3-6

「あ、そうだ。入り口のガードマンすんなり出してくれますかね」


 僕たちはエレベーターホールで一旦止まって考える。

 蕩山理事長から何らかしら連絡が入っていれば当然通してくれないだろうし、何の連絡も入っていなくても影乃さんが一緒に行動しているのは合理的な理由付けが必要だ。


「あ、それなら大丈夫かもしれません」


 影乃さんは控えめに手を挙げる。


「え? なになに?」


 影乃さんが少しずつ打ち解けてくれているのが嬉しくて、ついわざとらしく喰いついてしまった。

 メイさんがいたら、また怒られていたところだ。


「はい、あの……このビル、入り口がスーパーだから夜中はシャッターが閉まっちゃうので。

だから残業して帰りが遅くなる日は、いつも非常口から出るんです」


「非常口?」


「こっちです」


 そう言って影乃さんは先頭切って歩き出したので、僕と理子さんは黙って後を追った。


 僕たちが入ってきたのとは反対方向に通路を進むとその先は行き止まりで、突き当りに重そうな鉄扉があった。

 扉には緑の文字で『非常通用口』と書かれており、どうやらこの扉からビルの地下避難通路へ抜けられるようだ。


「ドアは施錠されてるんですけど、こっち側からならいつでも開けられるんです」


 やや大袈裟な金属音の後に丁番が錆びついた音を立ててドアが開いた。

 重いドアをてこの原理を使って肘で開ける影乃さんを見て、きっと夜中までの残業が多く、慣れているのだろうと少し不憫に思えた。

 通路はこのビルの地下駐車場に繋がっており、これで無事に脱出の目途が立った。

 しかしまたどんな妨害が入るとも限らない、僕たちは帰路を急いだ。



■□■□



「…………」


 軽トラが動き出してから十分ほど経つが、特に誰も喋ろうとはせず沈黙が続いていた。

 正直このままずっとこの調子では気が滅入ってしまう。


「なんだか空気重いなあ……そだ、影乃さん、あのなんでしたっけ、蕩山理事長が魔力をどうたらこうたらって……」


 特に話題が見つからなかったので、僕は影乃さんが必死に訴えかけていたことを改めて訊ねてみることにした。

 彼女は窓の外を見るのをやめ、僕の方を向いて話し始める。


「蕩山は……魔族の中でもとても頭の良かったリーダーなんです。人間によって平定された私の世界で、魔族による抵抗運動を指導していました」


「へえ……」


 この発言から僕はどこの世界でも魔族や悪魔のようなモンスターと人間は争っている事実を知る。

僕が社長やメイさんと仲良く、ではないけどそれなりにやれていることを考えると、すこし悲しかった。


「それが、なんでこっちの世界に?」


「私にはよくわかりませんが、ある日いきなり彼は人間になれる秘術が見つかったと、人間に憧れる魔族を招集しました。

私も飛びついたうちのひとりで」


 そう言うと、影乃さんは悲しそうに俯く。


「ところがこっちの世界へ来てみたら、肉体を持っていなかった私は人間にはなれなくて……仕方なく蕩山から高額で依代を借り受けることになったんです」


「依り代?」


「今おふたりが見ている私の身体は人形のようなもので、私自身はこの器に乗り移っている霊体なんです」


「な、なるほど」


「私は約束が違うと元の世界へ返して欲しくて何度も訴えたんですが聞き入れてもらえなくて……」


「それで……なんとか自力で帰れないか施設内を探っていたら彼が、転生魔法と言うものを使って世界を移動しているところを見てしまったんです」


「転生魔法で異世界を行き来する? 父さんみたいなスキッパーを意図的に作り出すってことかな」


 僕が首をひねっていると理子さんが横から補足してくれた。


「実際、世界を繋ぐワームホールを作るだけなら転生させるよりずっと簡単ですよ」


「え、そうなんですか?」


 転生の魔法を作った本人が言うのだから間違いないか。

 メイさんや社長も……もしかしたら理子さんも元は向こうの住人でスキッパーだったりするのだろうか。


 思案を巡らせていると、影乃さんが再び話し出す。


「なんとか私もそれを使って帰れないか調べていくうちに、蕩山がそれで転生を繰り返させ、魔力を循環させていることを突き止めました」


「えーと理子さん、今の、わかります?」


 僕は再び理子さんに補足を願い出ると、理子さんは面倒そうにしながらも解説してくれた。


「仕方ありませんね……転生魔法を使ってこっちの世界の人間を異世界へ転生させると、代わりに尻子玉が生まれることはわかりますね」


「はい」


「では、転生先の世界で同じことをしたらどうなると思います?」


「え? そりゃまあ……同じように出るんじゃないですか。確かめる手段はないですけど」


「では転生先を固定して、その先でも同じように向こうの世界の人間をこの世界へ転生させたら?」


「でもそれじゃ依頼者の望みが果たせないんじゃ」


「顧客を選別すれば、似たような世界へ行きたい人は集められます。記憶を引き継いで成長しても、元々顔見知りでもなければ互いに気付くことはありません」


「要するに転生魔法と言う『ど〇でもドア』を挟んで、向こうとこちらで人間の魂をドッジボールすれば、尻子玉取り放題。これで奴らは人間を捕食することなく効率的に魔力を搾取できる仕組みを作ったんです」


「なるほど、考えますね……だとしたら、うちからリビアンクォーツを買う必要なくないですか?」


「奴らの魔法は中途半端であやふやなものです。尻子玉は取れても内包する魔力は弊社産の百分の一もありません。

それに金を生成できる魔族もいるので、その価値なんてたかが知れているんですよ」


「なんかズルいですね……うちが背に腹は代えられないのをいいことに」


「まあいずれ、あそことは何らかのケジメをつけないといけないとリコは思ってます。

そもそもこの魔法は片道切符を前提に組んでいますし、何より多重リンカーは命と世界の均衡が崩れてとても危険です」


 理子さんは心底迷惑そうに、ため息混じりにそう言った。

 しくみを悪用する輩というのはどこの世界にもいるものだと思った。


「それと」


「なんですか?」


「蕩山と揉めたことは社長に報告しないでください」


「なんでです?」


「なんでもです。いいですね」


 ここまで念を押す理子さんを見たら首を縦に振らざるを得なかった。

 社長と転生魔法……ここにもなにか因縁がありそうな気がした。

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