1-3
「ちょっと外走ってくる」
一真は気を紛らわせようと外出した。
この辺りは街灯もほとんどなく、夜になれば真っ暗になる。
それでも一真にしてみれば歩き慣れた道だ。迷うことはない。
「今日は星がきれいだ……ダイスケもあの中に居るのかな」
などと考えながら、ゆっくりジョギングを始める。
見える光は上空にしかなく、山道はまるで星空に包まれた銀河鉄道のようだ。
同時に今日のことも思い出していた。
自分には何が足りなかったのだろう……。
子供だからお金が払えないと思われたのかな。
次はお年玉を全額下ろして、貯金箱も持っていこう。
今度こそ俺は勇者になって大事なものを守るんだ。
勇気なら誰にも負けない、また剣さえ振れたらもっと強くなって、それで……。
――――!!?
突然の悪寒に襲われて足が止まる。
この道はあの時の散歩道……しばらく避けていたのに、無意識に足が向かってしまったのか。
暗闇にぼんやりとだけ見えるカーブミラー。
このカーブを過ぎたすぐそこ、そこでダイスケを……。
「……そうだ」
一真は思い出した。
ショックのあまり自分で蓋をしていた記憶の断片を。
一歩、二歩と後退る。
足が前へ進むことを拒絶している。
「あの時……俺はダイスケを置いて走って逃げたんだ……。それで、曲がってきた車にぶつかって……」
一真がダイスケが熊に殺されたと聞かされたのは、病院で処置が済んだその後だった。
その瞬間は庇うどころか目撃すらしていなかったのだ。
「はあ、はあ……そんな、はあ、うわぁああああ!!」
突如一真は弾かれたように方向を変えると、全力で走り出す。
それは必死に、何かを振り解こうとしているようにも見えた。
■□■□
ぐつぐつと煮える鍋からお玉で煮汁を小皿に取って、数回息を吹きかけ啜る。
「うん、美味いじゃん。やればできるもんだ」
ところ変わってここはエクソダス社屋内にあるキッチン。
僕は今生まれて初めて作った肉じゃがに大満足していた。
スリッパの足音も軽く廊下を歩く。
目指すは社長と理子さんが事務仕事をしているオフィスだ。
「社長~、それと理子さんも。肉じゃが作ったんで一緒に食べませんか? 安物ですけど、ちゃんとワインも用意しましたよ」
デスクで作業をしている社長と理子さんを食事に誘う。
二人は食事をする必要は無いらしいが、せっかく作った第一号なんだし全員で食べたいと思ったからだ。
「ぶっちゃけ張り切って僕だけ食べるには作り過ぎちゃったから、できたら食べて欲しいんですけど」
「ふふっ……そうだな、ではせっかくだし頂こうか」
エプロン姿にお玉を掲げるステレオタイプな主婦像をした僕の姿が面白かったのか、社長はこちらを見るとそれまで書類に向かってしていた厳しい顔がほころんだ。
「ところでニク、ジャガ……とはなんだい?」
「え、社長知らないんですか!?」
「社長は人間の食物はワインとチーズ、ソーセージくらいで、あとはほとんど口にされませんから。まったく偏食ですねぇ」
驚く僕の横で理子さんが立ち上がると、そう言いながら机を動かし始めた。
「なにかするんですか?」
「なにかってどこで食べようと言うんです? まずダイニングの準備ですよ」
「あ、そうか。手伝います」
僕と理子さんで机を適当に並べ、そこへシーツを被せる。
これで簡単なテーブルができ、オフィスの一角はダイニングスペースとなった。
まるで学校給食の班分けのようで、懐かしい感じにくすぐられる。
食器はスーパーで間に合わせた簡素なものだけど、料理をよそえばそれなりに見栄えはした。
ゆくゆくは揃えるつもりだけど、今はまあこれでいいだろう。
各々席に着くと、僕は社長のグラスにワインを注ぐ。
オシャレにワインを回し香りを楽しむ社長の姿は、相変わらずサマになってとても美しかった。
僕と理子さんのドリンクはオレンジジュースを用意した。
「それでは、僕の初料理を祝して……」
「かんぱ──あ、あれ、みんなやってくれないんですか!?」
「湊徒の初料理をリコたちがお祝いする意味が分かりません」
「ふっ、確かに。では、ささやかながら湊徒君の歓迎会ということにしようじゃないか」
「さすがにそれはささやかすぎません?」
それでも社長が乾杯の意でグラスを掲げてくれると、僕らもそれに続いた。
締まらない始まり方だった割に、夕食会はなかなか好評だった。
社長も初めて食べた肉じゃがを褒めてくれたし、僕の勤務初日にしては上々ではないだろうか。
食事中は一真君を家まで送り届けた際に、お兄さんの毅さんから聞いた一真君のケガの原因について社長に報告した。
社長には顧客の個人的な事情に深入りすることを咎められたが、一真君の事故に関しては少し同情的だったようにも感じられる。
「一真君、また来ますかね」
「ふむ、しかし今の彼のままなら、何回来ようと私はその度にお断りしなければいけない」
「尻──リビアンクォーツの綺麗さってそんなに大事なんですか?」
社長がじろりとこちらを睨んだため、慌てて言葉を変える。
やばい、本気で怒られる前に自重しよう。
僕はリビアンクォーツの価値やその基準について何一つ教えられていない。
その辺の事情がまるでわからないのだから、一真君が転生を断られる理由が理解できないのは当然だと思う。
「そうだな、湊徒君も一度協会へ顔を出した方が良いかもしれないね。近日中にアポを取ろう」
社長もそう感じたのか、何やら『協会』なる存在を明らかにした。
協会……思った通りこの異世界転生ビジネスには何らかの組織が関わってると確信した。
「理子君、悪いがその際は案内も兼ねて一緒に行ってあげてくれないか?」
「らじゃー。湊徒、運転手の初仕事ですよ」
「はいはい、案内よろしくお願いしますよ」
「それはどうかな……着いたらそこは激うま町中華かもしれませんよ……ふふふ」
「ちゃんと案内してください」
理子さんは肉じゃがを頬張りながらながら不気味に笑う。
ホント捉えどころがなくて対応に困る人だ。
「なにはともあれ、これからがんばるぞ~!」
僕は残りの肉じゃがをかき込んで気合を入れる。
「それはお客様がどれだけいらっしゃるか次第です」
「そのダウナー口調で冷静に言わないでくださいよ、せっかく気合い入れてるんですから……って、どうかしました?」
理子さんは僕の話そっちのけで、急に窓の外の方角に意識を飛ばした。
「いらしたみたいですよ、そのお客様」
理子さんの言葉で社長も気が付いたようで、彼女と同じ方向を見ている。
僕はふたりの様子を見てとりあえず空の食器だけキッチンへ下げると、玄関へ向かった。
「一真君?」
突然の来客の正体は、理子さんの言葉通り早朝に来た薮田一真君だった。
一真君は肩で息をしており、顔も汗でびっしょりだ。
まさかここまで全力疾走でもして来たのだろうか。だとしたら、ちょっと普通ではない。
どうしたのか尋ねようと口を開いた矢先、一真君は声を絞り出すように訴えかけた来た。
「俺……ほんとは勇気なんかなくて……!」
「ど、どうしたの、とりあえず汗を──」
近づく僕を振り払って一真君は僕の後方にいた社長に縋りついた。
「あの時だって俺が逃げたからダイスケは……、ダイスケに会いたいっ……! もう一度会って、謝りたい……お願いします……!」
「一真君……」
その場でうずくまって泣きじゃくる彼を見ながら理子さんが静かに呟いた。
「いいと思いますよ」
「ふむ、君がそう言うのなら。湊徒君、エクソダス・コフィンをディメンションコルダへ回してくれ」
「え、それじゃあ……了解です!」
僕は急いで軽トラ、もといエクソダス・コフィンの車庫まで走って向かうのだった。
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