有限会社異世界転生(エクソダス) ~あなたの異世界転生承ります~
岩田コウジ
第1話 夢の場所をさがして
「……こんなところに本当にあるのかな……」
ローカル線のバスを下車し、周囲の景色を見渡してみる。
ここはとある県境の山奥。近くには有名な巨大ダムがあり、鬱蒼と茂る森林とまっすぐ伸びた舗装道路だけが視界を埋めていた。
なんか急に不安になってきたけど、とにかく今は進もう。
辞表も出してきたし、部屋も解約してきたんだ。
何よりもう報われない生活と決別するって決めたんじゃないか、これしきの事で音を上げていられない。
だって僕は行くんだから、希望に溢れた異世界へ……!
────
……またこんなに赤入ってるよ……はあ~……。
僕は、
雇われライターの仕事を始めて3年が経とうとしていた。
なりたての頃は大々的に政治不正を糾弾したり、国の食糧問題を論ずるルポライターを目指していたのだが、仕事と言ったら知らない芸人のスキャンダルや効果不明なサプリと健康医療、それと保険の営業提灯記事ばかりだった。
こんなお手本みたいな受け売り文章に直さないといけないのか。
自分の意見が何一つ許されない原稿仕事なんてうんざりだ……。
……うん? なんだこれ。
『なんか異世界に転生させてくれる会社があるんだって』
『それただのブラック運送会社だろw』
『極秘の事故処理www』
ため息をつきながら逃避気味にスマホを手に取ると、たまたま見かけたSNSでの他愛のない会話。
なに言ってんだか……異世界なんか本当にあったら僕が行きたいよ。
……──異世界、か……異世界……、異世界ねえ……。
普段はこんなものさらりと流すのだが、何故か今日はその言葉が何度も頭の中を駆け回って離れない。
気付けば匿名掲示板や裏サイト、SNSを取り憑かれたように片っ端から検索し始めていて──
気付けば二日が過ぎていた。
そして意外だが結果が出た。というか出てしまった。
そこそこだけど信憑性のある情報がゲットできたことで、ただの噂話が急に現実味を帯びてきたぞ。
こ……これは……!
いつ以来感じたかも覚えていない腹の底から湧き上がってくるような高揚感。
それを抑えるように机に転がるドリンク瓶の最後の一本をちょっとワイルドに飲み干した。
やるか……? ……うん、やろう。
少しだけ頭がスッキリしたところで再び自分に問うも、すでに決意は固まっていた。
始めるんだ、僕の異世界転生を──!
────
これがつい十数時間前までのやる気と希望に満ち溢れていた僕。
だが早くもそのいずれもが風前の灯火だった。
バスを降りた幹線道路から枝分かれした細い道をひた歩く。
既に車の騒音は聞こえなくなって久しく、辺りを静寂が包む。
異世界転生させてくれる会社、情報ではこの先にあるはずなんだよな……全然ありそうな気配がしてこないんだけど。
スマホで地図アプリを何度も確認するが、近くに会社を示す記号はない。
やはり情報はインチキで、どこまで歩いてもそんな会社なんて無いのだろうか。
「そりゃあね、こうなることくらい予想してたけどさ……、
だって情報があったんだもん、期待したくなるでしょ!」
際限なく膨れ上がっていく不安をかき消したくて大声で独り言ちると、一心不乱に歩いた。
蜘蛛のそれより細いかもしれない希望の糸を必死に手繰り寄せるかのように。
「あれ、人かな……?」
どれだけ歩いたのか自分でもわからなくなってきた頃。
50メートルほど先だろうか、立ち止まっている人影を発見した。
髪の長い女性に見えるけど、こんな山奥に
手ぶらでただ突っ立っているのはちょっと、いやかなり不自然だな。
もしかして幽霊……? いやいやまさか。まだ夕方前だし。
平静を装って歩き続けるも、その女性が次第に近づくにつれ鼓動が加速する。
もう距離的に向こうも僕に気が付いているはず。
気味が悪いけどここで引き返す訳にはいかないし……。
そうこう悩んでいるうちに、互いの距離はどんどん縮まっていく。
女性まで10メートル……5メートル……。
大丈夫、きっと。知らん顔して通り過ぎれば全然──
「こんにちは」
ヒッ~~~!!?ーー!
いきなり話しかけられて呼吸が止まる。
心臓が握り潰されそうに痛い。
「ここ、こんちは……」
ぎこちなく会釈しつつ間近の通過を控え、自然と速歩きになる。
とにかく早く通り過ぎよう。
くわばらくわばら……これ以上何もありませんように……。
「占い、しませんか?」
「……は?」
しまった、予想外の発言に思わず足が止まってしまった。
そしてその時、初めて女性の全身が目に留まる。
……うわぁ。
少し影があるが、画面の中でしか見たことが無いような美人。
しかも彼女はなぜか胸元、というかバストの中央に大きな穴の開いたブラウスを着ていた。
しかも、見事な谷間がその穴を二分している。
「今、見ましたね」
「み、見てませんよっ!」
「それと、手ぶらでもできる占いってなんだろう、気になるな―?
と俄然興味を惹かれましたね」
「それはホントに思ってません」
寧ろ、彼女のほとんど抑揚のない表情と喋り方の方が気になる。
少なくともこういう時は、もう少し愛想をよくするものだ。
「仕方がありませんね、特別にお教えしましょう。
この占いは特別なんですよ……ふふふ」
何も聞いていないのにその女性は、まるで台本を読むかのように続ける。
僕の態度などお構いなしのようだ。
「なんと、おっぱいの間に挟んだものを全て見通せてしまう神の業なのです。
ワタシはこの御業のことを敬意を込めて『パイコメトリー』と呼んでいます」
違う意味でヤバい奴だった。
おかげで怖さは微塵もなくなったけど、これなら幽霊だった方がずっとマシにも思える。
しかし自分の豊満なバストを指さしながら、眉一つ動かさないで下ネタを淡々と語る美少女はなかなかのインパクトがある。
「だから思ってませんて──!? そうか、わかったぞ。
君がこんな辺鄙な場所に立っている理由が」
「『うらない』だから僕に『売ってください』と言わせるつもりなんだ、男に先に言わせた方が責任が軽いとでも思ってるんだろう」
ふふん、見くびったな。僕は社会派ライターなんだ。
繁華街の片隅でそんなことを生業にしている女性を取材したことだってある。
「残念だけど、自分のことはもっと大切にしなきゃダメだよ。
今から警察に通報させてもら──ぁっ、あれ……?」
そう言ってスマホを取り出した瞬間、手から消えてしまった。
「嘘だと思ってらっしゃるようですので、
今からコレをパイコメトリーしてみましょう」
なぜか今消えた僕のスマホが彼女の手の中にあった。
そしてそれを胸元へ近づけて──
「あっ……僕のスマホ……!?」
「あ、ご安心ください、サービスですからお代は頂きませんので」
まるで自販機に挿し入れた紙幣のように、みるみるうちにその谷間へ吸い込まれていく僕のスマホ……。
なんだこれ、意味が分からない!
「あ、ふぅ……んっ……♪」
「えぇ……」
女性は何かを味わうように、ゾクゾクと身体を震わせている。
これは新しいプレイか何かなのだろうか。
美女がうっすら上気している様子は素直にドン引きする一方、眼福でもあった。
「なるほど……むかえ みなとさま……」
「え、名前なんで……!?」
読み方まできっちり正解だ……。
今まで初見で正しく読まれたことは一度もなかったのに……まさかこの人ホンモノ……?
「驚いていますね。もちろんこれだけじゃありませんよ。
パイコメトリーの前では、どんなことでもお見通しなのです」
「ふんふん、地図を何度も見返して……どこか目的地に向かう途中なんですね」
やばい、だとしたらこれからの目的は絶対に知られたくない。
「もうわかった、あなたがすごいのはわかりました!
だからなにも言わずにスマホ返してくださいっ……!」
退路まで断って本気で異世界転生させてもらおうとしている上に、迷って遭難しかけていることまで言い当てられたら、恥ずかしさで立ち直れない。
「その場所は──」
「すとぉおっぷ……!!」
「えっ……!?」
スマホを取り返そうと、無我夢中でおっぱいの谷間に手を伸ばす。
スマホの大きさを考えてもすぐに指が届くと思っていた。
しかし手首まで潜ってもスマホは手のどこにも触らなくて。
代わりに感じたのはおっぱいの柔らかさでも圧力でもなく。
──!?!!!
電撃のようなショックだった。
全身を痺れが駆け抜け、力が全く入らない。
そして…まるでスローモーションのように膝から崩れ落ちると、その後はゆっくり視界が暗くなっていった。
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