3-8

「なんですか問題って」


 僕が条件反射的に質問すると、社長は頷いて続けた。


「そもそも私たちが使っている転生魔法は、この世界の人間の器に適応するように調整してあるから、魔族は想定外なんだ。もし無理やり行使すれば、予期しない不具合が起こる可能性がある」


「確かに依頼はこの世界の人間からしか来ませんから、言われてみれば当たり前ですね」


「更に言うと、彼女は魂の器を持っていない種族だ。元の器が無ければ仮に精神の飛翔が成功しても、その先の世界できちんと受肉し精神を納めることができる保証はない。

よって弊社のリンカー規定に合致しない」


「そんな……」


 社長の話を聞いた影乃さんはわかり易く肩を落とした。


「せっかくここまで来たんです、なんとかできませんか? 僕もできることなら協力しますから」


 僕にできることがあるかと言われれば、それはそうかもしれないけど。

 このままでは彼女はこの世界に居場所がなくなってしまう。


「うむ、しかしね……」


 社長はどこかの司令官のように机に肘をついて手を組み、なにか考え事をしている。


「理子君はどう考える?」


 そして社長は理子さんに助けを求める。

 自分で答えを導き出せなかったのか、もしくは自信が無いのか、いずれにしてもこの魔法を作ったのが本当に理子さんだとすれば、当然彼女が最も詳しいはずだ。


「安全を考慮するなら、このまま元の世界へ送り返すことですね」


「やはり君もそう考えるか……では影乃君、改めて伺おう。君の希望は?」


「私は……元の世界に帰れれば、それで……」


 すっかり落ち込んでしまった影乃さんは妥協案を飲みこもうとしている。

 でも、それでは本当の解決にはならないことくらい僕でもわかることだ。


「待ってください、人間になりたいって言ったじゃないですか。簡単に諦めたら絶対後悔します、希望は全部伝えるべきです!」


 つい立ち上がって大きな声を出してしまった。

 自分でも何故こんなに熱くなっているのかよくわからなかった。


 安請け合いして勝手に連れて来た責任を感じたのも当然あった。

 でも僕は……助けを求めてきた人の手は極力掴んであげたいという気持ちがいちばん大きかった。


「私、わたし……もう恐ろしい蕩山のいるところには戻りたくない……、あと、やっぱり……人間になりたい……っ!」


 こんな自分勝手な気持ちの押し付けを影乃さんは、後押しとして受け止めてくれた。

 涙声で絞り出した彼女の声は震えている。


「もう一度考えてくださいお願いします!」


「お願いします!」


 僕は立ち上がって頭を下げた。

 影乃さんも続いて懇願する。


「全く……君は困った人だ。

でもそういう感じ、嫌いではないよ」


 社長は溜め息まじりに微笑んでくれた。

 気持ちは通じたけど結局、無理を感情で押し通す形になってしまったことには申し訳なさでいっぱいだ。


「とは言えさて、どうするね」


 そしてもう一度理子さんに意見を伺う。

 理子さんは無言で立ち上がると、おもむろに影乃さんに歩み寄る。

 そして──


「きゃっ、なん、ですか!? あ、やあっ……!」


「ちょっと理子さん!?」


 影乃さんの身体をあちこちまさぐり始めた。

 髪の毛、首筋、指先、そして胸やお尻まで丁寧に撫でまわしたり動かしてみたり、匂いも嗅いでいる。

 無表情なものだからどんな感情でやっているのかわからないだけにちょっと怖い。


「気になっていたんですけど『これ』、ちゃんと人間ですよね」


「ひぇ? あ、はい……あん、くすぐったい。縛りで定着させているみたいで、ひゃ、抜けだしたりはできません」


 どうやら理子さんは、本体は幽体だという影乃さんの『器』を調べていたようだ。


「ホウ……☆」


 ここで初めて影乃さんに興味を示したメイさん。

 目つきが急にねっとりし始めたのは気のせいかな。


「ひとえに依り代と言ってもいろいろ種類があると聞きましたが、これは見たところほぼ人間そのままのようです。

どうやって調達したものです?」


「私、こっちにきたときにはもうこの身体で……あ、あの、もう触るの止めてもらっても、ひんっ……!?」


 影乃さんがそう言ってようやく理子さんから解放される。

 床にへたり込んだままズレたメガネをかけ直し、髪の毛を手櫛で整える彼女は妙にセクシーだ。


「この依り代なら一時的に生命エネルギーを吹き込めばあるいは術式を騙せるかも」


「マジですか!?」


 すると理子さんはメイさんの顔を一瞥する。


「メイさん?」


 すると今度はメイさんが影乃さんに近づき──


「ひゃ!? こ今度はなんですか……うぃいっ……!」


 顎クイからメガネを外して顔をまじまじ観察。


「あ……あぁ~~……!?」


 そして理子さんより更に丹念なボディチェック。

 なんだこの連続セクハラ。


「フーン……、ま、地味だけど美品、ギリギリ及第点てトコネ。

やってみてあげないこともないヨ」


「は? あ、え……?」


「オマエ、メスで良かったナ」


 影乃さんの両肩を元気づけるように叩き続けるメイさんだが、影乃さんはもちろん僕も訳が分からない。

 そんな僕らを見てメイさんが唇をペロリと舐めながら言う。


「サキュバスは人間から精気を吸い取って自らの魔力に変換する種族ネ。

やったことないけド、デカチチはウチにこの逆をやってみろと言ってるヨ」


「それができれば影乃さんを転生させられるかもしれないんですか!?」


 光の糸が一筋見えて、影乃さんも思わず顔がほころぶ。


「喜ぶのは尚早ネ、できるかどうかも未知数」


「それでそれで、どうやってやるんです?」


 興奮気味に尋ねる僕に影乃さんもうんうんと頷いて同調する。


「サキュバスの搾精方法は熱いベーゼだよ」


 その問いに答えてくれたのは社長だった。


「……え?」


「フフ、粘膜接触が濃厚であればあるほど効率グンとアップネ」


「ねねんまく、せっしょくっ……!?」


 そしてメイさんに合図を送るようにウインクされた影乃さんは直立したまま赤くなって硬直してしまった。


「……では、そちらの方は君たちに任せる。

私はその問題が解決出来次第エクソダスを開始できるように準備をしておこう。湊徒君もエクソダスコフィンをディメンションコルダに回しておいてくれたまえ」


「え? あ、はい。あれ会議終わりですか──行っちゃった」


 社長はそう言って席を立つと、足早に部屋を後にした。

 一方影乃さんは影乃さんで、さっきから全く動かない。


 メイさんはそんな影乃さんをエスコートするように肩に手を回す。


「じゃあ、ウチの部屋行こっか?」


 軽く促しているけど、メイさんの視線がかなりの熱量を伴っている。

 ちょっとまって、これからなにが始まるんです……?

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