3-9

「あ、あのっ……! ちよっと待ってくださいっ!」


 ここでようやく口を開けた影乃さんがメイさんから距離をとり、壁にぴったりと背中をつける。


「わ、わたしこういうのっ……初めてだから、その……!」


 ああだめだ影乃さん……!

 その発言はだめだ、火に油を注いてしまうだけだ。


「オスの匂いが付いてないのは新鮮な証、大変結構ネ。

さァ、安心してウチに身を委ねるがいいヨ♪」


 壁際を背中で這うように逃げる影乃さんに対し、メイさんは両手をワキワキさせながらにじり寄っていく。


 まるでサーチライトに追いつめられる脱獄囚の如く、影乃さんは迫り来る脅威に対し涙目でイヤイヤと首を左右に振るばかりだ。


「それともココでするのカ? ウチは別にいいけど見かけによらず大胆ネ」


 メイさんはそんな影乃さんの様子すらも楽しんでいるように見える。

 そして最終手段は力ずくであるという脅し、完璧な捕食者のそれです。


「それはいやぁ……」


「じゃ部屋行こ♪」


 最後に力なく首を振った影乃さんは、観念したようにメイさんの腕のなかへ沈んでいった。


「ラブホ連れ込まれ女子……」


 そんな様子を何もできず見守るだけだった僕は、ぼそりと呟く。


「呀? 見世物違うヨ、オスはさっさと準備に行く!」


「はい、失礼しました!」


 そして振り向いたメイさんに赤く光る瞳で恫喝され、僕は弾かれるように走り出した。


 後ろ目にチラリと会議室を出て行くふたりを見送る。

 影乃さん、大丈夫かな……。


🚙・🚙


 きりきりとシャッターが錆びついたブリキのおもちゃのような音を立てながら登っていく。

 その奥には最早見慣れた軽トラが静かに出番を待っていた。

 こんな見た目だけど、こいつは立派な異世界転生マシーンなんだからわからないものだ。


「さあ、影乃さんを送り出すぞ。またお願いな」


 そうひとこと声をかけると運転席のドアを開けた。


 ガレージを出たエクソダスコフィンは社屋の裏をぐるりと一回りして裏手から中庭、もといディメンションコルダへと侵入する。

 するとそこでは理子さんがひとりで地面に魔法陣を描いていた。


「あれ? 社長はまだですか?」


 ドアを閉めるついでに周りを見渡しても、社長は見当たらない。


「今回社長はリコの補佐ですので」


「それで理子さんがその魔法陣を?」


「これから使う魔法は社長には扱えません。

というか、魔族を転生させる魔法自体ないんですよ」


 理子さんはこちらを見ることもなく、動かす手を止めずに話す。

 僕はといえば、そう言われても具体的な話の内容に踏み込める知識は無いので、不本意ながら簡単な返事を返すことしかできずにいた。


「ですから今回は複数の魔法を同時展開させて、順を追ってかけていく方法を取ります」


 彼女はそんな僕を見越してか、わかり易く簡潔にまとめてくれるが、結局僕の返事はさっきと同じ。

 口からカラカラと音がするようだ。


「……後程手順説明しますから、そのときもう一回聞いて下さい」


 理子さん説明を諦めたように再び作業に意識を集中させ、僕はバツの悪さに視線を彷徨わせる。

 ……そういえば肝心の影乃さんは、まだ出てこないな。


「影乃さん、大丈夫かな……ちょっと様子見て来ようかな」


「……ベースケ」


「はあ!? なんで影乃さんの心配をすることがスケベなんですかあ!? 説明してください~!」


 思わず縦笛ランドセル小僧みたいな反応してしまった。

 図星を突かれた恥ずかしさだろうか……いやいやそう言うとやましい感じだけど、実際本当に心配しただけで、本当だよ、いやほんとに。


 そんな言い訳をぶつぶつ独り言ちながらも、しっかり足はメイさんの自室へ向かっていた。


「僕もいい大人なんだから、全然大丈夫だってそんなの……うん」


 とは言え目的地が近づくにつれ、緊張して体が固くなってきた。

 階段を上り当該フロアへ。もう声くらいは聴こえてきてもおかしくないなと思うと、途端に口の中が渇いてきて無意識に唾液を飲みこんだ。


「落ち着け、落ち着け……ただ様子を見に行くだけだから」


 既につま先で歩いている時点で言葉と矛盾している。

 このまま扉の前まで来たとして、僕は平常心でノックをできるだろうか。


「オイ」


「ちょっと静かにして今取り込み中だから──」


「…………!!?」


 相手の言葉を遮るように声のした方向を振り返ると、そこには。


「あ、あら……そのお姿、初めてお会いした時以来ですね……」


 角と翼、長く鋭い爪を生やし赤い目を煌々と光らせた戦闘モードのサキュバスが仁王立ちしていた。


「あぁあのぼく僕はですね、影乃さんが心配で……」


「おねえさま?」


 慌てて弁解を始めた時、目標の部屋の扉が開いて出てきたのはなんと。


「は……? 影乃さん……?」


 制服はフリルのついたミニスカートに、おさげはショートボブに、そしてメガネはしていない。


「おねえさま、まさかこの人、わたくしたちのこと覗こうとしてたんじゃ……?」


 その影乃さん、だったぽい人は僕を避けるように走り抜けるとメイさんの後ろに隠れた。


「えーと、あの……」


「な、シャワーウチが後でよかったロ? よしよし怖く無いヨ。オスなんてみんなこんな生き物ネ。」


 メイさんがそう言って頭をなでなですると、彼女はまるで小動物が甘えるように額をこすりつけている。


「影乃さん……ですよね……?」


 僕はメイさんを横目に見ながら、恐る恐る確認を取る。


「わたくし蝋梅ラオメイ様のお力で新しい自分を見つけたのです。今はとても清々しい気分ですわ。思えば、こんな素晴らしいことを恐れ拒絶していたなんて……ああわたくしはなんて罪深いことを……」


 そう言うと影乃さんはメイさんに縋るように抱き着いた。


「ふふ、レイコは一時的にウチの眷属として生まれ変わったのヨ」


「おねえさまぁ~~」


 メイさんは影乃さんの腰を抱き、まるで勝ち誇ったような彼氏ヅラで僕を見下ろす。

 なんだろう、よくわからないけど屈辱感でいっぱいだ。


「それで? マジで覗きに来たのカ?」


「違いますよ! まあちょっとはあったけど……そろそろ準備が整いそうだから様子見に来ただけです!」


「ふぅん、じゃこれから行くヨ」


 僕はいまだメイさんに白い目で見られつつ、いっしょにディメンションコルダへ向かうことにした。


「おねえさま、わたくし不安ですわ」


「ふふ、心配ないヨ」


「なんだよこれ……」


 その間も影乃さんはずっとメイさんにくっついたままだった。


💛💛


「……ツーフケ」


 到着した際、僕らの方を見やった理子さんが放った第一声は結構辛辣だった。

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