第31話 出禁の男 7

「やあおかえり。

……おやおや、遠いところご苦労様」


 社に帰ってきた僕たちは報告の為社長のいるオフィスに向かった。

 僕の背中で満足そうに寝息を立てているひろしくんを見た社長は驚くかと思われたが、この事態をある程度は予測していたように見える。


──


「ふむ、なるほど……半分の魂、か……。

世間の記憶の戻りが鈍いのはそのせいか。

まずはそちらの究明からしないといけないね。

媒体にされてしまった人については同情するが、そのことは無事転生が済んでから考えよう」


「はい」


 僕は報告が済むと、部屋の奥の長椅子で眠るひろしくんに視線を向ける。

 車の中で聞いた話だけではなぜ彼の魂が欠けているのか、なぜ凄惨な事件が起きてしまったのか、はっきりした答えはわからないままだ。


「まーちゃん……誰なんだろう」


 ぼそりとそんなことを独り言ちたつもりだったが、社長に聞こえてしまっていたようだ。


「おそらくそれが残り半分の魂の持ち主だろうね。

この手のケースは元々双子であった例が多いんだ。

彼、兄弟の話はしてなかったかい?」


「ああ、帰りにファミレスで食事をしたんですけど、その子ともいつも一緒に食事してたみたいです」


 僕たち三人が親子連れだと間違われた話はメイさんが聞いたらきっと小躍りして喜ぶんだろうな。


「……ふむ、やはり家族だね。

その辺は私が調べておこう」


「すいません、お願いします」


「あの……なにか心理テストでも催眠術でもいいですけど、ひろしくんの深層心理が覗けたら、もう少し動機とかわかりそうなんですけど」


「と、いうのは?」


「話した感じ、肝心な部分は年齢のせいもあって言葉で表せそうにないというか」


「私たちが理解できるように説明できるほどの言語力やボキャブラリーが不足している、ということだね」


「ええ……」


 そう言って僕は無意識に理子さんの方を見てしまっていた。

 彼女だったらもしかしたら便利な魔法でも持ち合わせているかもしれない、そう勝手に期待して。


「言っておきますが、パイコメトリーでも深層心理は読み取れませんし、思考を読み取る魔法と言うのはとても高度なんです」


 そんな僕の視線を察した理子さんが、僕がまだ何か言いだす前から食い気味に断ってきた。

 ダメだったか、残念。


「アハハ、そんなコトもできないノ~? デカチチ大したコトない♪」


「メイさん、聞いてたんですか」


「……ちっ」


 その声に振り向くと、メイさんが部屋の入り口で腕組みしてドアにもたれかかっている。

 そして僕の返事を聞いて悠々とした歩みで部屋に入ってきた。


 その様はこちらを見下すように顎を上げ、マウントを取るように尊大に肩を揺らし、ゆっくりと。

 あれはコウモリと言うより獲物を見つけたヘビだね。


「ウチならヨユ―で心の奥までぜぇんぶ、丸裸ネ」


 そして奥で寝ているひろしくんを一瞥して口角を吊り上げた。

 これは十割勝算アリの顔だ。


「ホントですか!? どうやって?」


「ど~おしよっかナァ~~」


 質問してもメイさんはすぐには答えず、勿体つけるように僕と理子さんの前を低空飛行でうろついている。


「ちっ、面倒ですね……」


「悔しいかデカチチ? 教えて欲しかったら頭を下げてウチにお願いすることネ」


 メイさんは理子さんに頬ずりするほど顔を近づけて地面を数回指さした。


「さあどうするデカチチ? ン? ンン~~?」


 メイさんの瞳に中にハートが見える、興奮してるのかな。

 なんというか、余程快感なんだろうな……。


「メイ君♪」


「!?

ひゃぃっ!」


 社長がにこやかにオーラを飛ばして威圧すると、余裕たっぷりだったメイさんの顔色が突如変わり、一転態度を翻す。


「ごめんなさい言ウ言う、言うマス!」


 そして社長のオーラを防ぐように手のひらを顔の前に広げ防御のポーズを取って調子に乗ったことを謝罪すると、やがてバツが悪そうに髪を触りながら話してくれた。


「……サキュバスは眠っている相手の夢に入り込んで心を操る魔族ネ。

その方法は、胸の奥に閉じ込めてある記憶や感情なんかを掘り起こして、望みの夢を見せることで思いのままにするのヨ」


「うは、なかなかのえげつなさですね夢魔ってやつは」


 改めてメイさんの恐ろしい力に畏怖を覚える。

 が、隣の人はそうでもないみたいだ。


「ぷ、淫魔じゃなかったんですね」


「フン、オマエのチチの方がよっぽどそれっぽいヨ。

こんなこともできない雑魚は引っ込んでロ」


 メイさんのおかげでひろしくんの深層を知り、まーちゃんの正体を解明できそうだ。

 これで一気に希望が見えて来たぞ。


「それじゃあ早速──」


「ウチ、オスの中には入らないヨ」


「へ?」


 思わず変な声が出てしまった。

 じゃあなんで割り込んできたんだよ……。


「期待だけさせないでくださいよ~」


 再びふりだしに戻された虚無感で全身の力が抜けた。


「だからチカラは貸してヤル、方法はデカチチに頼むネ」


「結局リコの手を借りるんじゃないですか。

無駄にマウント取った癖に」


「フン、日頃の行いのせいヨ」


「ああもうそんなのいいから!

結局できるんですかできないんですか!

できるならもったいぶらないでさっさとしてくださいっ!」


「おお、湊徒がキレた」


「珍しいもの見るような顔しない!」


「ふ、なかなか逞しくなってきたね。いい傾向だ」


「社長も! 面白がらないでください!」


 僕がぷんすこしながら具体的な方法を聞くと、それは理子さんの『リーディング』という魔法を使うのだそうだ。

 理子さんは読み取った能力を制限付きで行使できる魔法が使えるらしい。

 それで思い出したことが、協会でガーゴイルの石化光線を跳ね返したように見えたあの力、正しくは反射ではなく吸収と放出だった訳だ。


「それで理子さんがひろしくんの夢に入るんですか?」


「……ん?」


 ふたりの視線が同時に僕へ向く。


「え、僕がやるんですか!?

だってメイさんの力を理子さんが行使するんでしょ?」


「これでもサキュバスの魔力って膨大なんですよ。

今回リコは能力の負担が大きすぎるので、変換するだけで手いっぱいです」


「ちなみに他人の精神の中では強く自我を保たないと境界が曖昧になって最悪溶け合ってしまうから気をつけるネ」


「えぇ、そんなに危ないことするんですか!?」


「まあ、言い出しっぺだし仕方ないね。頑張りたまえ」


「社長まで……」


 とは言え、ひろしくんの深層心理を確かめたいと思うならこの役割が一番であることは間違いないので、この提案を受け入れざるを得なかった。


 そしてひろしくんが目覚めてしまってはこの作戦もまた足踏みしてしまうことになるので、すぐにでも決行する必要がある。


「はあ~、わかりましたやりますよ、僕は何をすればいいんですか?」


 僕はソファで眠っているひろしくんの枕元まで来ると、どうとでもしてくれと言わんばかりに両手を広げた。


「湊徒はリコの手をしっかり握っていてください。

メイはここに自分の手を入れて」


 理子さんも僕の傍まで来ると。そう言ってシャツの胸元にある穴を大きく拡げるようにはだけさせた。

 僕は思わず目を背ける。


「ホウ、デカチチのデカチチに……ええやん」


「なんで関西弁」


「一度その小生意気なチチを滅茶苦茶にしてやりたかったのヨ」


「どこのエロオヤジだよ」


 卑下た笑いを浮かべ両手をこすり合わせながらこちらに来るメイさんから今にもぐへへ、なんて声が出ないか心配になる。


「いいですか。

では、始めます」


 そしてふたりと目配せした理子さんが呼吸を整え精神を集中し始める。

 僕は理子さんの差し出された手を両手で強く握って目を閉じた。


「じゃ、じゃあ……やるヨ」


 ごくりと生唾を飲みこむ音が聞こえた。

 さっきの勢いとはまるで別人のような声色、なんだメイさん全然弱気じゃないか……。


「ン……」


「ぉ……おぉ……!」


 暗闇の中、理子さんとメイさんの声だけが聞こえてくる。


「んぁっ……!」


「あっ、爪が痛かったカ……!?」


 このふたり、一体ナニを……。


「もっと、奥まで入れられますか……」


「わ、わかったけド……こんなとこまで入る?」


「心配ないです……あっ、はう……」


「ホラだから言ってるヨ」


 いけませんエッチすぎます!


「煩悩で集中できませぇん!」


 堪らず声を上げるがふたりともお構いなしに続けている。


 ハァハァ、だめだ、こうふ、ん……しゅる……ぅ……。


 しかし変な妄想に駆られながらも僕の意識は混濁し、次第に無へと堕ちていった……。

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