3-7
「只今戻りました──あ、社長わざわざすいません」
社の玄関をくぐると、社長が出迎えてくれていた。
「それで、初めての協会はどうだった? 上手く顔見世できたかい?」
「あーそれは、まあ……あ、売上金はこの通り」
僕は金塊がぎっしり詰まったトランクを少し持ち上げた。
気分的には勝ちどきを上げるが如く高々と掲げたいところだけど、重量的にこれが限界だ。
「それよりソイツ、誰ヨ」
「ひっ……さ、サキュバス!?」
一緒にいたメイさんが早速影乃さんを睨みつける。
影乃さんはケンカに負けた子猫のように縮こまってしまった。
「? 別にメイさんは怖くないですよ」
「フン、何も分かってないネ、ネズミがライオン見たらこういう反応は当然。ウチとコイツはそれくらい『格』が違うヨ」
なんでもサキュバスって種族は魔族の中でも相当な高位らしく、下級魔族の影乃さんからすれば正に獅子とネズミだとか。
「へえ……でも取って食ったりしないですよねさすがに」
「不知道。それはコイツの態度次第ネ」
「お、お許しください……」
「ちょっと! 止めてくださいよ。影乃さんは依頼者です!」
僕は怯えて震え上がる影乃さんの前に無意識に割って入った。
「はあ? なにスっとぼけたこと言ってるネ」
「その制服、協会の受付係のものだが理事長は承知なのかい? とてもそういうことを許す方には見えないが」
「あの、それはですね……」
「玄関で立ち話はそれくらいにして、中で話しましょう」
困って言い澱んだ僕の前に今度は理子さんが割って入る。
彼女のフォローに救われた。
「それもそうだね、まずは各自部屋に戻って休憩したまえ。それで報告書を提出するタイミングで会議室に集まろう」
社長の指示でこのゴタゴタは一旦解散となった。
僕も慣れないスーツ姿を社長に元に戻してもらった。
「ああ~、数時間ぶりの解放感! やっぱりネクタイは窮屈で性に合わないな」
社長とメイさんが戻って三人だけになった玄関で、僕は思い切り伸びをして首を数回横へ倒す運動をする。
「湊徒、報告書の作成は本来あなたの仕事ですが、今回はリコが書きます。
くれぐれも社長に余計なことは言わないでくださいよ」
「……わかってますよ」
そんなにひた隠しにしなきゃならない社長って一体……。
「影乃さんは社長のことは?」
「は、はい、存じてます。何回かいらしたことがあったので……素敵な方ですよね」
う~ん、メイさんにはあんなに怯えてたのに、社長が魔王という話は知らないのかな。
僕がそう考えたことを見透かされたのか、理子さんに睨まれた。
……はいはい、言いませんってば。
「なるほど。で、影乃さん……メイさんの部屋行くの、怖い? いま色々あって客間がメイさんの自室になってて」
「ご心配なく。何かあったら困るのでリコが一緒にいます」
「そうですか、じゃお願いします」
そうして各々分かれて歩いて行く。
さて、僕は今のうちにお腹に何か入れておこうかな。
ここの人たち食事に関して無頓着過ぎるから、気が付くといつも腹ペコだよ。
■□■□
玄関で解散してから小一時間ほど経った頃、僕たちは全員会議室に集合した。
大きな長机の一番奥から社長、理子さん、メイさん。
僕と影乃さんは末席だ。
「ふむ、集まったようだね。改めてリビアンクォーツの納品ご苦労様。
それでは報告書を見せてくれたまえ」
社長の発言から会議が開始される。
議事録用のレコーダーが短く電子音を発した。
「はい」
「うむ。…………ふむ、なるほど」
社長は理子さんから角がホチキスで閉じられた書類を受け取り、それをパラパラとめくっては、時折顎に手をやる仕草をする。
僕は理子さんがどういう報告をしているのか全く聞かされていないので、どう口裏を合わせようかハラハラしている。
それは影乃さんも同じようだった。
「今回リビアンクォーツは随分と高く引き取って頂けたんだね、湊徒君のおかげで質の高い品が生成できたと評価されたのかな」
「いえ僕はなにも。というか、リビアンクォーツって抜魂結晶って言うんですね」
「尻子玉です」
「……もういいから、各自好きな名前で呼びたまえ」
社長は欧米人がよくやるような理解できない、という手のひらを上に向け肩をすくむリアクションをした。なんだかしっくりくる。
「ミヨはウチの功績ネ」
「うむ、メイ君にも感謝しているよ。大きな案件をよくまとめてくれた」
「あぁんっ、イヴ様のためならなんでもしますぅ~♪」
いやはや、相変わらずメイさんの社長に対する猫なで声はものすごいね。
あ、睨まれた。こわ……。
そこまで話を進めたところで、社長がシリアスな空気を発した。
僕たちはこれから話す内容を察して緊張する。
「それで、この
「えーと……」
どこからどう話そうか、どこまで話したらいいのか、そんなことを考えていると。
「リコたちの商談中に直談判されました。その余りある行動力と熱心な説得に蕩山理事長も納得されたようでした」
「では、理事長は許可したんだね」
「はい、快く」
理子さんがすぐに僕に代わって説明してくれた。
かなり適当な嘘だけど、こういう時表情に出ないのはプラスに働くものだなと思った。
「湊徒君も?」
「は? はいっ! そりゃもう♪」
いきなり振られて僕は慌てて赤べこの如く首を振る。
我ながら下っ端感溢れるリアクションだ。
「うむ、わかった。君たちを信じよう。しかしね、だから転生させられるかというと問題がある」
社長はそう言って声のトーンを下げた。
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