1-4
中庭の向こうでは一真君と理子さんが書類の確認をしており、着々と転生の準備が進められているようだ。
「でも、なんで転生を許可したんですか? やっぱり一真君に同情したからですか?」
僕は隣で魔法陣を書いている社長に尋ねる。
実際、さっきは断ると言っていたのにどういう風の吹き回しだろう。
「リビアンクォーツをより輝かせる資質は、その人の人生経験だと伝えたね」
「はい、一真君はそれが足りないって断ったんですよね」
「では、人生経験に於いて何がリビアンクォーツを輝かせる一番の要因だと君は考えるかい?」
「え……なんですか。う~ん……たくさんがんばった人ですかね」
しかし社長は首を振る。
「じゃあ、幸せな経験?」
「逆だよ」
「逆ってことは、たくさん苦労した人ってことですか? 確かにそういう人は人間的な魅力があるとか言いますけど」
「ポジティブな行動の蓄積でも、リビアンクォーツを輝かせることはできるがね」
社長は魔法陣を書く手を止め、僕の方に正対する。
「──!?」
その瞬間、社長の体から冷気みたいなものが湧き出るのを感じ、背筋が寒くなった。
「それより何倍も効果が高いものは、深い負の感情さ」
「──!!」
その衝撃で僕は言葉を失った。
あの社長がこんなに冷酷な顔をするなんて、想像だにしなかったから。
「悔恨、後悔、絶望、嫌悪……人間が生きている限り無限に生み出し続けるこれらこそが、その存在の価値を高める力の源なんだよ」
立て続けに社長が言葉を紡ぐたびに、まるで光を奪っていくかのように彼女の周囲の空気が昏く澱んでいく。
なんだこれ……これがオーラってやつなのか……?
「通常それは、年月を経るほど蓄積し大きくなっていくものだ。だから人生経験が必要だと言ったのだよ」
それではまるで、獲物が肥えるのを待っている肉食獣ではないか。
もう僕はそれ以上聞きたくはなかったが、社長はさらに続ける。
「だが今の彼は、自らを激しく憎悪する程の後悔を抱えている。なにかのきっかけで覚醒したのかわからないが、資質としては合格点だ」
「…………」
腹の奥に渦巻く暗い感情で胃が痛くなりそうだ。
「幻滅したかい?」
なにも言わず俯いたままの僕に社長は、目を逸らすことなく聞いてくる。
その様子から、負い目や罪悪感などは一切感じてはいないことが確認できる。
「……いえ」
しかし僕だって大人だ。
この会社がどういう理由で動こうが、それで一真君が転生して幸せになれるなら構わない。
それに賛同できないと僕が表明することで、せっかく掴んだ居場所と父さんの手がかりの両方とも失うリスクなど犯したくはない。
ただ、これをすんなり受け入れられるまで割り切るには、もう少し時間や知識が必要だった。
「社長~、こっちの準備は完了です」
「わかった。では湊徒君、頼んだよ」
理子さんは離れたところからこちらに向かって手を振って合図する。
それを聞いて社長は僕の肩をポンと叩いた。
「え? なんですか?」
「ポーターの準備だよ、エクソダス・コフィンを動かしてくれないと」
「えだってもう所定の位置に──」
そう言いかけて僕ははっとした。
まさか……まさかまさかまさか!
「僕が一真君を轢くの!? 嫌ですよそんなの!」
いくら転生のためと言ったって、車で故意に人を轢くなんてできっこないじゃないか!
まして一真君は一度車との接触で大ケガを負っているんだぞ。
「ふむ、それは困ったな」
「さすが軽いですね! ……いや待ってください、やっぱりやります。どうせなら僕の手で……一真君を送ってあげます」
一瞬感情的に拒否してしまったけど、結局どの道一真君は『これ』と接触させるしかない訳で、だったらせめて僕が……。
「うむ、安心したよ考え直してくれて。では手早く済ませてしまおう」
「やっぱり軽いっすね!」
今は死生観の違いに皮肉を言う程度の抵抗しか思いつかない。
だけど、自分の心の中に渦巻く違和感は手放したくないものだった。
そして僕が車に乗り込むと、最初に見た三崎翔子さんを送った時のように、軽トラ全体が光り出す。あのランドのエレクトリカルパレードのように。
一体このモードには、どういう仕組みでなるのか、何か特殊な呪法でもかかっているのだろうか。
「よし、落ち着け……」
深呼吸をして頬を二回、ぴしゃりと叩いた。
しかし口の中は乾き、ハンドルを握る手が震える。
だってこれから子供を轢こうって言うんだ、当然の反応だし寧ろこんなことに慣れたくはない。
ウインドウ越しに一真君を確認すると、魔法陣の上に覚悟を決めてじっと立っている。
そして、すべての準備を終えた社長が号令と共に両手を翼のように広げた。
「きた……やらなきゃ!」
僕は意を決してアクセルを踏む。
すると軽トラは甲高い唸りのようなエンジン音を上げて走り出し、輝きを強めながらぐんぐん加速し始める。
そして一真君との距離が接近すると、車全体が更にまばゆい光で包まれた。
──そして、一真君がこの世界から、いなくなる。
幸いにも運転席に座る僕は強い光で視界を奪われたため、接触する瞬間を見ないで済んだ。
僕はブレーキを踏んでいないが『こと』が済むと車は徐々に減速していき、やがて勝手に停止した。
あの派手な光もすべて消え、僕の乗っているこれは『ポーター、エクソダス・コフィン』からただの軽トラへと戻った。
僕は車を降りられずにしばらく呆然としていた。
気が付くと頬を涙が伝っており、漸くハンドルから引き剥がせた手で恐る恐る触れる。
それは何故か、熱く感じた。
その後も普通に動けるようになるまで、どれだけの時間を要したのかわからない。
数分かかったかもしれないし、もしかしたらほんの数秒だったかもしれない。
やがて動けるようになったら車を降り、小走りで社長と理子さんの元へ向かう。
「社長、一真君は……!?」
確かに社長の手にはリビアンクォーツと思しき結晶が握られていた。
それは三崎さんの時に比べ、少し小ぶりで色も違っている。
やはりこれは、千差万別の個人を表した魂そのものなのだ。
「どうか、良い人生を……」
社長は胸に手を当てて祈りのような黙とうを捧げている。
それは先程垣間見えた冷酷な一面とは違い、普段見る紳士的な彼女だ。
「薮田様は、勇者への転生を希望されませんでしたよ」
「え、なんで……?」
理子さんの言葉に耳を疑う。
あれほどこだわっていた勇者への転生を諦めるなんて、やっぱり朝来た時からなにかあったんだ。
そこで他に伝言でも残していないか理子さんに確認しようと詰め寄るも、彼女は首を振る。
「リコにはわかりません。ただ……ご自分のせいで死なせてしまった犬との再会だけを強く願ってらしたので、確率の最も高そうな転生先をご案内しました」
「そうなんだ……転生先でダイスケと再会できるといいな」
そう呟いて吹き抜けの中庭を見上げると、きれいな双子星が仲良く並んで光っていた。
■□■□
後日、僕はダイスケの墓参りに剣道場を訪ねた。
一真君の兄の毅さんは僕のことは憶えていたが、やはり一真君のことはなにも憶えていない、というか最初から弟などいないといった様子だった。
やはり事前に聞いた通り「世界の改変」が行われていることは間違いなさそうだ。
こうして僕の初仕事である一真君の案件は無事終わったわけだが、なんだかモヤモヤした部分も残った一件だった。
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