3-10
相変わらずなにもない、会社の中庭。
土の地面に、ところどころ雑草が茂っている空き地のような場所だが、ここが数多の転生の舞台となる『ディメンション・コルダ(次元回廊)』だ。
「全員ディメンションコルダに集まったようだね。
それでは始めようか、エクソダス──精神の飛翔っをっ……!」
いつになく派手にアクションを決めて宣言する社長はマントを翻すように腕を振りかぶった。
今回は補佐らしいから、ちょっと暇──もとい手持ち無沙汰なのかもしれない。
一方、影乃さんの方をちらりと確認する。
メイさんにくっついているのは変わらないが、その顔は緊張で固まっていた。
「では、今回の手順を説明いたします」
そして理子さんはそんな社長に一瞥もなく淡々とスケジュールを消化する。
ここまではおおよそいつも通り。
「湊徒はこふぃ~ちゃんに乗って向こうの白線で待機、あなたはこれから契約がありますので、リコのとなりへ」
「ひとりで」
指示されて動き出そうとしたとき、リコさんは影乃さんにくっつきっぱなしのメイさんから離れるように言う。
「おねえさま……」
「怖いのは分かるヨ、今はデカチチの言う通りに」
不安なのかメイさんの裾を掴んで離れようとしない影乃さん。
しかしメイさんに背中を押されると主の命令には逆らえず、重い足取りではあるが抵抗せず理子さんの元へ歩いて行った。
持ち場に着こうと僕も車へ向かうが、ふと作業中の理子さんの言葉を思い出す。
「そうだ、さっきいくつか魔法を組み合わせるって言ってましたけど、どうやるんですか?」
「説明したところで湊徒にわかるんですか?」
「ひどい! でも努力します」
返事は僕の心の中の声そのままだ。
最近は本当に思ったままのことをそのまま口にすることが増えた気がする。
「仕方ないですね……では湊徒でもわかるようにできるだけ簡単に説明しますから、耳穴かっぽじってよく聞いて下さい」
理子さんは不思議とそんな僕を比較的好意的に受け止めてくれている……気がする。
今回もそんな例に漏れず、呆れながらもちゃんと対応してくれた。
影乃さんは気付けば元のポジションに戻っている。
「この辺は最初に話しましたが、リコたちの転生魔法は魔族ましてや幽体が転生できるように設計してないので、そのためにはいくつか手順を踏む必要があります」
「まずは転生用の次元扉を開いて維持させます。これはこふぃ~ちゃんに送り先をインプットできない為です。だから今回はギフトもありません」
「次に彼女の依り代と本体を縛っている鎖を解き、強制的に両者を分離させます」
それを聞いて怖かったのか、影乃さんがまたメイさんの後ろに隠れた。
ポンポンと頭を撫でるメイさん、まるで母と娘だ。
「ここで分離した本体を消滅させるのですが──」
「ひぃっ……!」
メイさんの後ろに隠れた影乃さんが小さな悲鳴を上げた。
「デカチチ!」
「まあ聞きたまえ、ここで私の出番だよ」
「イヴ様がそう仰るなら……」
怯える影乃さんを庇うようにメイさんが詰め寄るが、そこに社長が割って入る。
さすがに社長が相手ではメイさんは大人しく引き下がるしかない。
「私が『アストラルソード』で影乃君の本体を斬る。アストラルソードとは、本来人に取り憑いた悪霊だけを倒す目的で使われる魔法なんだよ」
「それで斬られた影乃さんは平気なんですか?」
「そのための魔法陣がこれです」
僕が質問すると、理子さんは足元に書かれた円形の文様を指さした。
「これは普段の転生にも使われてるもので、この上で対象の存在を消滅させると精神と魂が切り分けられるんです。
普段はこの役はこふぃ~ちゃんが担うのですが、物理攻撃で幽体の消滅はできないみたいなので、社長にお願いしました」
あ、やっぱり軽トラアタックは物理なんだ。
なんとなく納得。
「それでこの先が最も重要なところですが、分離した精神はとても弱くそのままでは数秒で消えてしまいます」
驚きつつ影乃さんの方を窺うと、完全にメイさんに隠れて僕からは見えなくなってしまった。
そしてそんな様子を気にかけることもなく理子さんは続けた。
「そこで湊徒、あなたがこのタイミングでこふぃ~ちゃんをぶつけてください。今の依り代なら精神と同時に捉えられればポーターは役割を果たしてくれるはずです。
その間リコは全力で精神と依り代を繋ぎ止めておきますので」
「猶予は数秒……な、なるほど、責任重大ですね……」
思わず唾液を飲みこむ僕に理子さんが突っ込む。
「重大の意味、マジでわかってます?」
彼女に確認されて、僕は今の話をできるだけ簡略に脳内に描いた。
つまり、今の影乃さんは
[肉体>幽体>精神]
こういう状態で、理子さんが繋がりを解除して……
[幽体>精神]
$
肉体
こんな感じ。
でもこれじゃ本体が分離しただけだから、
ここで社長が幽体部分を退治
×幽体× ←アストラルソード
$
精神;;
肉体
そしてここに僕がエクソダスコフィンで合体
猶予はわずかに数秒
精神;;
←軽トラ
肉体
「大丈夫です、わかりました!」
「……まあいいです、理解したなら進めましょう」
若干疑いの眼差しを向けられるが気にしないことにしよう。
とにかく僕はエクソダスコフィンを適切なタイミングで合体させる、そのことに集中だ。
「では契約しますのでさっさと出てきてください。
……手を繋ぐ程度ならいいですから」
理子さんはまだメイさんの陰から出てこない影乃さんに視線を向けた。
これでもさっきの説明で緊張が恐怖に代わってしまった彼女を精一杯気遣っているのだろう。
わざわざ説明を求めた僕にも責任の一端はあるのだけど、まあそれはそれ。
影乃さんがおずおず近づいて、ふたりをまばゆい光が包み込む。
いつも社長がやっているように契約の儀式が始まったようだ。
「最終確認です、あなたの転生したい世界を提示してください」
理子さんの言葉に一瞬尻込みした影乃さんだが、すぐに視線を上げ今度ははっきり発言した。
「私、皆さんを見ていて思いました。人間に生まれ変わって、魔族とも他種族とも仲良く暮らせる世界に、こんな会社みたいな世界に行きたいです!」
「いいでしょう。
……またこの術式を使うときが来るなんて」
「はい?」
「何でもありません」
影乃さんの言葉を聞いた理子さんの顔に笑みが零れたような気がした。
気のせいだろうか。
「じゃあ僕は車回しますね」
僕は足早にエクソダスコフィンに乗り込むと指示された場所に向かう。
窓から顔を出して確認すると懐かしい白い石灰でラインが引いてあり、その後ろに停車させた。
「よし、準備開始!
……うん? あれ?」
いつもならここで車が光り出すはずなのだが、軽トラはうんともすんともしなかった。
「おい? お~い、エクソダスコフィンさん?」
こういうトラブルが起きたときはどうすればいいのか分からずあちこちの計器を触る。
そもそも僕はいまだに転生モードの起動方法自体知らない。
「ちょっと! 困るよ! 今回タイミングがシビアなんだって!」
僕は焦っていた。
必死に車を揺すったりハンドルを叩いたりしても軽トラからは何の反応もない。
「理子君、エクソダスコフィンの様子がおかしいが」
「……残念ですが術式を開始してしまいました。もうキャンセルできません」
「おいオス! レイコ殺したら切り刻むからナ! デカチチリモコン!」
ここから影乃さんのところまではそこそこの距離があるが、メイさんの恫喝ははっきり聞こえた。
向こうもこっちのトラブルに気付いたようだ。
「そんなこと言ったって……! そうかお前、魔物は送り出せないって言いたいんだろう、軽トラの癖にプライド高子さんか!」
僕が彼(?)を説得している最中も術式は進み、刻々とタイミングは迫ってくる。
メイさんが僕が来る前に使っていたコントローラー型リモコンも触ってるみたいだけど、こちらに変化はない。
このままだと本当に失敗してしまう。
「理子君がディスリンクした時点でまだ湊徒君の準備ができなければ、私はアストラルソードを行使しない、いいね?」
「……それでいいです、湊徒を信じましょう」
「光れ光れ光れ光れ光れ光れ光れ光れ光れ光れ」
ハンドルを握りしめたまま身体を前後に何度も何度も揺する。
しかし車が光り出すことはない。
「頼む、たのむよ……週に1回は掃除するしオイルもいい奴に交換するから」
「あんな健気な影乃さん見殺しにするのか、お前それでいいのか?」
影乃さんの足元の魔法陣が起動し始めたのが見える。
だめだもう時間が無い……!
「ひかれぇーーーーーーーーーーー!!!」
プァアアアア!!
ハンドルに勢いよく頭突きをした拍子にクラクションが高らかに鳴り響き、軽トラが煌々と光を放った。
「!!? きたぞ! では私も始めるっ……!
我が剣にて悪霊を斬り祓え……アストラルソードッ!」
僕は無我夢中でアクセルを踏んだ。
ちゃんとエクソダスコフィンは光っている。
「影乃さんっ……!」
間もなくディメンションコルダはまばゆい閃光に包まれた。
そしてポーターとして仕事を終えたのだろう、エクソダスコフィンはやがて勝手に停車した。
「影乃さんは!?」
停車させたあと彼女の元へ駆けつけると、横たわった『依り代』を抱くメイさんが目に入った。
リビアンクォーツは分離した魂と肉体から創造される宝石だ。
魂もなく借り物の身体では変換されず、器だけが静かに眠っている。
「この子はウチが主として責任もって「処理」する。イイネ?」
「……ああ、丁重に弔ってやってくれ」
「やだな、なにしんみりしてるんですか……影乃さんはちゃんと転生できたんですよね? ……ね?」
想像以上に重たい空気に動揺し、念を押してしまう。
まさか、失敗したなんて言わないよね。
「魔法自体は成功しましたが、実際のところ向こうできちんと転生できるかは七分と言ったところでしょうか」
「なんだ、一応送り出せたんじゃないですか。マジで不安になっちゃいましたよ……」
「うむ、私たちはできうる限り最善を尽くした、あとは運を天に任せようじゃないか。
改めて皆お疲れ様、今日はもう上がろう」
社長は沈んだ空気をパンパンと手を鳴らして晴らす。
そうだ、僕たちにできることは最大限やった。
「じゃあ僕、何か作ります」
「懐に余裕もできたことだし、良いめのワインも頼むよ」
仕事の後処理もとりあえずそのままに、僕たちはディメンションコルダから撤収することにした。
「レイコ、行こう」
メイさんはひとりで依り代を抱え、どこかへ飛び去った。
本人の前で言ったら処されそうだけど、彼女は割と感傷的というか情に厚い面があることにも最近気が付いた。
「湊徒君」
「はい?」
社屋に戻る途中、僕は社長に呼び止められた。
今回のこと、勝手な真似して怒られるのかと少し身構える。
「どうやら、いつの間にか我々は君に引っ張られているような気がするな」
「まさかそんな、気のせいですよ」
「フッ……そうかな。君にはどこか不思議な力があるような気がしてならないんだがね」
「買いかぶり過ぎですってば。
あ、早く支度しないと……失礼します」
僕はなんだか照れくさくて走って台所へ向かうのだった。
その背中を追う社長の目に気付きもせずに。
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