4-6
「ママ~♪」
まるで牢獄のような面会室にいたのは現役の幼稚園児くらいの男の子。
彼は真っ先に理子さんに飛びつくと、自分の頭くらいはある巨大バストにおでこを埋めている。
「これ……どういうことですかね」
「……リコにもわかりません。
1回目の転生から時間経過がリセットされてるようですが」
僕がまだ及び腰のまま理子さんに尋ねると、彼女もまた不思議そう顔を浮かべている。
「でも、いくつかわかったこともありますよ」
「ホントですか!?」
理子さんは自分の『谷間』でその感触を堪能するように右へ左へ回転している彼の頭を指さした。
「そうか、パイコメトリー!」
「この子の中には精神が1.5人分、魂は1人分入ってます……あああ、ちょっと静かにして」
理子さんは頭ドリルを手で押さえながら説明する。
「強引な現世帰りをしたせいで、第三者の体と魂を乗っ取っている状態のようです。
きっと施設のどこかに代わりに消えた同年代の男の子がいるはずです」
「あー、影乃さんで言う『依り代』的な感じですかね」
「多分そんな感じです……ちょっと!
ただ普通の憑依と違うのは、意識だけでなく外見特徴まで完全に元の子の面影は無くなってしまったことです」
「ですよね、ここの職員たちが気づいてないんじゃ」
「他にも変なところはあります」
そう言うと理子さんはまだ自分から離れようとしないひろしくんを強引に引き剥がして続けた。
「なんです?」
「精神が1.5人分と言ったでしょう、この子、半分しか帰ってきてないんです」
「えぇ!? じゃ残り半分は……?」
「わかりません、どこかで落としてきたのか……そもそも半分しか帰ってきてないのか。
どうあれ精神が完全な状態でなければ、私たちで再転生させてもきっとまた戻ってきちゃいます」
「異世界から拒絶されてるって感じか……」
「ママ~、きょうはパパといっしょなんだね!」
深刻に目を伏せる理子さんと対照的に無邪気に振る舞うひろしくんを見やりながら、ほくそ笑む蕩山の顔を想像する。
理子さんは厄介ごとにはならないと言ったが、やっぱりすんなりとは行かない案件を押し付けられてしまった。
とは言えそうなった原因を作ってしまった僕もかなりの責任がある訳で……その荷の重さに溜め息が漏れた。
「まあ、ここにいても気が滅入るだけなんで出ましょうか。
話は車で聞きましょう」
理子さんも頷くと、腰の辺りに貼りつくひろしくんの頭をポンポンと撫でた。
「リコはママではありません。
これからここを出ますけど、お腹空いてませんか?」
「ぼくね、お子さまランチがたべたい!」
ひろしくんは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
そんな彼をよくわからないなりになだめるようと奮闘している理子さんが微笑ましかった。
「なにニヤついてるんです(怒)」
「いえいえ」
佃寛……いまのところどう見てもただの幼児だ。
この子が5人も手にかけたなんて、どうしても想像できなかった。
──
「やっぱり行方不明の子供、いましたね……。
でもまさかひろしくんとくっついてるなんて言えないし」
正式に引き渡し手続きを終えて軽トラに乗り込むと、僕たちは施設を出発した。
その手続きで判明したが、僕たちは佃夫妻の代理という扱いになっていて両親はあくまで彼らということになっていた。
「この子が無事再転生できれば、乗っ取られている子も解放されるでしょう。
素直に返しに行くのもヤバいので、その時は何か考えないといけませんが」
「それにしても、リコもこんなケース初めてです」
理子さんは膝の上に乗せたひろしくんを不思議そうに見ている。
「お子さまランチ♪ お子さまランチ♪」
当のひろしくんは、そんな僕らの心配もお構いなしに相変わらず膝の上をぴょんぴょん跳ねていた。
「……な、なあひろしくん……、キミが幼稚園でしたこと──」
「食べてからにしましょう」
僕は無邪気な彼におずおず事件のことを聞いてみるが、理子さんに止められた。
いずれ聞かなきゃならない話だけど、ちょっと性急すぎた行動を反省する。
──
「あ、ファミレスありましたよ」
しばらく走ると前方に見慣れたポール看板を見つけ、駐車場へハンドルを切った。
チャイルドシートもない助手席膝のせ無車検車で捕まっては大変なことになるので、なるべく目立たない細道を移動していたからお店見つからないかと思っていたけど、案外あるもんだな。
「ひろしくんはお子様ランチで、理子さんは──」
案内された長椅子に腰かけると、ひんやりしたビニール皮革の手触り。
そうそうこれこれ。最近ファミレス来てなかったからなんか久しぶりだ。
僕は早速メニューを広げると理子さんに声をかける。
……が、無表情ながらどこか不機嫌そうだ。
「お母さんだと思われたのがそんなに嫌だったんですか?」
僕は彼女の不機嫌な理由を見事に言い当て──
「湊徒と夫婦だと思われたからです」
──たかと思ったら手痛いカウンター。
たまらず次の言葉を飲み込んだ。
「なかよく!」
するとひろしくんが何かを察したのか、僕と理子さんの間に予約用のタブレットをドンと置いた。
「ごめんごめん……おっ、これが分かるなんてなかなか頭いいな」
なんて誤魔化しつつひろしくんが監視する中、僕はハンバーグ、理子さんはマルゲリータをそそくさと頼む。
「わあ、あれなに~?」
足をばたつかせ落ち着かない様子で今か今かとお子様ランチを待ちわびていたひろしくんが初めて目にするものが。
「ああ、あれは配膳ロボット。
お子様ランチ乗せてるね、きっとひろしくんのだよ」
「すごーい! かっこいいー!」
ひろしくんは握ったスプーンでテーブルを叩いて配膳ロボットに大興奮だ。
プレートをテーブルに移してOKボタンを押すと、キッチンへまっすぐ帰っていくロボットに、ばいばーいと手を振っている。
見れば見る程普通の子供だなあ。
「さあどうぞ」
ところがひろしくんは目の前にお子様ランチがあってもすぐに食べようとはしなかった。
「食べないの?」
「いただきますはね、みんなでするんだよ」
理子さんが聞くと、礼儀正しい答えが返ってきた。
議員の家庭だし、しつけが厳しかったのかもしれない。
やがて全員分の皿が揃うと、ひろしくんはかわいらしく手を合わせていただきますをした。
僕たちもそれを見習うように一緒に合掌する。
「ぼくね、いつもまーちゃんとはんぶんこするんだよ」
「まーちゃん?」
ひろしくんはそう言ってお子様ランチの全ての料理をきれいにふたつに分けている。
「うん、まーちゃんの分だよ」
僕たちはひろしくんが何を言っているのかわからず首をひねるばかりだ。
もちろんそのまーちゃんというサムシングはここにはいない。
「えぇと、まーちゃんってぬいぐるみかなにかのおともだちかな?」
「んーん、まーちゃんね、出れないの」
「どこから? 閉じ込められてるの?」
僕が訝しげにそう尋ねるが、ひろしくんは首を左右に振るばかりでそれ以上何も答えてくれなかった。
そして結局、残り半分のお子様ランチに手を付けようとはしなかった。
──
「どうひろしくん、美味しかった?」
「うんっ!」
ファミレスを出て帰路に就く車内。ひろしくんはお腹も満たされご機嫌だ。
その様子を窺って僕は理子さんが小さく頷くのを確認する。
「ひろしくんさ、今日幼稚園は?」
「んー、ずっといってない。いっちゃダメなんだって」
「えと、なにか……あったのかなあ?」
言葉に気を遣いつつ、少しずつ事件のことに踏み込む。
「まーちゃんが、出たいって。出してっていうの」
ひろしくんの言葉に、僕は事件のことを思い出す。
確か『胸の中の光が苦しそうだから助けてあげた』と供述していたとか。
「そのまーちゃんがおともだちの中にいた?」
「うん、出してって」
「だから、『出してあげた』か……」
どういう事だろう……? まるで話が掴めない。
でも分かったことは、ひろしくんには殺害の動機に当たる殺意や憎しみが全く無いことだ。
ともあれまずは『まーちゃん』の存在をはっきりさせないと何も見えてこないな。
「……あのさひろしくん、そのま──」
「しっ」
「え……?」
理子さんの制止に一瞬目をやると、膝の上の幼児は寝息を立てていた。
残念だけど、これ以上追及することはできなさそうだ。
「……まったく、のんきなもんだ」
車は一路社への道を進む。
これからどうなるのか不安に駆られながら僕はハンドルを握り直した。
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