様が笑って『ありがとう』って言ってくれることが最高の喜びネ」


 いつも自信にあふれていたメイさんがこの時は儚げに微笑んだ。

 それを見ていると、鷲掴みにされたように喉の奥がくっと狭くなる。


「ずるいです! 

最後になるかもしれない日に別れたくない友達作るなんて……私そんな依頼してない!」


 堪らずメイさんに飛びついて力いっぱい抱きしめた。

 なんだか自分がいなくなることが、今は無性に寂しい。


「私、転生したらメイさんに負けない友達、絶対作る……」


「じゃあ、一緒に寝る?」


「……遠慮しておきます」


 この世界で過ごす最後の夜は、転生してもきっと忘れないだろう。


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